Dream purchaser:06「わたくしはきみを助けてあげたいのです」
「知ってますよ。親から見捨てられた事実も。あなたは虚勢を張っているのです、強がっているのですよ。ひとりはつらい、悲しい、さびしいは、常にあなたの心に潜んでいるのではないですか」
「……いう、なっ」
オボロの言葉が、心の柔らかい部分を逆撫でるように舐められる。そのたびに全身に悪寒が走り、見えないなにかに締め付けられて声もかすれていく。
「困りましたね」
軽く両手をあげたオボロは、おおげさに首を横にふった。
「まったく、夢泥棒は見栄っぱりのさびしがり屋です。他人との関わりの不得手を良しとおもっている。なぜなら一生、さびしい孤独に打ち震えて生きるのがあたりまえだと……いや、『オールド・ハッグ』と怖がられて一生を過ごしてもいいと信じているのですから。腕を磨くために毎晩夢を盗んでいるきみも、心のどこかでは誇り高き夢泥棒としてでなく、薄気味悪いオールド・ハッグと呼ばれたい、夜中あらわれては胸を押さえつけるオールド・ハッグ、みじめで卑屈なオールド・ハッグ、オールド・ハッグ、オールド・ハッグ……」
「やめてっ」
声を絞り出し、耳をふさいでしゃがみ込む。
呪詛のごとくオールド・ハッグとよばれるたびに、全身を鈍器で殴られるような激痛に襲われ、立っていられない。目に見えない圧迫感に全身を押しつぶされそうになる。息をするのも、きつくなってくる。
何者なの、このオボロという男。はじめて会ったのに、わたしの過去や弱みを知っているなんて……。
「な、なんなのっ、おまえはいったい、なにをさせたいっ」
しゃがみ込んだまま、アスファルトに叫んでいた。
「わたくしはきみを助けてあげたいのです」
「助……ける?」
「そうです。このまま続けていても、たいした夢は盗めない。それどころか、きみは一生『オールド・ハッグ』と呼ばれてしまう。もっと広い世界できみの力を試してみたいとはおもいませんか? 閉じた世界ではなく広い世界で。どうですか。決して悪いはなしではないですよね。興味があるなら、ぜひわたくしの話を聞いてください」
ささやいたオボロの声は異様に変化していた。
先ほどまでわたしを打ちのめしていた彼の声が、いまはやさしく感じてしまう。心なしか、低かった声も高くきこえる。
立ちくらみが治まったせいかもしれない。
膝に力が入る。立ちあがり、
「……聞かせて」
オボロをまっすぐみた。
「すばらしいっ、エクセレントッ。なんと決意に満ちた言葉でしょう。きみに敬意を表し、わたくし夢買いのオボロから名前を贈らせてもらいます。今日からきみの名は『カスミ』、いいですね」
「か、カスミ?」
「そうです、カスミ」
「……はい」
盗みしかして来なかったわたしに、はじめて贈られたのが〈名前〉だった。胸の中で、噛み切れないものを飲み込もうとするみたいにくり返すと、戸惑いが落ち着いてくる。ほくそ笑むオボロの声も気にならなかった。
「では毎月百人の夢を、わたくしに渡してください。根こそぎ奪ってはいけませんよ。もし嫌だというのなら他の夢泥棒たちに『哀れで愚かなオールド・ハッグがいるぞ』とさげすむよう伝えるまで。なぁに、カスミの腕なら百人くらいわけもありませんよ」
オボロの言葉に奥歯を噛み締めながら、うなずくしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます