Dream purchaser:03「ユーベッチャ!」

 漆黒の闇にも似た衣服に、わたしの腕がめり込んでいく。


「全部もらうよ」

 いひっ、と笑ってみせたのもつかの間、

「なっ」

 なぜか腕がどんどん奥へと飲まれていく。


 右手でそいつの体を押し、なんとか自力で左腕を引っ張り出そうとするのに抜けない。相手の体に両足をついて踏んばれば……だが左肩まで潜り込んでしまっては、それすらもできなかった。


「は、離せっ、離せってばーっ」


「手荒いあいさつですね」

 男の、低い声が耳に届く。

身体ライブゼーレ精神ガイストの三重性からなる生物。その魂は、肉体という墓に閉じ込められ、飽くなき愚行を重ねる軽率な『欲望的魂』と不変の真実と永遠なるものを見抜く『理性的魂』が宿っています。相反する魂のせめぎ合いこそが夢。夢を産み出す源を盗ってしまえば、その者は絶命する。狙いはいいのですが、ツメが甘い」


 若いようでもあり年老いている感じもある。顔を覆う白い仮面マスクの目の辺りにあいた穴の奥にみえた、男の両目が鋭く光っていた。


「うわっ」

 肩まで飲み込まれ、いまや頭の半分を男の体に沈んでいる。しかも自由の利く右手で相手を殴ろうと振りあげたとき、腕をつかまれてしまった。


「やめたまえ。きみに危害をくわえるつもりはないのだよ、オールド・ハッグ」

 その言葉に全身がしびれ、痛みが走る。

「き、まさか……同業者?」

「クンカクンカ、ひどい匂いですね。鼻が曲がるどころではありません。つねに身をきれいにするのも大切とおぼえておきなさい、オールド・ハッグ」


 男のいやらしいふくみ笑いとともに、ぐわんと頭が痛くなる。


「そ、その名で呼ぶなっ」

「そんなにオールド・ハッグと呼ばれるのがいやですか、手間のかかる子ですね。今度の夢泥棒のお嬢さんは」

「くっ、何者なっ」と片目でにらむ。

 だが男は勝手にしゃべり続ける。

「自身の夢を代償に、夢を盗む力を手に入れた存在。まさに夢物語、ファンタスティック。あぁー、なんてすばらしい、先人たちが産み出したまさに生きた奇跡ですね、そうはおもいませんか」


 返事どころではなかった。

 頭はもはや、男の体に潜り込み、残った手足をばたつかせるだけ。い、息が……できないっ。


「おやおや。仕方がないですね」

 男のつぶやきのあと、

「ユーベッチャ!」

 掛け声をあげて、わたしの体は強引に引っ張り出された。


 投げ出されたまま、アスファルトに転がされる。

 頭をかばうも、

「がっ、く……っ」

 腰や肩に衝撃が走った。

 痛みをこらえて顔をあげる。


 ――やばいっ。


 得体の知れない男が、一歩ずつ、近づいてくる。

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