第14話 『悪魔とは』



 街から外へ出るとモンスターに出会う…なんて事は稀なのか、天気が良い昼下がりに愛犬と草原を散歩している気分になる。まぁ、乗ってるんだけど。田舎だと言われれば此処が異世界だと忘れてしまうような景色。建物があればそれも一瞬で崩れるのだろうが、見渡す限り何もなかった。まぁ、乗ってるんだけど…。


「聖女様、か」

「わふ?」

「俺の幼馴染みなんだ。…会うのは難しいだろうけどな」


 この世界のストーリーを知っている人物。俺がそのストーリーの舞台に現れないようにすれば暗黒騎士と聖女でどうにかしてくれるんじゃないか、という淡い期待もある。登場してすぐに死ぬ脇役はそんなに重要ではないだろう。ステータスはオール1。適性もない。初期設定もされていない俺が死ななかった事でストーリーが変わるとは思えない。


 聖女の名前で依頼が出され追われている身だが、問題はそれだけだ。見付からなければいい、バレなければいい。元の世界では存在しないモンスターに関しての心配はそこまでしていなかった。

 インベントリ。これに入っている数々の武器はステータスオール1を補うどころかチートレベルだ。何かの間違いか…それとも…


「セレーネ」

「わふっ」

「仮定だけど、もしかしてさ…俺、生きてる事でこの世界が滅ぶかもしれない?」

「わふっ!」


 インベントリの武器って、もしかして暗黒騎士を倒すための?俺が死に女神に献上される事でこの武器が誰かに渡る…という設定だったならば。防具は何もないのに武器だけがある。しかも威力の桁が違い過ぎる。ストーリーに関係する武器だとしたら…


「そうだったとして、俺がやる、なんて意気込みもないけどな」


 真莉愛に会うことが出来ない今…確かめる方法はない。それに生き残るためには武器を手放すことも出来ない。本来持つべき人物に渡す事が出来ればいいんだろうけど、それが誰なのかも知らないし実際に居るのかも分からない。


「わふ、」

「ポロスに着いたら冒険者の依頼ってやつ、受けてみようか」

「わふっ!」

「セレーネのステータスとかどうやって見るんだ?雷の適性があるのは分かったけど…」


 歩みを止めたセレーネに、何か知っていそうだと思った俺はギルドカードを出す。後ろを振り向いて鼻をちょん、とつけたセレーネ。



  グラウディアス•ドゥーベン

   F ---

  ⇨セレーネ 雷

  体力 8012 魔力 4830

  攻撃 599

  防御 370

  知力 530

  命中 544

  俊敏 732

  幸運 300


 名前の下に文字が浮かぶ。その数字を見たセレーネは「これでいい?」と言ったように俺を見上げると再び走り出した。

 基準は分からないがステータスオール1からしたら遙かに強いだろ…。おっさん系モンスターはどんなもんだったのか…そういえばあの赤い猪も…。だが、これよりも高い数値の武器となると、簡単にお披露目するのは止めておこうと決めるしかなかった。

 ギルドを見付けたら平均値が聞けるといいな、と考えながらギルドカードをしまう。



 暫くの散歩。何かが建っていたと思われる遺跡跡を見付けた。白い建物だったのであろうそこは外壁は崩れ、屋根など跡形も無い。所々に太くて丸い柱が立っているが壊されたように長さもバラバラだった。枯れた噴水には埃や葉が溜まり、床は木の根が盛り上がりタイルが浮き上がっている。


「地図の、ここ?」


 セレーネから降りて地図を開く。セレーネは一度頷くと先を歩いた。ついていくと、外観に傷一つない白い建物が現れ、扉を開けてみる。


「教会…か」


 従兄弟の結婚式で見たことがあるような作り。背もたれの低い長椅子が両サイドに並び真ん中から真っ直ぐ進んだ所には階段。そこには祭壇のようなものまで。天井付近のガラスにはローブを纏った女性の絵が描かれている。


「セレーネ、なんで此処に?」

「わふ…わふ!」

「そこに何かあるのか?」


 祭壇の前で止まったセレーネは振り返り俺を呼んでいるようだ。階段を上がり終えた所でセレーネが祭壇を倒すと、その下から階段が現れた。こんな隠し部屋、ファンタジー世界では平和的な何かがあるわけがない。セレーネを見ても得意気だが…


「俺行きたくないよ?」

「わふ?!」

「明らかに危険そうじゃん」

「クゥン」

「そもそもなんで知ってんの?何があるの」

「わふっ、わふわふっわぉんっ」

「なるほどな」

「わふ!」

「何言ってるか分かんないし行かないけどな」

「…クゥン、クゥン…」


 伏せして上目遣いは卑怯だと思うんだ…。せめて何がある、とか…が、分かった所で行くメリットがあるだろうか?金はあるし武器も防具もある。どうやらバイコーンとは暗黒騎士が好んでいるらしいし、主要キャラが好むくらいなら他には必要ない。ピタピタなのも時間が経てば不思議と慣れてしまうもので。

 冒険の旅をしたいわけじゃないから、安全を確保するために水の都スフィアへ向かっているだけ…。


「ヴォフッ!!」

「あ!」


 怒ったように低い声で吠えたセレーネは勝手に階段を降り始めた。


「待て、戻ってこい!」


 呼んでも振り返りもしないセレーネは光の見えない階段の奥へ消えていく。此処で一人残されるってどうなのか。他に出口がないなら此処で待つのも悪くなさそうだ。此処に辿り着く前までにあった建物のなれの果ては悲惨だったが、此処だけは無傷なのだから…教会っぽいし、神聖な何かで守られているのかもしれない。

 人が出入りしている様子はないが…それなら余計に安心材料とも言える。

 納得した俺は階段に座ってセレーネを待つことにした。


 が、影が落ちた気がして後ろを振り向くと凄い目つきのセレーネ。「もう満足か?」と言おうとしたら頭からくわえられ、抵抗も出来ないままズルズルと引き摺られていく。


 階段を降り終えて解放されると、入り口付近で大きな音がし始め…微かに見えていた光が閉ざされていく。倒したはずの祭壇が戻ったようだ…


「で、どうすんの…こんな真っ暗な所」

「わふっ」


 セレーネが一度吠えると壁に掛けられているランプに火が灯った。同一間隔で置かれたそれは手前から順番に燃えていく。


「…………」

「わふ、」


 どや、とでも言っているのか。隠し通路、そこの仕組み…それを知っているなら何があるのかも知っていそうだ。セレーネについていけばいいか、と諦めた俺はセレーネの隣を歩く。背中に乗れれば良かったが通路は狭く、セレーネも俺を乗せようとしないから歩いた方がいいのだろう。

 石造りの壁に沿って歩くと、途中で宝箱を見付けた。興奮した俺を壁際に追いやったセレーネは宝箱に攻撃し、それがミミックだと知る。箱の中は空っぽだと思っていたが消化しきれていないネズミが入っていて悲しい気持ちになった。


「まぁミミックもテンション上がるけどな…」


 特にお宝とか求めてないから宝箱を見付けたからといって容易に近付くのは止めておこう…。

 分かれ道のない通路。たまに鉄格子を嵌めた牢屋があったが中には誰も居ない。藁を敷いただけの牢屋や、鎖がぶら下がっていたりもする。赤黒いシミは血痕だろうか。


「わふ」

「…誰か居るな」


 すすり泣く声。狭い石造りの地下は音をよく反響させた。


「たすけて…おねがい、たすけて」


 子供、か?道沿いに進み曲がると丸い広場のような場所に出た。その中心で女の子が蹲り泣いている。先に進めばまた細い通路があるようだ。

 他にも出口があるパターンなのか、奥まで進むと行き止まりのパターンなのか…セレーネに聞いても何を言ってるか分からないし、此処まで来たら進む他にない。


「たすけて」


 なるべく中心には寄らないようにして歩く。


「?たすけて。ねぇ、お兄さん?え、お兄さん?!」


 広場の端を歩いて奥の細い通路へ入った。子供が大きい声を出していたがセレーネに「振り向いちゃだめよ、うちでは飼えませんからね」と言っておく。

 人の出入りがない教会の、しかも隠し通路の奥に子供が一人でいるわけがない。罠でしかないと決めて振り返らずに歩いた。


「お兄さん!なんで置いていくの?!」

「いや、なんでついてくるの」

「泣いてるんだよ?子供が、泣いてんの!」

「泣き止んで良かったよ」

「こっち見てから言えや!ほら!まだ泣いてっから!」


 さて、本当に人の子か、人だとして敵かそうじゃないか。それとも魔族か、そうだとして敵かそうじゃないか…。結論として関わらないが一番安全な気がする。


「もし人の子だとしても此処まで来れるなら大丈夫だろうし、罠なら関わらないようにすればいいし。万が一の時は」

「な、なに?本当に助けてほしいだけだから!」

「撃つか」

「?!」


 インベントリから銃を取り出して後ろからついてくる子供に向ける。かなり近くまで距離を詰めていたためほぼゼロ距離発射だ。猪の事を思い出すと原型は残らないだろう。


「ぐ、何故我が人でないと分かった…まぁよかろう…」


 可愛らしい少女の顔でおっさんの声を出すな。


「むしろなんで人でいけると思ったの」


 場所考えろよ。


「我は史上最悪最強の悪魔…」


 少女の顔がペリ、と剥がれ始め、頭皮はズルリと落ちていく。


「名を…ベルゼあひゅん」


 少女の中から茶褐色のよく分からない魔族が出て来ようとしたので取り敢えず1発撃った。ゼロ距離だったので跡形もない。


「…え、だってアレ敵っぽかったよな?」

「わふ?」


「くくく、我に恐れ引き金を引いたか…よかろう。よかろうよ!」

「うわ、」


 バラバラになった欠片が集まりだし、茶褐色の人型を作り出す。俺よりも高い身長で肩幅が広い。服は着ておらず筋肉が剥き出しだ。そして少し尖った頭に触覚が二本。心なしかカサカサカサと音が聞こえる気がした。悪魔だ、これはGという悪魔でしかない。裸の筋肉剥き出し茶褐色おっさん。触覚がピクリと動いた瞬間、こちらも反射的に手が動いて撃つ。

 再びバラバラに散った肉片がカサカサと音を立てながら戻ってきた。

 そして同じ姿のおっさんを見て泣きたくなった俺よりも先に悪魔と名乗ったゴキブリに泣かれてしまった。


「わかったから!話聞いて欲しいだけだから!」

「いや無理です。ほんと、勘弁してください。近寄らないで」

「なんでお前が震えてんの?!こっちが震えるわ!」


「わふ」

「おぉ、セレーネというのか…お前は話しが分かる奴で良かった…」

「は?!分かるのか!」






 ゴキブリみたいな悪魔の名前はベルゼテ。悪魔対人類の戦に颯爽と駆け付けたまでは良かったが道に迷って転送陣を踏み、気が付いたらあそこに居たらしい。


「記憶が正しければ200年程か。人に取り憑こうとも思ったがここに来る者は聖職者ばかりでな…我は何度も羞恥な目に…」

「うわぁ、」

「おい引くな!ほんとに酷い目に遭ったんだ!だが暫くして誰も通らなくなり、しかし我だけでは此処から出られなくて困っていたのだ」


 たすけて、という言葉に嘘は無さそうだが…200年か…歴史を知らないため悪魔対人類の戦があったのかはポロスで確認してみよう。その後は魔王対勇者、今は魔王対聖女、あたりだろうか?

 ベルゼテは狭い通路で体操座りをしてメソメソしている。


「わふ!」

「仕方が無いであろうっ、我も人を滅ぼして悪魔王から褒美を貰おうとしたのだ!」

「わふ?」

「褒美が何か?って…そんなもの決まっておる!チョコレートだ!」



 まじか。チョコレートで人類滅ぼす気かコイツ。


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