Dream purchaser:07「なにかね、愚鈍なるオールド・ハッグ」
忍びこめても、盗める家には限りがある。百人分あつめるなんて簡単ではない。オボロからもらった新しいパーカーを着て挑んでみたものの、目標量に達せず、「すみません、すみません、すみません」と嘆いて許しを乞う日々が続いた。
そのたびにオボロは、
「大勢集まる場所で仕事しなさい、愚鈍なるオールド・ハッグ」
言霊の暴力でわたしの神経を逆なでしてくる。
「だ、だけど」
「なにかね、愚鈍なるオールド・ハッグ」
「ひっ、多くあつまる場所から盗める夢は、よく注意しないと痛んでいるものや腐りはじめているものを手にしてしまうかもしれないから……」
「然り。よくよく見極めなくてはいけませんね。なあに、カスミならそれくらい容易いでしょう。なにせ愚鈍なるオールド・ハッグ、ではないのですからね」
あの呼び名をくり返されれば、心をえぐられる恐怖とはげしい痛みに縛られる。きっとわざと呼んでいるのだ。これ以上、オボロに蔑まれるのだけは避けようと、強い決意をもってフードを深くかぶり、嫌いな人ごみへと足を運んだ。
まず目をつけたのが電車。出勤や通学時でこみあうホームを物色しながら移動する。見定め、車内へ乗り込み、手を伸ばす。気がはやるときこそ、動作をゆるりとさせて緊張をとかねばならない。とはいえ、あまりの乗客の多さに身動きがとれなかった。
電車を何度も乗り換え、
「今日こそはっ」
ようやく勘がよみがえる。
これまで、予感が狂ったことはない。
気がのらないのにあせりで動けば、結果は必ずよくない。
盗った相手と目があい、突きとばして逃げ出したときもある。
「よし、やれる」
いよいよ自信が強まり、ぐっと胸が落ち着いてくる。
眠気にさそわれる昼過ぎの急行にのりこむ。それなりに乗客がいた。乗り継いでわかったのは、おなじ沿線でも時間帯や行き先によって、乗客数にちがいがある事だ。
昼過ぎに都市部から出る電車の乗客は、朝夕ほどではないものの、仕事をするにはちょうどいい込み具合。おまけに特急よりも乗客の寝ている率も高かった。
席をさがすふりをし、腕組みして大口あけたままいびきをかく初老の男性へ、
「すみません」
全神経を研ぎすまし、揺れによろけてぶつかりながら盗った。
そのまま、さりげなく遠ざかる。
相手はいびきが止まって目を開けるも、また眠りに落ちた。
乗車口の隅へ移動し、ふっと一息。
「よしっ」
手のひらで輝く夢玉をすばやくパーカーのポケットへしまいこみ、すれちがった買い物帰りの主婦に肩をぶつけては盗る。
べつの車両へ移動しながら、また一人……。
短いあいだに三人もねらって成功をおさめたのは、わたしにしてみれば初体験なうえ新記録。
得体のしれない興奮がこみあがる。
なおも気配をくばりつつ、停車した駅でおりた。
「よかった……この調子で毎日つづけたら」
ホームを歩きながら、だれもあとをつけてくる者もないとわかると、はずむような足取りでつぎの電車へ乗りこむ。
それから毎日、つり革につかまりながら眠るサラリーマン、酔いつぶれて眠りこける若者、塾帰りでつかれはてた子供をねらい盗りためていく。
相手のふところに手をいれて財布をぬきとるスリとはちがい、奪うのは夢。どうせ目覚めたら忘れてしまうのだから、かまやしない。
気づけば、ひと月百人分の夢を盗めるまでになっていた。
ひょっとしたら、ほめられるかもしれない。
わたしは期待し、だれもいない河川敷で、オボロに盗んだ夢を手渡した。
「数はそろうようになりましたね。ですが、どれもたいした価値のない、クズな夢ばかり。もっと質がよくておおきな夢を盗んでください。おなじ種類ばかり狙わず、ただひとつの夢をえらんで盗みなさい。でなければ、簡単に夢へと飲まれますよ」
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