Dream purchaser:02「オールドじゃなくてヤングなのに」

「な、なんとかうまくいった……」

 わたしは笑い、息を吐く。

 門扉の前で握る手を開けば、小さな輝きに慰められる。ガラス玉のように表面はつるんとしているものの、どこかいびつで、きれいな球形にはほど遠い。とはいえ、まずまずの成果だった。

 ポケットにしまい入れ、パーカーのフードを深くかぶる。だれかに見られると面倒だからと、忍び込んだ住居から足音をたてずに遠ざかった。


 歩きながら、先ほどとった行動をふり返ってみる。

 まっすぐ目当ての寝室へむかい、馬乗りにまたがって動きを封じ、目的を果たした。手落ちはない。うまく気配を消せずとも、自分を示すものは残さなかった。あったとしても、今朝みた夢をおもい出せないのとおなじで忘れるから心配はない。金品をかすめとる〈チンケな泥棒〉とはちがうのだ。


 外灯のない暗い裏道を抜け、河川敷へむかう。

 辺りにひと気がないのをたしかめて、ふっと息を吐いた。

「でも、どうして……」

 なぜだろう、言霊で眠らせたはずなのに。

 目覚めた? 寝言? あるいは錯覚? 術が解けた可能性も考えられる。だとしてら、なにがきっかけで解けたのか? あのとき言葉を発したのはまずかったかもしれない。でも、フードで顔をかくしていたから顔をみられていないハズ……本当に?

 くり返す思考が不安をつのらせ、無意識に歩幅を広がり、アスファルトを蹴る靴音がおおきくなる。

「まだだ……」

 一カ月で十数人、体の奥でうずく飢えのような乾きから盗んできた。この無感覚さが〈快感〉となる瞬間はあっても、うれしい気持ちには結びつかない。


「それにしても……まさか、あの呼び名を寝言でいうなんて」

 寝言と決めつけると、不安が和らぐ気がして鼻で笑えた。

 あの夢見人が口にしたのは金縛りの別名、空想と妄想が産み出した〈魔物〉の名だ。無知ほど、不安をうち消そうと聞きかじった伝承や俗説に頼ろうとする。いないものにおびえる弱さこそ臆病者の証にも関わらずに。

「オールドじゃなくてヤングなのに」

 なんと呼ばれようとも、構わない。これが使命。あふれもつ夢見人、とくに子供から夢を盗んでいる。生きる糧として。


「そうですよ、きみは自分のために盗んでいる。それが生きる理由なのだから」

 いきなり浴びせられた言葉に、わたしは跳びのき、ふり返った。

 整備された河川敷の遊歩道、十数歩離れたところに長身の黒い人影がたたずんでいた。

 雲の隙間から、月光に照らされて浮かび上がってくる。

 黒い服に包まれ、白いマスクが顔面を覆っている。地面に届くほどゆったりと長い衣服が風に揺れ――月光を浴びてか――ちらちらと不気味に光り、そいつの影はわたしの足元まで長く伸びてきた。


「だれ?」と口にするより先に、わたしは目の前まで伸びている相手の影を踏む。

 これで大丈夫、と自分にいい聞かせる。

 安心すると余裕から頭が冴えてきた。ここまでの道行きをふり返れば、たしか堤防を乗りこえて河川敷に着いたとき辺りには誰もいなかったはず。

 なのに、こいつは「ここ」にいる。

 もともと潜んでいた? あるいは、ここに来るのを知っていた? いや、それはありえない。ならば、つけられた? ひょっとして現場をみられたのか!

 可能性を数えたところで正しい答えはみつからない。ならば、どうだっていい。相手がだれだろうと関係ない。邪魔者には消えてもらうだけだ。


「みちゃいけないものをみた罰を受けろっ」

 ゆっくり影を踏み歩いていく。

「わたしは、普通じゃないんだよ」

 影を踏んで持ち主の動きを封じる、陰陽縛。

 夢を盗るときに用いる基本技だ。

 男は微動だにしない。

「かかった……」

 助走をかねて、わたしは走り出す。

 体当りする勢いで、左腕をひねるように突き刺した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る