Dream purchaser:10「どうして……気に食わないんだろう」
いまの笑うところだったのかな、それとも嫌み?
息を吐き、わたしは天井をみつめながら守るべき〈三つの掟〉を口にする。
「夢を犯さず、殺さず……夢のない者から盗んではいけない」
その他にも、盗夢の技をむやみに教えたり夢泥棒の存在を明かしたりするのも禁止している。にもかかわらず夢見人の生活環境により深く溶け込むようにと強いられる。
「禁止とタブーと偽善の強力な締めつけ、この首かせをゆるめる手段はフラートだけ……ねぇ。フラートってなんだろう」
わたしはゆっくり腕を動かし、服のポケットを探る。オボロは全部回収した気でいるかもしれないけど、隠しておいた夢玉には気付かなかったらしい。
たしか電車内で読書していた初老の夢見人から盗んだ夢のはず、とおもい出してはひと粒つまみ、口へ入れた。
年長者の夢をなめると、急に頭がはっきりして知識が溢れ出す。
――フラートとは古フランス語の〈いい切る〉に由来し、ほとんど表にあらわれない官能のおののきにすぎない。だが近代以降、意味にひろがりを持たせるようになっていく。
強制的な締めつけが緩められ、欲望が解放されればされるほど、ぬぐえなくなっていくもの、らしい。
……だけど納得できない。
オボロの辱めを拒みつつ、あらがって負けたのならちがったかもしれない。夢泥棒として認められたくて盗んできたわたしは、忠告されたにもかかわらず、われ知らず快感に溺れてしまった。
どうにもそれが「悔し」かったのだ。
とどかない片想いの夢を盗んだとき、ひどく動転した。あまりに非常なおどろきが理性を奪いとり、沸き立つ快感に操られてあとはもう、なにがなにやら……。
重たげに身を起こし、壁へと目をむけた。
薄暗い中、古そうな柱時計がぼんやりみえる。
長針と短針から、四時半を過ぎていた。
「夜明け前が一番暗い。街のイルミネーションは明るすぎるよ」
着ているものを脱ぎ、シャワーを浴びた。
泣きながらうなじを熱い湯で打てば、夢にみた男が浮かんでくる。
あれは誰? オボロ?
それとも……いや、やめた。
考えても時間の無駄だ。
入るときは暗くて気がつかなかった。シャワー室を出たところに、たたまれたバスタオルと着替えが用意されていた。
「オボロにしては気がきいてるじゃない」
出会ったときからいけ好かない……と、髪をタオルで拭きながら考える。
あいつは相手がだれであっても自分と同レベルで考え、行動するのが「当たり前」とおもっているにちがいない。
今後は、彼の期待のために仕事はしない。
一度でも彼にほめられようと仕事した自分に腹が立つ。どんなに骨を折って盗んだとしても、いまのわたしには彼の眼鏡にかなう夢には出会えないから。
用意されていた服を着、靴ひもを結びながら、夢買いオボロに結論を下す。
「どうして……気に食わないんだろう」
わたしは新しい黄色のダッフルコートに袖を通し、フードをかぶって部屋をあとにした。
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