第9話 『カラーチェンジ!』



 完全に項垂れた俺を励ますドドゥーと、ニヤニヤしているタリン。先程まであんなにオドオドと泣いていた冴えない男は何処へ行ってしまったというのか。


「属性なしで冒険者に?登録しますか?自殺行為ですよ?」

「テメェこの野郎ぉおそのニヤニヤ顔引き裂いてやろうかぁあ!」

「ひぃいいいい!適性がないから犯罪者に落ちたんですねぇ?!貴方は最低です低俗ですチンピラです!こっち見ないでくださいっ」

「ただでさえ傷付いてんのにそこまで言わなくても…っ」


「落ち着け。何も冒険者として生きていけって言ってるわけじゃないんだ。これで身分証を作って他の街に行けるだろう」


 ドドゥーに言われて気持ちを落ち着かせる。そうだ、別に俺は異世界に来たから冒険してみた、なんて人生を送るつもりはない。お前は用済みだ、と捨てられたわけでもなく他国にまで指名手配をされているのだから…安全な所まで逃亡しなければいけないのだ。

 その道中で適性した属性がない事で苦労はするかもしれない…が、だからと言って此処に留まればゼノンダラス国に近いこの街に相手が辿り着くのは数日後と思っていい。


「武器は?何なら使えそうだ?」

「弓…あー、いや…今のナシ」


 弓道部だったからと言って弓が武器になるとは思わない。剣のように接近するのも怖いし。銃は…あの銃なら…と思ったが此処で言うのはやめておいた。アレはあまりにも威力がエグすぎるし、なるべく人には言いたくない。


「俺にはセレーネが居るから大丈夫だ」

「わふっ」

「その犬…スクライカーにも見えるが」

「ススススクライカーですか?!こんなに小さいスクライカーが…この間の討伐任務でスクライカーの群れは退治してもらったはずなのに!」


 タリンの台詞にセレーネがピクリと反応する。頭を撫でて唸りそうなのを止めたが…


「スクライカーってそんなに有名なの?」

「有名も何も、この付近には棲息しないはずの魔獣ですよ!それが先月から現れるようになって!つい先日、レイド率いる赤薔薇の君ご一行様がスクライカーの群れとそれを引率していたレッドスクライカーを討伐してくださったのです!」

「レッドスクライカー?」

「スクライカーの変異種だ。元々黄色と黒の毛で狼のような見た目、人から見りゃデカいスクライカーよりも遙かにデカく、全身が赤い毛で覆われてる。どの変異種も血を吸ったみてぇな色と数倍の大きさになるんだ」


 あの猪も変異種とやらだろうか。セレーネよりも大きかったし赤かった。

 今はセレーネの事をどう誤魔化すかの方が大事なため、セレーネを撫でながら考える。ここでスクライカーだと告げればタリンが騒ぐだろう。犬、と言っても雷属性の犬が居るのか疑問だ。


「俺はスクライカーってやつを見た事ないけど、こんなに懐くのか?」

「スクライカーは元々ライガ一族。ライガはプライドが高くて有名だからな…スクライカーもはぐれの中じゃプライドが高い方だ。更にずる賢くもある。此処まで懐くことはないと思うが…」

「この世界の来て、ずっと俺の事を守ってくれたんだ。果物を取ってきてくれたり、赤い毛をしたデケェ猪とも戦ってくれた」

「レッドボアか?!」

「そんなコイツがスクライカー?怪我をしてまで俺を助けてくれたんだぞ」


 ドドゥーは考え込むようにセレーネを見遣る。タリンはレッドボアと聞いてからカタカタと震えだした。


「キュゥン」


 セレーネの媚びた鳴き声。相変わらず瞳はウルウルだ。


「まぁいい。当人同士が絆で結ばれてるってなら、俺からは口を挟まないようにしよう」

「ドドゥー!良い奴っ」

「だが。…セレーネ、と言ったか。毛の色はスクライカーそのものだ。戦う術のない住民が見れば腰を抜かすだろうし、冒険者が見れば攻撃を仕掛けてくるかもしれない」

「俺が傍に居ても?」

「お前を人の皮を被った魔族だと見れば一緒に討伐されるだろ。無論、毛並みがそうなだけであってスクライカー特有の角はないし大きさも全然違う」

「なら」

「毛色を変えよう」

「…は?」


 それからドドゥーはタリンに書類を渡すとアンナを呼べと命令した。タリンは解放された事が嬉しいのが足早に部屋を出て行く。その間にドドゥーからは地図を渡され、ドゥーロから先の街までの案内を聞いた。

 ゴブリンの村長が書いた地図とは違い地形なども当たり前だが分かりやすい。ダグマラート山脈や彷徨いの森に面した側はゼノンダラス国。引き返す訳には行かないため、ドゥーロに入れなければ迂回しようかと思っていたが、地図を見る限りそれは不可能だった。


「此処は絶壁だ。底を知るものは居ない。幅は3キロメートル程。橋はドゥーロが管理している」


 昔、ヤマモトタカシと魔王の闘いで大陸が割れたそうだ。幅が3キロで深さは未知とか一体どんなチートだったのだろうと遠い目をする。俺なんて適性なしなのに。

 ドゥーロが管理している橋を渡らなければ進めない。つまりゼノンダラス国がマキファンズ国を犯すにはこのドゥーロをなんとかしないといけないわけだ。ドゥーロが要塞街と呼ばれる由縁でもある。


「まずは橋を渡ってすぐに獣人や亜人が多く暮らすポロスという街がある。此処は数十年前に作られた街だから仕事も多い」

「暫くそこで金を稼いだ方がいいか?」

「必要ならそうだな。獣人達は素直な奴が多い。気に入られて悪いことはないだろう」


 更に奥に進めば精霊や妖精が住む森。森の中にはエルフ族が暮らしている。


「エルフ族は警戒心が強い。森を抜けるとしても決してエルフ族の集落には近寄らないように。森を避けるとこのルートだ」

「そっちは?」

「魔族の国。ここまではゼノンダラス国、マキファンズ国はここだな。そして魔族の国は既にここまで侵略してる」


 焼き芋大陸を不均等に三等分しただけだった村長の地図とは異なっていた。一番西側から、更に上部を魔族の国が支配している。つまりどの国とも隣接してしまっている。

 このまま行けば世界は魔王の手に落ちてしまうのだろう。


「世界の事はゼノンダラス国に任せりゃいい。聖女は唯一瘴気を浄化させられる存在だ。瘴気を浄化すれば魔族は力を失う。」

「力を失ったらどうなるんだ?」

「どうにもならねぇな。死ぬわけじゃない。闘いが終わるだけだ。…ゼノンダラス国がそれで済ませれば…だがな」


 力を失った魔族を駆逐するかどうかはゼノンダラス国次第、というわけが。真莉愛ならどういう結末になるのか知っているのだろう。昔から少女漫画が好きだった真莉愛が呼んでいた小説なら…暗黒騎士と聖女のラブストーリーな予感もする。それに巻き込まれて死んでしまう幼馴染みは必要だったのだろうか。わざわざ巻き込んで召喚させなくても良かったんじゃなかろうか。


「森を避けて魔族の国を跨ぐとしても、辿り着くのは此処、アウトラ。ここのギルド長とは昔馴染みだ。紹介状を書いておこう」

「アウトラ…」

「アウトラのギルドはマキファンズ国の中でも大きい。安全な場所、とは言い切れないが、そこのギルド長に更に紹介状を書いて貰うといい」


 水の都、スフィア。アウトラから更に西南、地図上で見ると大陸から少し離れた所にあった。


「ここは水の精霊が守護している街でな。昔から魔王も侵攻を避けていると言われている。俺には伝手がないがアウトラのギルド長ならあるはずだ」

「本当に良くしてくれるんだな」

「ヤマモトタカシ様に感謝する事だ」


 そういって笑ったドドゥーに、俺は感謝した。


「アンナです!ギルド長がお呼びと聞きましたが」

「おう、入れ」

「失礼しま……わぁ…スクライカー色のわんちゃんが居る!」


 入った瞬間セレーネを見て目の色を変えた女にぎょっとする。身の危険を感じたのかセレーネは俺の膝の上に飛び乗った。


「職員のアンナだ。コイツの魔法は特別でな」

「私の魔法をお使いになるんですね?誰に?君に?それともわんちゃん?!」

「どっちにも頼む」

「いいですともー!ほらほら、どうする?どんな色が好きかな?」


 わけが分からずドドゥーを見るが「アンナに任せる」と言うだけだった。両手をわきわきさせながら近付いてくる女。女に対してこれ程の恐怖を抱いた事があっただろうか…


「わんちゃんからにしようかぁ~ふふふ」

「わふっ!わふ、ヴゥウウウウ」

「あら、そうなの!セレーネってお名前があるのね!素敵なお名前ね」

「わふ!わうわうっ」

「空に浮かぶ月って、お伽噺に出てくるやつよね。セレーネって、あれを現すお名前なのね」

「わぉんっ」

「まぁっ!夜空の下で…なんてロマンチックなの!」


「ちょっと待て!会話が出来るのか?!」

「えぇ。セレーネは随分と貴方に懐いてるようね」


 ニコリと笑ったアンナに俺は固まった。セレーネも会話が通じてた事に今更気が付いたのか俺と同じように固まる。そんな俺達を「ふふふ」と笑ったアンナは続いて「えいっ」と言って指を鳴らす。

 俺の膝に座っていたセレーネは全身が銀色の毛に変わり、瞳の色も黄色から青くなった。


「私は魔術師ではあるけど、魔物の声が聞こえるから戦いたくなくてね。でも食いっぱぐれちゃうのも困るからギルド職員として働いてるの。主に裏方だけどね」

「アンナは幻魔法が使える。セレーネの毛色を変えればスクライカーに間違えられる事はないだろ。あとはお前だ。髪の色と瞳の色を変えるくらいでいいだろ」

「幻、と言っても色を変えるくらいなら実際にちょちょいよ?黒髪も素敵だけど…指名手配されてるんだものね」


 笑いながら言う事ではないと思う。部活があって髪を染めるとかはしたことがないが、髪型は自由だったためそれなりに整えていた。切られるわけではなく色が変わるくらいならいいだろう、と任せる事に……して、


「えいっ」


 後悔する。

 元々長くはない髪を目視で確認出来るわけもなく鏡をドドゥーから受け取る。黒髪のツーブロック。中々に高評価だった。それが…


「なにこの横毛!つかなんで髪の毛伸びてんの!?鬱陶しい!」

「髪型で印象って変わるじゃ無い?指名手配されてるならこのくらいした方がいいかなって思って」

「襟足かトップ伸ばすだけでいいじゃん、なにこの横毛!」

「可愛いでしょ?」

「…可愛さなんて誰が求めんの?」


 髪の色は見事な金髪。と、思えば左の横毛だけは顎下まで伸びており、その1房だけが黒い。黒髪は珍しいんじゃないのかとツッコミを入れるとアンナは拗ねたように唇を尖らせた。そしてパチン、と指をならして「これでいいですかー」とつまらなそうに言う。


「この1房を抜けばそれでいいんだけど…」

「アンナ疲れちゃったので休憩いただきまーす!」

「あ、おい!ドドゥーのおっさん!」

「よし、これで安心だな」


 アンナはドドゥーに何かを投げつけると部屋を出て行ってしまう。去り際に投げキスをしていたが俺にではなくセレーネにだろう。なんとなくムカついて見えないはずのハートマークをたたき落とした俺はセレーネを抱き締める。この子は僕の子です。誘惑しないでください。とは声に出さなかったが、流石のセレーネ様は俺の心情を読んだようで、俺の肩にポン、とお手をした。


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