第15話 『存在しない者』



 神聖なる教会にある隠し通路の中でゴキブリを連想させるような見た目の悪魔に出会った。なんかの転送陣を踏んで転送された先が教会、とはなんとも滑稽な話だが…200年もの間外に出ることが出来ずに困っていたそうだ。


「ベルゼテ」

「なんだ?人間よ」

「この先には何がある?」

「大きな扉があるが、悪魔である我には開けられんのだよ…恐らく地上へ出るための…」

「わふっ」


「なんと…ほう、」


 セレーネは何があるのかを知っている…。ベルゼテに通訳させてこの先にあるものや、目的を聞いた。


 此処は元々女神によって作られた神殿とされ、この隠し通路の先には高位聖職者達によって作られた娯楽場があるそうだ。女神の神殿を穢した聖職者達はその娯楽場で処刑され、解放される事の無い魂が今尚恨み妬み抱いて彷徨っている。と。


「本当にセレーネがそう言ってるのか?」

「我は聞いたままを話しておる」

「わぉん!」

「じゃあセレーネって何者?」

「わふ、」

「スクライカー、と言っておるが」


 セレーネは目を逸らしている。ただのスクライカーじゃないのは間違いないな…。


「まぁ今はいいか…それで?その聖職者達の魂をどうしたいんだ?」

「わふっ」

「お前にくれてやりたい、と」

「要らないんだけど…」

「わふ!」

「必要になるだろう、とよ。さっさと行こうではないか。我は早くお日様を浴びたいし悪魔王にも謝罪せねばならん…あー怖えーなぁー…」


 悪魔王とやらが今の時代に生きているのかは置いておこう。俺の唯一の武器である銃で撃っても元に戻ってしまうベルゼテ…外に出たいだけならば不必要な闘いはしなくていいか。もし人類に再びの危機が訪れるのであれば、それこそ人類代表、みたいな人が叩き潰してくれれば良い。

 ステータスオール1の俺に悪魔退治は無理そうだから。


「で、これがその扉?」


 聳え立つ大きな鉄の扉。聖なる場所だとは思えないほどに禍々しい空気を感じる。いっその事、悪魔であるベルゼテの方が清らかに思えてしまう程に。


「我は触れられぬ。焼けてしまうからな」

「なるほど、そうやって始末すればいいのか」

「おいおいおいっ!人間めっ!」

「いざとなったら、って意味だから。安心してよ」

「安心できるか!~っ、えぇい、早く行くのだ!!」


 ベルゼテに背中を蹴られ、そのまま真っ直ぐ吹っ飛んだ俺は扉に全身を打ち付けた。どういう威力してんの、こちとら防御力1+αだからな?αなかったら俺どうなってたの?

 頬から伝わる鉄の冷たさにハッとして離れようとしたが、ギギギ、と重たい音を立てながら扉が開いてしまった。隙間からひゅ~と風が抜けると、部屋の真ん中には青い焚き火。それを囲って回るローブで全身を隠した三人組。

 明らかにヤバイ儀式中だ、と扉を閉めようとしたらセレーネの頭が俺の背中を押してきて部屋に入ってしまった。


「わふ」

「害はないそうだぞ、人間。我は危険を感じるのでここで見ている!」

「役立たずのゴミ虫ゴキブリが。ゴキブリの方が勇敢でイケメンだわ」

「物凄い悪口だっ!ひどい!」


「わふ!」


 セレーネが吠えると焚き火の周りを回っていた三人がピタリと動きを止めた。そしてゆっくりとこちらに体を向けると、人の形を保っていたローブが床に落ちる。


「…どういう事だ?」

「わふっ」

「その青い炎の中に女神が封じられているそうだ、三人のローブを燃やせと言っておるぞ」

「本当か?」

「わふ!」


「女神が居たとして、何をしようと?」

「わふわふ、」

「お前の事を教えてくれるそうだ」

「…ならこの女神は俺を知ってるって事か」


 その女神に献上されるはずだった俺が逃げた。まだ生きている俺を連れてくるためにセレーネが現れたのか?ここでローブを燃やせば女神が…どうなる?俺の事を教えてくれる?『お前は死ぬべき運命、女神に献上される生贄』とでも言われるのだろうか。

 こんな選択する必要もない。さっさと出るか、と踵を返すと同時に何かが横切った。再び視線を青い焚き火の方へ向けるとベルゼテが三人分のローブを抱えている所で、止めようと走り出した所で間に合うはずも無かった。

 パチ、と火が弾ける音を聞きながらローブが燃えていくのを見る。


「ベルゼテ、何を…」

「どうやらローブの三人組が我にとって脅威であったようでな。それが不在ならば入れるだろう、と」

「じゃなくて!なんでローブを燃やしたんだ?」

「セレーネとやらがそうしろ、と言っていただろう?」

「わふ」


 さっさと部屋から出るべきだった。ベルゼテやセレーネを置いて走り出すと鉄の扉が大きな音を立てて閉まった。暗かった部屋はいつの間にか明るくなり、部屋の中は古びてはいるが贅沢品の数々が飾られている。

 青く燃えていた焚き火は消えており、ベルゼテは眩しくなった部屋の灯りに照らされて黒光りしていた。


「あぁ、よく来ましたね」


 柔らかい女の声。部屋の奥から現れたその女は、女神、と言われても違和感のない程に美しい容姿をしている。白金の透けたストレートの長い髪、白い裸、蒼い瞳。無駄のない動作で豪勢な椅子に座った女にセレーネは駆け寄っていく。


「お利口ね…あら、そう。セレーネという名前を頂いたのね」


 短い期間だったとしても、俺以外にあんなに懐いていたセレーネを見たことが無かった。それにセレーネの毛色は昨日変えたのだ。それなのに…


「女神、なのか?」

「長年閉じ込められてしまって…既に女神としての力はないのよ」

「…どういう意味?」

「それよ」


 指を差したのは青い焚き火の囲い。既に火は消えているが、それのせいで閉じ込められてしまっていたそうだ。

 遙か昔の高位聖職者達はいつしか女神の信仰を深める事を忘れ私腹を肥やす事だけに執着していくようになった。悪魔という存在に抗い立ち向かうためには我々聖職者が必要だろう?と。もちろん女神は黙っていなかった。だが、信仰を失い姿を現すことも出来なくなった女神はいつしか人々の中からも消えてしまう。

 高位聖職者は此処の場を娯楽場とし、女神像をあの囲いに放り込んだ。数百年と燃え続けた青い炎が、女神を封じ込める唯一の手段だとして。


「私を表に出せば自分達が危ういと分かっていたのでしょう。しかし、真の信仰者によって彼等は処刑されました。死してなお…炎を絶やすこと無く私を封じ込めていたのは彼等なりの執念があったのでしょう」

「俺達が入ってきたらさっさと消えたけど?」

「マーレ…いえ、今はセレーネと言うのよね。この子には私の力を授けているからビックリしたのね。それに…」


 それに。と、言って俺を見た女神は微笑んだ。目が合っていない事を考えると俺ではなく俺の後ろ、だろうか。


「貴方のシェイド…とても愉快ね」

「!」

「あら拗ねないで?私は人間ではないもの、怯えたり出来なくてごめんなさいね」

「見えるのか?その、腐敗した成人…を?」

「貴方にも見えるようにしてあげる」

「いやいい!ほんと!見えなくていい!」


 そんなグロいのが俺の真後ろに居るって思うだけでも嫌なのに見えてしまったら…想像したら吐き気がした。ホラーが苦手なわけではないが、映画やゲームの映像は偽物だと分かるから大丈夫なだけだし。実際に見たら失神するかもしれない。むしろ失神したい。

 俺の気持を無視した女神は楽しそうに「ほら、ご挨拶」と言っているからもう見えるようになったのだろう。俺は絶対に振り向かないぞ。


「ヨォ、女神擬きが挨拶しろってさぁ」

「ひ!」

「ククククク、ハハハッ」


「彼は貴方のシェイド。通常影の魂であるシェイドはこの世の人の未来。そして過去と交換する事で魂の入れ替えをするのだけれど…」

「くくく、俺は未来でも過去でもネェ。コイツは…」

「そうでしょうね…だって貴方…」


「この世界に存在してないもの」

「この世界に存在してねぇからなぁ」


 声を揃えた女神とシェイドは楽しそうに笑っている。セレーネは女神の様子を窺いながら俺の元に来ると慰めるように体を擦り付けてきた。フサフサの毛並み、女の子のシャンプーの香り、少しだけ落ち着けると思っても目の前に移動したシェイドの腐敗して溶けた皮膚を視界に入れてしまえば整う息もない。


「…俺はこの世界の人間じゃない。召喚されたんだ」

「えぇ、召喚された時点で貴方はこの世界の住人になるはず。それが、そうではない。そのシェイドが何よりの証拠」

「じゃあ何だって言うんだよ?好きで来たわけでもないのに、大人しく殺されろとでも!」

「えぇ、貴方は本来…この世界に来て女神•フレイの糧となるはずだった」

「─!」


 俺が召喚された事も、登場してすぐに殺される事も、女神に献上される事も全て知っているという事か…

 なんの設定も作られてない俺が今ここに存在する事が間違っているとして…どうしろと…言うのだろう。

 力が抜けて手がだらん、と下がる。目の前から消えたシェイドは俺の肩に寄りかかったのか、俺の肩からは肉が落ちて骨が見える腕がチラつく。シェイドは両腕を交差させていて、まるで後ろから抱き締められているようだ。重さは感じないのに立っているのがやっとだと感じる程の虚無感。


 目の前の女神は俺を殺すのか。糧とやらにするつもりか。

 ステータスオール1。武器を使えば…


「クゥン…」

「セレーネ、安心なさい。貴方が抗う事を私が許しましょう」

「…?」

「既に女神としての力は失った。けれど貴方が私を信じ、想えば…私は貴方だけの女神として手助け出来るわ」

「なんで…?」


 純粋な疑問。この世界に存在していないとハッキリ言われた。俺をただの脇役だと知っているはずの女神がなんで俺を助けようとするのか。


「…何かの禍と、それを打ち砕く希望の光。結末は決まって正義が勝つ。どちらを正義とするかは考える者次第でしょう。ただ…女神である私にすら見えない力がこの世界を覆っているのは事実。まるで初めから作られたかのような物語をなぞって…それを信託のごとく人々に伝え導く私達女神。最初は何も思わなかった。」


 小説の中の世界と、それに登場する人物でしかない。女神といっても結局は作られた キャラクター なのだ。


「運命に抗いし者。貴方の結末を見届けたいと思ったの」



 作られた物語上の結末では無いもの。先の見えない話の結末を。



「それだけでは…信用してもらえないかしら?」




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