第12話 『追っ手』



 結論から言おう。全部食べた。勿論セレーネが。

犬に甘い物とかどうだろうと考えたが此処は異世界だ。問題ないと思っておこう。見ているだけで腹が一杯になる量をセレーネはペロリと平らげてしまった。


「普段からあのくらい食うつもり?」

「わふっ」

「仕事しながらじゃないと食費で破産するわ」


 支払いはあちらの方がしてくださるので、と言われて見ればタリンの後ろ姿。まだ金額を知らないだろうからちょっと怖くなって苦笑いしながら店を出る。噴水まで行って、テキトーな所に座るとセレーネは地べたに寝転がり目を閉じている。腹が満たされるとどうして眠くなるのか…


「わぁ、もしかしてハティ?」

「触ってもいい?」


 子供達がセレーネを囲む。ハティ、とはなんだろうと思いつつセレーネに噛むなよ、と念を送っておく。愛想を振りまく気はないのか目を閉じたまま尻尾をゆらゆらしていた。


「君が月を飲み込んじゃったんだね」

「月?」

「お兄さん知らないの?双狼っていう絵本だよ」

「銀色の狼、ハティが月を飲み込んじゃうんだ。だからこの世界には月がないんだって、子供の頃に読まなかったの?」


「あー、うん、ハティね。思い出したよ」


 つまりは架空の狼、だろう。スクライカーやゴブリンのような種族とはまた違うもの。自分自身にもそれ程モンスターに対する知識がないため、掘り下げるのはやめておいた。母親らしき人物が何度か頭を下げながら子供を連れていき、名残惜しそうに手を振られたため振り返す。

 水が流れる音や人々で賑わう空気を感じているとタリンが店から出て此方に向かって走ってきた。


 別に急かしているわけでもないのに、と立ち上がった所でタリンは俺の腕を掴むと人混みの中へ入っていく。


「どした?」

「どうしたもこうしたも!」

「なんだよ…」

「ゼノンダラス国の冒険者が貴方を追ってこの街に入ってきてます!あちらの国では既にギルドへの依頼が出ているそうですよっ」

「うお、まじか。やべぇじゃん」

「だ、だと思うなら早く走ってください!そのうちマキファンズ国のギルドでも申請が通るでしょうから…」


 食事代の事なんてどうでも良いのか、俺の腕を掴んだまま向かっている先はダーンの店っぽい。予感は的中し、扉を開けるとタリンはセレーネが入ったのを確認して閉める。


「品物は出来てますか?!」

「どうした?そんなに慌てて…ほら、こっち来い」


 手招きをされて奥の部屋に入る。木で出来たマネキンに付けられた皮の防具は中々格好良く、厨二心をくすぐるデザインだ。普通に胸当てとかそんなんを想像していたが、所謂一式防具…というやつだろうか。


「なにこのファーみたいなの、恥ずかしくない?大丈夫?」

「恥ずかしいだ?俺の特注品を馬鹿にするんじゃねぇ。さっさと着てみな」


 爺さんに手伝ってもらい装着していく。ピタっとした中着の上に中途半端な丈の皮防具。心臓辺りには薄いが堅い金属板があてられ、よくわからんベルトはこれ何処と何処を繋げるの?と迷ってしまう。爺さんは溜め息を吐きながらテキパキと俺を着替えさせていった。変な布を肩から掛けられ、これまたピタッとしたスキニーパンツを履く。伸縮はするが少しピタピタ過ぎやしないだろうか。ベルトにはホルダーも付いているため何に使うかは後で考えよう。今気にするべきは、サイズを間違えられたかどうかだ…着る前は格好良く見えたのに実際に着てみると不安になってくる。


「ほら、これ着てこれ履け」


 俺の気持ちを気にせずに渡された次の防具は、襟元が立っているロングコート。それには成人式で女が付けるやつみたいなファー…まぁ、あそこまで派手ではないが…、多少恥ずかしくなる。そしてレザー素材のロングブーツには違和感が無い程度の膝当て。


「見てみろ、バイコーンのフル防具だ。中々いけてるだろ?」

「おぉ…」


 全身黒一色。ロングコートとブーツだけはチャラいがソレを脱いだらピタピタの変人だ…。


「性能は上乗せ出来たんだ。特に回避については今まで以上の出来だな。遠距離ならバイコーンの尻尾の毛は役に立つだろうよ」

「こんなにフカフカな尻尾があんのか」

「加工したに決まってんだろ」


「着替え終わったならもう行きますよ!早くしないとゼノンダラス国の冒険者に…いや、今の貴方はどう見ても冒険者です、逆に堂々とした方が良さそうですね」

「まともに見れるようになった?」

「…はい、バイコーンのおかげでしょう」

「?」


 冗談のつもりで聞いたが普通に返し眼鏡をくい、と持ち上げたタリン。爺さんは肩を叩きながら「支払いは後日でいい。暫く店は閉めるから出てけー」と言って追い出しにかかる。大人しく従い外に出る。セレーネはずっと俺の周りを彷徨きながらあちこちニオイを嗅いでいた。


「話をかけられても見かけた覚えはない、で通してください」

「ほんと、ここまで良くしてくれるよな」

「ドドゥー様の命令ですから…仕方がありません。僕は貴方のような生きているのかも怪しい人とは関わりたくありませんから…」

「ひでぇ」

「…シェイドについてもう一度調べてみようと思います」

「なんで?」

「分からない事をそのままにしておくのは気持ちが悪いでしょう。何故腐敗しているのか、何故僕を手招きしているのか…あんな状態のシェイドに憑かれても貴方は健康体のように息をしている」


 タリンが気になるなら調べればいい。その結果を聞く事になるとは思えないが、正直そこまで言われているシェイドとやらに良い意味なんてないだろう。

 俺達は噴水も通り過ぎて真っ直ぐ西を目指す。東の入り口よりも低い門とそこに立つ門番。行き交う人々の中に件の冒険者パーティーを見付けた。手配書らしき紙を見せては首を振られる、を繰り返している四人組をなるべく視界に入れないようにする。


「僕はここまでです。あぁ、そうだ。ドドゥー様からこれを」

「手紙?」

「紹介状です。アウトラのギルド長、ローフォンドさんへ渡せば話は早いでしょう。…あの冒険者パーティーはゼノンダラス国でも凄腕…レイド率いるBランクパーティー、赤薔薇の君です。スクライカー討伐に貢献してくださいました。くれぐれもお気を付けください」

「わかった。ローフォンド、な」

「えぇ。資金は事足りるでしょうが、途中で寄ることになるポロスで仕事はありますから不安なら冒険者業をされるのも良いと思いますよ」

「ありがとう」


 タリンの助言には素直に感謝しておく。門の手前でタリンと別れ、俺とセレーネが橋に近付くとレイド率いるBランクパーティー、赤薔薇の君…が俺の行く手を阻んだ。パーティー名は自由なんだろうけど…と、タリンを振り返り見れば顔を顰めながら一度だけ頷かれる。


「この似顔絵の人物を探しているんだが、見なかったか?」

「見た記憶がないな」

「セトキョウヤ、って名前なんだけど、聞いた事は?」

「セトキョ?」

「セトキョウヤ。黒髪で…身長は183って聞いたから、君くらいじゃないかな?」

「さぁ?黒い髪なんて見たことがないからすれ違えば覚えていると思うんだけどな。悪いな」


 我ながらスマートだろう。そもそもセトキョウヤという人物は知らない。俺はセトキョウスケだし、それを訂正するつもりもないが。後ろでこちらの様子を見ていたタリンはホッとした表情を浮かべている。


「君、その防具はバイコーンだね?しかも一流の職人が作ったようだ…名前は?」

「職人の名前?あっちの店の」

「いや、君の名前が知りたい」


 金髪で長い前髪が鬱陶しそうなイケメン。俺とは違い白を基調とした装備で更にキラキラ度を増している。


「…グラウディアス」

「冒険者だろう?良かったらギルドカードを確認させてくれる?」

「なにそれ職質?」

「ショクシツ…?どういう意味だろう」

「…故郷の訛りだよ。意味は…そうだな、変態?って事」


 もういいだろ、と四人を避けて門を出る。

 それについてくる金髪の男。コイツがレイドだろう。しかし俺は知らないフリを続けて歩き続けた。ニコニコと笑いながら付いてくるレイドに、仲間の女三人も首を傾げている。


「レイド、なんでドゥーロから出てしまうの?」

「甘いの食べさせてくれるって約束したじゃーん」

「レイド様…?」


「グラウディアス君、馬車がないなら一緒にどうかな?」

「…え、なに」


 どうしてここまで付いてくるのか。俺の正体が分かった、としたら変な態度だ。怪しんでる?

 レイドは相変わらずニコニコと微笑んでいる。そして指を差した先には馬車が停まっており、一緒に乗ろうと言い出した。


「ママが知らない人には付いていくなって言うから止めとくよ」

「橋の先にも検問所があるのは知っているだろう?何かと面倒な門番が居る。俺等と一緒なら特に調べもなく外へ出れるよ」

「調べられて困るもんは持ってな…」

「おっと…すまない、わざとではないんだが」


 そう言って俺の手首がボトッと落ちた。特に痛みがないのは何故だろうか。せっかく着替えて、しかも新調したばかりの装備だというのに…。爺さんが言っていた回避とやらはどういう意味だったのか。再び血で汚れていく己の服を見ながら思いだしたように手を押さえながらしゃがみ込んだ。


「おま…なに、を…」


 痛がるフリはしておこう。唸ろうとするセレーネを止めて、しかし俺の前に立たせる。レイドはいつ抜いたかも分からない剣を腰に戻すと申し訳なさそうに此方に手を差し伸べた。


「馬車で手当をしようか。此方には治癒師が居る。安心していいよ」

「は、早く治療を…」


 パーティーの女達は顔色を悪くしているようだ。一人の女が杖をインベントリから取り出すと呪文を唱え始めた。それを遮ったレイドは尚俺を馬車に乗せようとする。

 インベントリに腕を突っ込めば元に戻る気がしたが…今それをして良いのか悩む。痛いフリをしながら、しかし普通であれば痛みから逃れるために目の前の提案を受ける所だろうか。こんな、理不尽な提案を…


「分かったよ、乗れば…いいんだろ、」

「良かった。お詫びもしないとね。何処へ行くつもりだった?」

「…ポロスだ」

「僕達と同じじゃないか。奇遇だね」



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