第10話 『ステータス』
黒髪から金髪へ。左側のこめかみ辺りの毛束だけ長くなり、そこは赤髪。トップも多少伸びてしまい赤髪部分を少しだけ隠してはいるが……目立つ。こんな姿を母ちゃんが見たらどう思うだろうか。きっと腹を抱えて笑うんだろうな。涙も流しながら写真撮ってじぃちゃんに送るんだ。そしたらじぃちゃんから電話が来て、電話越しでも分かるように腹を抱えながら笑うんだろうなぁ…
「わふ」
「セレーネが銀狼に……」
「わふ?」
「アンナって奴と話が出来て良かったな。気に食わない奴だけど」
「キュゥンッ」
セレーネは嬉しそうだ。俺の膝から降りて自分の体を確認するようにクルクル回っている。銀色一色になり動く度に光っているようにも見えた。
「これからグラウディアスとして生きろよ」
「ホントにその名前でいいのかよ」
「生きてくれるならいい。此処に戻ってこいとも言わない。ただ、生きていると分かればな」
それは親心なのだろうか。生きてるか死んでるかも分からない息子の身代わりに俺を使っているのか…それでドドゥーが満足するなら、俺は受け取るしかない。
「返せって言われたら返すから、いつでも言ってよ」
「!ははっ、」
笑ったドドゥーにカードを手渡された。
「これが冒険者の証だ。ギルドカード、これがお前の名前。適性属性は無いから空欄になっているが、これは自動で更新されていく。もしかしたら何かしらあるかもしれんしな。たまに確認するといい」
クレジットカード程の大きさのそれには
グラウディアス•ドゥーベン
F ---
⇨セレーネ
と書かれていた。詐欺師が使う偽物のカードを持ったようで後ろめたさはあるが……
「自分のステータス管理も出来る。他人には開示されないから安心しろ」
というドドゥーの言葉を聞いて後ろめたさは吹っ飛んだ。
その後はギルドの正面玄関から出て少し歩いた所にある宿屋に泊めて貰う事になった。今すぐに旅立たなくても飯食ってベッドで寝ていけ、とドドゥーが用意してくれたそうだ。案内をする嵌めになったタリンは色が変わった俺とセレーネを見て白目を向きながら現実から目を逸らし始めてしまった。
宿屋の女主人は若く綺麗だったが「私は人妻だからね!あんたの部屋はあっちよ!」と言われたのでなるべく声をかけないようにしようと決める。
部屋には木で出来た机と椅子とシングルベッドだけ。布団はフカフカで、思わず仰向けに寝転がる。
セレーネは隙間を見付けて俺に寄り添うようにして伏せた。
「グラウディアスだってさ」
「わふ」
カードを見ながら呟く。
「ステータス」
ずっと待ちわびていた自分のステータス。名前等が消え、その代わりに分かりやすく項目ごとに分かれたそれと数字が並ぶ。
体力----魔力----
攻撃 1
防御 1
知力 1
命中 1
俊敏 1
幸運 1
「はっ」
笑った。体力や魔力は恐らくHPやMPか。それに数字はなく、その他のパラメーターは酷すぎる。平均がどのくらいか分からない。分からないが、異常だと分かりきった数字。チートなんてない。俺はこの世界に居ない存在として生まれたんだ。だが諦めるつもりはない。
インベントリから銃を取り出す。再びステータスを確認した。
体力----魔力----
攻撃 1 +9000
防御 1
知力 1
命中 1 +9000
俊敏 1
幸運 1
この武器があれば、チートみたいなもんだ。どうせ序盤で死ぬから、と何の設定もされていない俺にとっては生き残るために必要なもの。カードと銃をインベントリの中へ放り込んだ俺はそのまま目を閉じた。
目を覚ましたのはドアをノックする音でだった。セレーネはベッドから降りて姿勢を低くしたままドアの方を見ている。
─ガチャ、
とドアを開けたのはドアノブよりも背が低い女の子と男の子。警戒をしていたセレーネは尻尾を緩く振ると再びベッドの上に戻ってきた。
「お母さんからご飯持っていくように言われたから」
「ここに置いていい?」
「あぁ、ありがとう」
「どうぞ。わんちゃんはこっちね」
「セレーネって言うんだ。名前で呼んでやってくれるか?」
子供達は恐る恐る「セレーネ」と口にする。そっぽを向いたままのセレーネの尻をポン、と押してやると渋々といった様子で子供達の前に移動して座った。それに喜んで撫で始めた子供二人に対して太々しい態度を取りつつも大人しいセレーネに思わず笑う。それに気付き振り向いたセレーネは俺を睨んでいるようだ。
「暖かい内にご飯いただくよ」
「うん!食べてね!」
「食器は僕達が持っていくから部屋の前に置いといていいよ」
解放されたセレーネは俺の足元に来ると体を擦り付けた。俺にはこんなに懐いているが、人が好きなわけではない。かと言って、俺が言えば大人しく人に撫でられてやる。なんとも不思議な魔獣である。
セレーネ用に出された皿には大きな肉がドン、と乗っていた。俺はパンとスープと肉、サラダもある。
「これ食ったら寝るか…」
いつの間にか外は暗くなっている。文無しの俺が買い物を出来るわけもなく、かといって指名手配されている身で国境付近に長居するわけにもいかない。
食事を済ませた俺は電子機器の無さに暇を覚えながらベッドに寝転んだ。ドゥーロから出て橋を渡り獣人や亜人が多く暮らすポロスという街を目指す。生き延びるという漠然とした目標から、水の都 スフィアへ向かうという明確な目標が出来た事は俺にとって良い傾向であるといえる。
自分に凄い力はない。それが、余計な事をしなくても済む材料にさえ思える。
例えば、ヤマモトタカシのように魔王と戦えるほどのステータスを持っていたら…
例えば、真莉愛のように聖女としてこの世界の人に必要とされていたら…
「気楽でいいわ。精一杯、生き延びてやるよ」
「わふ」
窓の外に浮かぶ星空にはやはり月はない。アンナはお伽噺に出てくるやつ、と言っていたから架空のものなのだろう。よく月明かり、とは言うがそれがない今は何に照らされているのか…セレーネの銀色の毛並みがチカチカと光る。
既に寝始めたセレーネの頭や耳周りを触るが角らしき物も、それがあった形跡もなかった。
スクライカー…。他のスクライカーを見れば何か分かるだろうか。
森では安心して眠れなかったであろうセレーネがスヤスヤと眠る様を見て、俺も眠った。
朝になり、二人の子供に起こされる。ご飯をいつ持ってくるか聞かれ、寝起きで飯は食えないと返答する前にセレーネが吠えた。
ヨダレを垂らしながら尻尾まで振ってるセレーネに、俺は「今から頼む」と言うほかになかったわけで…。
「こここちらはドドゥー様から…」
「おぉ、タリンじゃん」
「ひぃ!気安く名前を呼ばない頂きたい!」
「なんでそんなにビビんの?俺なんかした?」
「ゼノンダラス国に指名手配されて…しかもスクライカーを連れているだなんて……関わりたくないに決まってます!」
「指名手配されてるのはセトキョウスケ。俺はグラウディアスでコイツはセレーネ。スクライカーじゃなくて銀狼」
「それはアンナさんの魔法でしょう!」
「さて、飯も終わったし出るか」
タリンから渡された袋の中を見るとコインが入っていた。この世界の通貨を知らないためタリンに訪ねるとすんなり教えてくれる。
「これが銅貨、銀貨、そしてこれが金貨です。更には大金貨、白金貨、大白金貨等もありますが貴方が見ることはないでしょうね!」
「なんでそんなに喧嘩腰かな」
厄介者なのは認めるが領主でありギルド長でもあるドドゥーはあんなに好意的だったのに。するとタリンは眼鏡をくい、と持ち上げて俺を睨んだ。すぐに肩をビクッとさせてそっぽを向いたが。
その様子に首をかしげたがタリンは何も言わずに部屋から出て行ってしまう。
「ハッキリ言われた方がすっきりすんだけどな」
「わふっ」
金を持たせてくれたドドゥーにお礼を言いたいけどタリンが来たって事は会えないのかもしれない。宿屋を出る際に女主人に伝えてもらえる…といいんだが……特にまとめる荷物もないため俺とセレーネはさっさと部屋から出た。女主人はカウンターの内側で客と楽しそうに話していたが、俺を見ると胸を隠すように手で覆う。
「私は人妻よ!」
「俺が口説いたみたいにすんのやめてくれる?!」
他にも客いんだから!しかし女主人と話していた客は笑っていた。
「若くて良い男を見るとこうやってからかうのがアリーの趣味なんだよ」
「あ、なんでバラすのよ~」
「これから出るなら、そのままにしておいたら可哀想だろ?」
なんだよ、そういう事かよ…。溜め息を吐きながら部屋を用意してくれた事や食事のお礼を言う。いくらか分からないため聞けば「既にドドゥー様から貰ってるわ」と返された。
「ドドゥーにお礼を伝えてほしいんだけど…頼めるか?」
「昨日やらなかった仕事が今日に回ってるみたいで忙しいらしいわ。貴方がお礼を言っていた、と伝えてあげる」
「ありがとう。よろしく」
普通に話しやすい人で良かった。宿屋から出るとすぐそこの井戸で水汲みをしている子供が二人居て、こちらに気付くと手を振ってくれた。セレーネに挨拶してきてやれよ、と言えば走って二人の顔をベロン、と一舐めずつして戻ってくる。
「わふっ!」
これで満足か?と聞かれているような気がした。
本当ならアンナとも話したい所だったが、部屋から出て行ったはずのタリンが外に立っている。
「それを渡して終わりかとギルドに戻ったら街を案内するように言われたので…」
「お前…暇なの?」
「適性検査なんてそうしょっちゅうやるもんじゃないんです!僕だって貴方と一緒に歩きたくなんてありませんから!」
「俺もアンナさんが良かった」
「ひぃ、女好きの変態めっ!」
「いやアンナさんだったらセレーネが何を言ってるのか分かるから」
別にやましい目で見るつもりないから。と首を振ったがタリンは髪の毛と同じような青い顔をして顔を顰めている。そこまで俺を嫌うのは何かあるんだろうな、と思ってなるべく距離を作っておいた。
元から皆でワイワイするのが好きなわけじゃない。来る者拒まず去る者追わず。必要最低限な会話だけで充分。特に暗い性格では無かったし、身長と顔のおかげもあって独りぼっちになることはなかった。ただ、部活だけが俺の息抜きの場でもあったと思う。
こういう風に露骨に俺を嫌う奴も居た。『俺、気取ってる系の奴苦手なんだよねー』と言いながら口を開けてガムを噛んでるクラスメートを思い出す。俺はクチャラーの方が無理だわ、と心の中で思うだけでソイツの近くには行かないようにしていた。
まぁ、タリンにとってコレは仕事だ。ドドゥーが気を利かせてくれたんだろうから解放してやるつもりはない。
「食料と着替えくらいは欲しいな」
「ならまずは服屋へ案内しますか?」
「防具とかもあんの?」
「革製品ならバーンさんの所、鉄製品ならダッツさんの所ですね」
鎧を纏ってガッシャンガッシャンさせるのは嫌だったからバーンさんとやらの所へ行ってみる。眼鏡をかけた長髪の爺さんは新聞を読みながら「らっしゃい」とだけ言ってこちらは見ない。タリンは気にする事無く爺さんの前に立つと「ドドゥー様の御客様です。彼にあった皮防具を」と言って新聞を取り上げた。
「なんだタリンか。ドドゥーの客?その若造が?」
「これから旅に出る新人冒険者、とだけ言っておきましょう。支払いはドドゥー様持ちですので良い質のものを」
「新人で良質なもんならそこら辺だろ。ワイバーンやバジリスクは硬すぎて扱えんだろうから、ボアか…オーク辺りか」
「そういえば武器はどうするんですか?……う、あ、ああの、近距離かええ遠距離かだけでもわかれば、」
こちらを見た途端に顔色を悪くしどもるタリン。
「…遠距離で。でも魔法は使えない」
「ほう?魔法は使わずに遠距離か……」
やっと立ち上がった爺さんの背丈は俺の胸くらい。タリンよりも低い爺さんは梯子を使って上の方に飾られている黒い皮を持ってきた。
「これはバイコーンの皮だ。滑らかで柔らかい。かなり上質であるし遠距離ならば充分な贅沢品」
「バイコーン……?」
「ふははっお前さんのような若造は知らなくて当然。タリン、どうする」
「そちらで見繕いましょう。…バイコーンだなんて、彼にピッタリです」
嫌いな相手にピッタリとオススメするという事は…どうなんだろうか。しかし爺さんが提示したのは金貨2000枚。他の商品は銀貨500枚から立派そうなものでも金貨100枚。なのに異論を唱える事無く承諾したタリンに疑問は浮かぶばかりだ。金は後で支払いに来るといったタリンに満足そうに頷いた爺さんは俺の体をポンポンと何度か触ると奥へ消えていった。
「出来上がるまで少し時間はかかります。その間に他に必要な物を揃えに行きましょう」
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