Deed to deep:02「みんな、盗みの時間だよ」

 昨夜、といっても数時間前の話だが、わたしが率いる夢泥棒チーム・デューは五〇〇〇ポンド近く夢を盗んだ。


 人通りの多い駅前や繁華街などポイントに仕掛けをし、そこを訪れる夢見人から引き抜いていく。感染呪術の応用であるこの仕掛けをウェブという。ウェブを得意とするのがサクヤとセボウの二人。彼らはわたしよりも年輩で夢泥棒としてのキャリアもある。なにより、わたしよりもリーダーが適任だとおもうのはサクヤだ。


 サクヤは発想を自由に変えられる、すばらしい才能を持っている。そこが並みの夢泥棒との大きな違いだ。サクヤの忍耐力の強さはその背格好と体格――わたしよりも背が低くて――白雪姫に登場する働き者のかわいいドワーフみたいで、いつも頼りにしている。


 対象的にセボウは長身でやせている。手先が器用でサクヤのサポート役を買って出ている。わたしのチーム・デューが他のチームよりも秀でているのは、この二人のおかげだとおもっている。


 盗夢中、経験者でなければ想像もつかない疲労の頂点に達するときがある。極度の疲労をさらにうわまわる、指一本動かすことすらできないほどの困窮に陥ることもあるのだ。二人が加わるまで、わたしはいつもトリックスター、道化師をつとめていた。道化、つまり目指すべき場所にむかって道を踏み外さないよう、前に立って指揮をしていたのだ。


 プライドの高い夢泥棒なら、女ごときにまかせておけるかと息巻くもの――わたしは男の心理を利用してベストを尽くさせてきた。いまは誰もが、二人がいることを誇りに思っている。


 わたしは二人とともに、歩道橋の上から駅前のスクランブル交差点を見ている。

 しばらくして、そこに仲間のカゲツとツキミが戻ってきた。

「またせたな、指定された通りに仕掛けてきたぜ」


 カゲツは手すりに手をかけ、マールボロを口にくわえた。

 シアトル・マリナーズの帽子のつばを後ろにかぶり直すと、炎のような赤い髪がのぞく。カゲツは盗夢術のひとつ、八大行の電撃結界を得意としていた。左手で壁を作ってくわえたタバコの前で指を鳴らす、と火花が飛び散り先から煙がのぼる。


「カスミの合図があるまで、オレはあの信号を動かさない」

 自信ありげにカゲツは笑う。

「吸いすぎはよくないわよ」

 わたしは、ツキミをみた。

 青いジャンパーに身を包むツキミは、眼下を見ながら白い息を吐いた。

「心配ない。五印術、相生関係の陣を敷いたから。夢見人は自ら進んで集まってくる」

 しずかな青い目にいつもの光、自信と誇りが感じられた。

「いつはじめるかは、カスミが決めて下さい」


 カゲツとツキミは気心しれた、古くからの仲間だ。わたしを含めこの五人がデューのメンバー。彼らはわたしの合図を待っている。陸橋の手すりの上に飛び乗り、右手を高らかに挙げた。


「みんな、盗みの時間だよ」

 わたしは声高に叫び、腕を振り下ろした。

 おもい出すだけでも高揚してしまう瞬間だ……。




 三杯目は、わたしの好きなレッドブレストを注文した。

 バーマンは「わたしもこのウイスキーがいちばん好きなんです」と言い、目の前で黒光りする重々しいボトルの栓を抜いた。

 グラスに注がれたウイスキーからは独特な刺激香――スパイシーかつ柑橘系がまざる甘くゆたかなバニラの香り――が漂ってくるが、けっして嫌な香りではない。高級茶葉を使用した紅茶を思わせる香りを嗅ぎながら一口ふくみ、口の中で転がせば、求めていたこの重厚感に出会えた。甘さは控えめでわずかなビターさと沈みが共存しつつ、とろりと溶けるようにしてのど元を過ぎていく。

 バニラとフルーティーさがいつまでも続く、この余韻……。


「ん~、癒やされる」


 思わず笑みがこぼれた。

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