Dream purchaser:08「あなたは夢泥棒。それがあなたの運命」

 電車での盗みに慣れると、駅に隣接している大型ショッピング施設へ盗み場を広げた。


 手にいれた夢から得た情報によれば、夢見人の多くが乗車の前後にショッピング施設へ足を運んでいるとわかったからだ。仕事をするには申し分ない。盗むだけでなく、盗んだ夢から知識や情報を得る方法も、オボロが教えてくれた。


 そんな夢から得た知識によれば、デパートはかつて〈夢の殿堂〉とよばれていたらしい。わざと、迷宮のように奥へと誘いこんで迷わせ、いろいろな商品が目に飛びこみ、購買意欲をかきたてる。

 しかしエスカレーターのせいで、すっかり衰えてしまった。理由は単純。夢見人を、奥へ奥へとおくりこむ機械の登場がイメージを壊したのだ。

 おまけに、手をのばせばすぐ手にできるよう欲望をかきたてるくせ、商品をもちだせば法的責任をとらされる。

 店内にあふれる商品は、エデンの園になる〈知恵の実〉とおなじなのだ。


 買い物にきた夢見人たちは浮き足立っている。わたしも胸騒ぎをおぼえた。いてもたってもいられない気持ち……というよりうずうずしてくる。得体のしれぬ興奮が次第に濃さを増し、歩いていても落ち着かなくなってきた。


 無意識に、手の指がひくひくふるえて動いている。

 指が呼んでいるのだ。


 こうした経験はないではなかった。夜な夜なしのびいって盗んだときも体験している。あのときはこれほどではなかった。

 オボロに出会ってから、絶えず燃えあがるような快感がくすぶりつづけ、いままさにおおきくなろうとしていた。


 足取りが変わる。

 勘がはたらき、買い物疲れで荷物番をしながらねむる男から盗った。


 新人アーティストのインストアライブを目にし近づき、

「みえないなぁ」

 ステージに夢中になっているカップルに、勘がひらめく。

 ふれた指先で盗んだ。


 となりで見入っている男連れ、その隣の女子の集団、また隣……。

 その場にいる人たちから、ごっそり盗った。

 手にした瞬間、からだが歓喜にふるえた。

 一度の収穫で、百人分をかるく越えたのだ。

 快感の絶頂のなか駆け出し、自動ドアをくぐって路地へ出る。辺りは薄暗く、きらびやかに輝く街のイルミネーションが大きくなっていく。


 わたしは走った。横断歩道を渡り、つまずき倒れそうになりながら夢見人の流れに逆らう。声という声、音という音が響き渡り、ぐにゃりと視界が歪み、前のめりに倒れた。


 ……はずなのに、叩きつけられるほどの痛みがない。

 かわりに口の中に砂がはいった。

 吐きだし、起き上がろうと地面に手をつく。

 やわらかい。つかむとさらさらと手からこぼれ落ちる。

 辺りを伺い、自分の目を疑った。


「ここって……」


 まばたきをして、静かに辺りを確かめる。

 先程まであったはずのビルや店舗はおろか、夢見人すらいない。

 岩石や小石がゴロゴロしているのではなく、水気のない、だだっ広い砂の上にわたしは立っていた。聞こえるのは、街の喧騒ではなく、絶え間なく吹いている風の音と自分の息づかいだけ。

 いつの間にこんなところに来てしまったのかわからぬまま、とにかく抜けださなければと歩きだした。


 あてもなくさまよい、砂山を越えたときだ。

 眼下に広がる波打ち際、耳を響く波の音。海が手招きしていた。

 誘われるまま一気に駆け下り、浜辺に二人の影をみつけて立ち止まる。

 おもわず目を見はった。 


 白いTシャツに黒いジーパンをはく見知らぬ男の隣にいたのは、

「わたし……だ」

 しかも、黄色い水着のうえに黄色いパーカーを羽織っている。

 二人はならんで話をしていた。


「どうして海はこんなにおおきくて、青くて、わたしの目を引きつけるのかな」

 彼女がわたしをみた。にやっと笑い、彼にしがみつく。

「空と海は恋に落ちたんだ。ぼくらのように」

 唄うように彼はささやき、彼女の腰へ腕をまわし唇を重ねた。

 ゆっくり離れて見つめ合い、

「きみは陸にあこがれているマーメイドさ」

「うん。たとえ波にのまれ、すべてをなくしても隣にいるから、あなたはわたしと生きて」

「光栄だね」

「ほんと?」

「きみさえいれば」


 彼女は、彼に足を絡ませておおいかぶさる。砂の上に倒れた彼の胸に頬をよせ、目をとじた。


「あなたの鼓動がきこえる。わたしとおなじ」

 目を開け、彼女がわたしに視線を向けてきた。

「あなたの心はわたしのもの。だからあなたの夢もわたしのもの」

 彼のTシャツのなかへ、するりと腕をもぐり込ませていく。

「わたしの望みはあなたのすべてを奪う事。だから、すべての夢をちょうだい」


「ちがうっ」

 わたしは肩を怒らせて叫んでいた。

「わたしは」


「あなたは望んでいるのよ」

 背後で声がした。


 振り返ると、さらにもう一人のわたしが立っていた。もう一人のわたしが背中から抱きしめてくる。

「相手はただの夢見人。ことばが通じたとしても、あなたの気持ちを受け入れたりしない。わかりあう必要もない、遠慮もいらないよ」


 目の前で、もう一人のわたしが男の胸から、頭よりもおおきな夢玉をとり出していくのがみえる。


「なぜかお互いをわかろうと努力する。でも完全に理解しあうなんてできない。愚かな夢見人から奪って、盗んで、魂ごと根こそぎ取りあげちゃいなさい。遠慮なんかいらないから」


 なぜだかわからないけど、泣きそうになる。


「そんな……わたしは、望んでいない、わたしは」

「嘘だね」


 背後にいる、もう一人のわたしが耳元にささやいてくる。


「夢泥棒は夢見人から夢を盗む。自分が望む夢は、自分でみるのではなく、盗まなければ手に入らないんだよ」

「わたしの、夢……」

「あなたは夢泥棒。それがあなたの運命」


 もがきながらふり払い、とにかく海へむかって走った。

 もう一人の自分、べつの自分、自分自身の運命から逃げるために。

 突如、目の前におおきな波が迫る。

 立ちすくみ、なすがまま暗く重い海へ飲まれていった……。

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