第13話 『お前等の事』



 馬車の中は思ったよりも広かった。コイツ等に会わなければセレーネが元の大きさに戻り移動するだけだったのだが、知識不足である俺がその選択をしても良いのか躊躇いもある。

 馬車に乗り込むと同時に女が治癒魔法とやらをしてくれて、溢れていた血が止まる。魔法を間近で見て体験するのは少年心をくすぐったが、手首は戻ってこない。骨を隠すように皮膚が繋げられただけのこれに、果たしてスペアは付いてくるのだろうか…


「レイド様…彼がセトキョウスケ、だとでも?」

「え!アンタが聖女様が探してるセトキョウスケ?!」


「さっきセトキョウヤって言ってなかった?」

「あぁ、背格好や年齢が近しい人物にはわざと名前を間違えて似顔絵を見せていたんだ。動揺してくれればいいんだけど、グラウディアス君は違いそうだね」

「あ、俺を疑ってたわけね」


 あくまでもしらを切る。


「腕の痛みはどう?」

「…特には、もう大丈夫そうだ」

「悪かったね。冒険者なのに利き腕を落としてしまって」

「俺が右利きってなんで分かんの?」

「僕らを避けて門から出た時に、肩を押したのは右手だろ?」


 そんな事で利き手を切り落とされるなんてあんまりだ。更にはレイドを囲って座る女達はキャーキャー煩い。


「自己紹介がまだだったね。僕はレイド。このパーティーのリーダーで剣士をしている。ほら、君達も」

「私はミヤ!レイドとは幼馴染みなの。弓使いよ」

「イリア、魔術師。それ以上語ることはないわ」

「私はレイド様達に助けて頂いて一緒に旅をしております、シェーン、と申します。貴方の手首を元に戻す程の治癒魔法は使えなくて…申し訳ありません」


「俺も自己紹介必要?」


 濃いピンク色の髪の毛をしたミヤはレイドの腕に絡みつき、薄いピンク色の髪の毛をしたイリアは反対側で腕に絡み付きレイドに乳を当てている。シェーンは距離を空けて俺の隣に座っているが、レイドを恋しそうに見つめていた。


「頼むよ、グラウディアス君」


「グラウディアス。さっき手首を切り落とされて途方にくれてる冒険者です。はい終わり」

「ははは、悪かった」

「レイドが謝ってるんだから許しなさいよ」

「そもそも、言うことを聞かない貴方が悪いんですのよ」


「あー、あと三つほど、俺の自己紹介をしようか」


 ニコリと笑って前に座る三人を見る。どうぞ、と言ったレイドによって発言権を得た俺は左手で指を一本たてた。


「まず一つ、ヒーローがピンチの時に大して役にも立たないヒロインが『危ないっ』とか叫びながら突っ込んで来て怪我するシーン。またはそれを更に庇ってヒーローが怪我するやつ。俺はなよなよした役立たず系の女が嫌いだ」

「…は?何言い出してんの?!」

「二つ目、平凡設定なのに色んなタイプの美女に好かれるやつ。平凡設定何処行った?お前等みたいな高スペック女ならもっとイケメンな奴選び放題だろ。中身が全てだとしてもサブキャラで良い奴いんじゃん。そんで平凡のくせに女の扱いが上手いってどうして?見てて気持ち悪くなる、嫌い。」

「レイド…何を言っているのかわかりませんわ…早く馬車から降ろしませんこと?」

「三つ目。自分以外を女で固めるハーレムパーティー。複数の女が一人の男に好意を寄せてたら尚更。なぁレイド。お前、この中の誰と付き合ってんの?」


 三人の女が一斉にレイドを見る。レイドは困ったように目を逸らし、俺に発言させた事を後悔しているようにも見えた。


「皆お前の事を好いてるみたいだけど?全員同じように相手してんの?」

「僕には目的がある。そのために今は恋愛なんかに余所見をしている暇はないんだ」

「レイド…でも私の事!」

「何を言ってるのよミヤ、貴女はただの幼馴染みでしょう?」

「レイド様…あの時の事は…」


 あぁ、全員に手を出してるパターン?


「最後三つ目の要点。ハーレムパーティー。一人の女を選べない男。一人の男に群がる女共…俺、嫌いなのよ」


 まるでお前等の事を言ってるみたいだな、と笑う。レイドが己を見ないためにミヤとイリアは矛先を俺に変えて殴りかかる勢いだ。それを止めようとするシェーン。


「二人とも落ち着いて、彼は…グラウディアスさんは怪我をして…その、手を失ってしまったのですから、怒るのも当前です…」

「俺を庇って点数稼ぎ?止めとけ、レイドはお前等の中に本命は居ないってさ」


 カッ、と顔を赤くしたシェーン。別に腕を斬られたから怒っているわけでもないし、暇潰しに嫌がらせをしたいわけでもない。Bランク、というのがどれ程凄いのかも知らないし、仲違いをさせるつもりも無かった。ただ、純粋に…俺はハーレムパーティーが嫌いなだけ。それぞれに目的があるなら未だしも、一人の男を取り合う女の図程見ていられない。

 僻み、と言われても別に構わないほどに。


「空気悪くした?俺は自分で橋を渡る事にするよ。どうもアリガトウ?」

「待て!はは、大丈夫、皆気にしてないから。まだ乗っているといい」


 此処まで俺を馬車に乗せたい理由をそろそろ考えるべきか…。セトキョウスケを探す依頼を受けたゼノンダラス国の冒険者パーティーがわざわざ国境を越えてドゥーロまで来た。なんの情報も得られないまま俺に出会い、手首を切ってまで共に行動しようとする…理由。

 普通に分からないわ。正体を見破ったのであれば拘束すればいいが、そういうわけでもなさそうだし。取り敢えず空気が悪いのは間違いないので馬車からは降りた。追って降りてきたのはレイドだけで、馬車はカタカタと音を立てながら橋を渡っていく。


「はぐれるよ?いいの?」

「すぐに追いつくさ」


 そう言ったレイドが剣を抜いたのが見え、体を捻る。思ったよりも滑らかに動いたのはバイコーンの防具のおかげだろうか。セレーネは牙を剥き出しにして唸りだした。


「避けるか…さっきは不意を突けただけ、かな」

「いやなんで斬ろうとすんの?!お前のせいで手首無くなってんだからな?!」

「僕には目的があるんだ」

「出会って数分の俺に言うことか?」

「聖女様の願いを叶える事…セトキョウスケを見付けるのもそうだが、暗黒騎士を捕らえて聖女様に引き渡す」

「あ?あー、暗黒騎士。魔族の国の」

「暗黒騎士団の団長、顔や種族を知る者は居ない…けれどバイコーンの装備を好んでいるという情報は手に入れていてね」


 まさか俺が暗黒騎士様だとでも?変な言いがかりに思わず否定の言葉も出なかった。そして言葉を理解出来るセレーネもキョトンとしてしまい、不安になったのか俺のニオイを嗅ぐと首を傾げる始末。


「ギルドカードを確認したい。暗黒騎士なら持っていないかもしれないけどね?」

「ほら」


 さっさと見せてやる。グラウディアス•ドゥーベンと表記されたギルドカード。しかも依頼を何もしていないためFランクのまま。だって昨日なったばかりですし。

 レイドは一瞬目を見開いたが、すぐに俺を真っ直ぐ見遣る。


「Fランクか…魔族の国から此方に来てギルドカードを作ったばかり、という考えも出来るね」

「普通にねぇわ」

「ならなんで冒険者に?駆け出しなのにバイコーンのフル装備を持てる君は何者だい?」

「名前、って、知らないか。俺はドゥーロの領主、ドドゥーの息子だよ。弟に継がせるために遠戚の姓を貰った。金ならあるからな。冒険者って言っても危なそうな依頼なんか受ける気もない。ただ旅をしてみたくなっただけ。俺が居ない方がドーベル…弟もやりやすいと思ってさ」

「…………………………」

「……」


 よくもまぁペラペラと嘘が出てくるもんだ。しかし嘘だけではない。グラウディアスは旅に出た。ドーベルはドドゥーの跡を継ぐ。


「そうか、すまないね」


 レイドは目を閉じて暫く考えた後、剣を腰に戻し困ったように笑った。普通ならそんな間違いで二度も襲われるなんて事は許されないわけだが、実際はそれが間違っていないという所が恐ろしい。早く解放してもらいたい気持ちが強くて「誰にでも間違いはあるから」と溜め息交じりに返す。

 セトキョウスケでもなく、暗黒騎士でもない俺には用がないはず。馬車は遅いし、走れば間に合うだろう。

 右手はないため左手でレイドの肩を叩く。


「じゃ、健闘を祈るよ。」

「送って行かなくていいのかい?本当に、お詫びもしたい」

「いらね」

「そう言わずに…手も治そう。エリクサーも手持ちにあるから治せるよ」


 エリクサーってゲームで聞いた事があるなぁ。と思いながらレイドを置いて歩き始めた。セレーネが足元をウロウロしながら見上げてくるが、元の大きさになるのは少しだけ待ってもらいたい。

 橋の横幅はとても広いがすれ違う人は少ない。時間的なものなのか時期的なものなのか…たまにすれ違う冒険者パーティーはレイドを見ると興奮したようにジタバタする。それ程有名なのだろう。しかし俺が足を止める事はなかった。


「分かった…また、会おう。その時にお詫びをさせてもらうよ」

「じゃーな」


 二度と会わないことを願って。

 ゆっくり歩く俺を抜いて馬車を追い掛けたレイド。レイドに気が付いたのか馬車は止まり、レイドは中へ入っていった。どのくらい経てば馬車よりも後に橋を渡りきるか…橋の縁まで移動し、少し高い塀をよじ登り下を覗き込んでみる。

 当たり前ではあるが下は真っ暗だ。


「おい兄ちゃん!そんな所に登ったら危ねぇぞっ」

「あぁ、すみません。気になっちゃって」


 商人風のおじさんは降りた俺にホッとした表情を浮かべるとドゥーロへ向かって行った。


「セレーネ、このまま橋をぶっちぎるしか方法はなさそうだけど…」

「クゥン…」

「あのスピードなら何が通ったか、なんて分からないよな」

「!わふっ!!」


 人が通らなくなるのを待ち、セレーネは元の大きさに戻る。元に戻っても毛並みは銀のままだ。少し屈んだセレーネの背中に跨がった俺はインベントリの中に右腕を突っ込み引き抜く。それだけで手首から下が復活した事にホッと息を吐いた。

 セレーネの喉を潰さないように首にしがみついた俺は「頼んだぜ、相棒っ」とそれらしい事を言って……目を閉じた。

 凄まじい風を浴びては目など開けてられない。振り落とされないようにしがみつくのでいっぱいいっぱいだ。この早さなら馬車を追い越しそうだな、と思って一瞬目を開けてみたが斜線しか見えなくてまた閉じた。






「わふ」


 セレーネはスピードを落とすとゆっくり走りながら小さく吠えた。顔を上げて周りを見渡すと開けた草原。振り返ると遠くに橋が見える。

 橋を渡った後、セレーネは道なりに進まず外れた所を走ってくれたようだ。程よくある木のお陰で悪目立ちもしないだろう。


「ありがとう、セレーネ」

「わふっ」

「ドドゥーの地図通りならポロスまではそんなに距離がなさそうだな…これはなんだ?」

「わふ!」

「知ってそうだけど何言ってんのか分かんないからなぁ…橋とポロスの丁度間くらいにあるから目印になるとは思うけど…」


 街とは違う石造りの建物の絵。ドゥーロやポロスに比べるとかなり小さいが…。

 セレーネに乗ったまま移動するなら道なりには進めないため、この石造りの建物側を進もうと提案してみる。これがなんなのかセレーネは知っているようだし、問題はなさそうだ。



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