第8話 『適性検査の結果は』



 連れて行かれた先は想像していたよりも綺麗な建物の中。正面からではなく裏手に回り質素な扉を開けられ、そこで働いているのか同じような制服を着ている人達にジロジロと見られる。


「此処は?」

「お前…もう痺れ薬も切れてるだろ?自分で歩けよ」

「引っ張られるのに慣れててさ」

「はぁ~」


 衛兵は階段と俺を交互に見て溜め息を吐き捨てる。流石に階段は痛いだろうと思って力を抜いていた足で立ってみたが両脇は解放されること無く…。階段を上がりきって一番奥の部屋に入っていく。


「お連れしました」

「ご苦労。下がっていい」


 やっと解放された両脇を腕をグルグルと回しながらストレッチをし、偉そうに閣下座りをしている男を見る。兵は居ない。それどころか他に人が居ない。


「座ったらどうだ?」


 言われてからソファーに座る。対面したソファーは誰も座っていないため必然的に顔だけ男の方へ向けると、男は真剣な表情で俺を見つめた。此処に着くまでに人が住んでいるような家は見当たらなかったし、此処がなんのための建物か分からない。男が話し出すまで黙っていようと口を閉じると、セレーネが俺の膝にポス、と顎を置いた。


「まず…お前はゼノンダラス国に指名手配されているセトキョウスケで間違いないか?」

「さぁ?」

「他国の指名手配だ。ダグマラート山脈を越えている時点で我々がどうしようとゼノンダラス国には関係ない」

「…つまり?」

「お前がセトキョウスケだとしても差し出すつもりはない、という事だ」


 セレーネを見る。


「お前はどう思う?」

「わふ、」


 顎を置いたまま一度吠えたセレーネ。雰囲気だけでも分かるようにして欲しいが何を言ってるのかはやっぱり分からない。ただ俺の前に座ってジッと俺を見ているから、俺に従ってくれるのだろう。


「俺は元々この世界の人間じゃない」

「…」

「瀬戸 恭介は俺だ。ゼノンダラス国の奴等に召喚されて…女神とやらに献上するために俺を殺そうとしてきたんだ」

「女神信仰か…しかし聖女の命でお前を探しているそうだが?」

「聖女って、真莉愛だろ?俺の幼馴染み。幼馴染みってわかる?子供の頃から一緒に過ごしてた腐れ縁。アイツが俺を殺すために探してるわけないだろ」


 あの時、逃げて、と言った真莉愛がわざわざ俺を殺すために探すか?きっと聖女の名前を使って俺を探してるだけだ。死体でも構わないという文が無ければあっさり戻っていたかもしれないと言うのに。


「つまりお前と聖女は別世界から召喚された、と。ゼノンダラスの最西端…マナの塔で不審な動きがあることは聞いていたが…」

「え?信じんの?」

「聖女の召喚に成功した、という噂は聞いている。大々的に 召喚 という言葉は使われていないがな。ただ、お前の話を嘘だと決め付ける証拠もない」


 そう言って立ち上がった男は先程までの真剣な表情から一変して穏やかに笑うと俺の前のソファーに腰掛ける。


「此処は要塞街ドゥーロのギルドだ。そして俺がギルド長であり、ここの領主でもあるドドゥー•ドゥーロ。俺の一家が代々担っている仕事でな」

「随分とお偉いさんの元に連れて来られたんだな、俺」

「仕方あるまい。ゼノンダラス国と魔王率いる暗黒騎士団がしょっちゅう戦争をぶちかましてるんだ。特に此処は国境に最も近いからな」

「俺を引き渡すつもりがないならどうするつもりなんだ?」


 ニヤリ、と笑ったドドゥーの気配が背中越しでも分かったのか、セレーネが牙を剥く。すぐに口元の皮膚をくい、と下げて隠してやった。


「そんな格好ではうろけないだろ?お前の望みはなんだ?護衛もつけてやろう」

「どういうつもりかって聞いてんだけど?」

「ゼノンダラス国が死体でもいいから欲しい異世界人。なんて、俺達からしたらなんとしても助けてやりたい異世界人、になるわけだ」

「なんで?」

「マキファンズ国は異世界人に救われた事があるからな。伝説級の勇者様の物語だ。お前みたいに目の色が黒く、線が細い体のくせに脅威から救ってくれた」


 その勇者の名前はヤマモトタカシ。日本人で間違いなさそうだな。ただ、それは百年も前の話だそうで、今はマキファンズ国のあちらこちらに銅像が造られているだけらしい。

 実際に見たわけでもない勇者の話を信じるとは、ドドゥーという男は見かけによらず少年のような心を持っているのかもしれない。

 ヤマモトタカシは既にこの世に居ないが、その存在の大きさはマキファンズ国では相当なものなのだろう。

 だが俺は英雄にはなれない。序盤で殺されるような勇者が居るわけない。ただの脇役でしかない俺はこの世界の脅威を取り除いてやる気にもならない。


「俺はコイツと安全な所に行きたい」

「わふっ」


 生きるために安全な場所へ行って、どうやったら元の世界に戻れるのかを探すか、それともこのままこの世界に居続けるのかをゆっくり考えたい。ただセレーネと離れるのは嫌だな…。犬として連れ帰れないだろうか…


「安全…か。まぁまずは服を着替えろ。そろそろ届くだろう」

「ドドゥー様、お持ち致しました」


 扉の外で女性の声がして、ドドゥーが招き入れる。女性はちらりと俺とセレーネを見ただけで畳んである服をテーブルに置くとお辞儀してすぐに部屋から出て行った。ドドゥーが長く太い足を組み替えながら俺に「着替えてこい」と奥にある扉を指差した。


「ついでに汚れも落としな」


 大人しく従い奥の部屋へ入るとシャワールームのようだ。インベントリに入っていた火と水の魔石のような物がはめ込まれているが…流石に割るわけにもいかず…

 使い方が分からないためセレーネを呼ぶ。


「わふ?」

「お前もシャワー浴びた方がいいだろ?」

「ヴゥウウウウ」

「水浴び楽しそうにしてたじゃん」

「ヴァンッ」

「怒るなよ、気持ちいいはずだから」


 そういってシャワールームに突っ込む。その様子を興味深そうに見ていたドドゥーなんか気にしていられなかった。

 セレーネは諦めたのか魔石にポン、と手を置く。それだけで丁度良い温かさのお湯がシャワーヘッドから飛び出してきた。


 血や汚れを落としながらセレーネも洗っていく。足の毛は黒いから分かりにくいが、怪我をした後ろ足の毛は血が固まり束になっていた。


「これで洗うことでドドゥーとかいうおっさんと同じ匂いになるって思うと気持ち悪いよなぁ」


 なんてぼやきながら洗う。さっぱりした所でシャワールームから出てフカフカのタオルで拭き、渡されていた服を着てみる。ボタンのないシャツにスラックス。特に違和感のない服で少しだけ安心した。

セレーネは動物のように体をブルブルとはさせずに大人しく四つ足で立っている。毛を絞るように拭くが人のようにすぐには乾かないだろう。


「出たか?」

「あ、あぁ。でもセレーネが」

「扉を開ければ乾く。そのまま出てきて構わない」


 言われた通りに扉を開ける。元の部屋に戻る瞬間に風を感じ、一瞬で髪の毛が乾いた。セレーネも同様、扉をくぐっただけで毛並みはふさふさだ。不思議に思って枠を見ると緑色の魔石が嵌められていた。


「なるほど」


 これのおかげか。


「くくく、」

「なんだよ…?」

「前髪を下ろすと随分と子供らしくなるな?」

「…」


 うわ、どうでもいい。

 先程まで座っていたソファーに戻る。セレーネは機嫌が良いのが歩き方が高貴じみるように鼻を高くしていた。可愛いから許す。


「まず、お前に名前を与えようと思ってな」

「瀬戸恭介だと不便だから?」

「まだ全国に知れ渡ってはいないが、金目当てでゼノンダラスへ売る奴も現れるだろう」

「あんたがそうじゃなくて良かったよ」

「ドゥーロに留まるというのであればその名前が逆に安心材料になるかもしれないがな」


 此処の街ならヤマモトタカシのお陰で守ってもらえる、と。出来ればゼノンダラス国から離れた所に行きたいし、長く同じ所に留まるのも今は考えられない。

 ドドゥーはそれを分かっているかのように紙とペンをテーブルの上に置いた。


「グラウディアス•ドゥーベン。ドゥーベン家はドゥーロ家の遠戚だが、数年前に絶えた。男が生まれなくてな。最後の生き残りは頑固な婆だったがヤマモトタカシの事を話すときは乙女のようだったよ」

「グラウディアスってのは?」

「…俺の息子の名前だ。もう居ない」

「そんな名前貰えるわけないだろ」


 申し訳ないとか気が引けるとかではなく正直重い。重すぎる。だがドドゥーは引かなかった。今後はこの名前を使え、と言ってサインまでさせようとする。この世界の文字は見覚えがないはずなのに書こうと思えば書けてしまう。これが異世界人クオリティか、と変な感動をしてみる。


「グラウディアスは冒険者になりたがってな。弟のドーベルに家督を譲ると言って旅立ちやがった」

「なんだ、どっかで生きてんのね」

「それは知らん。一度も戻ってきていない。死んだのと変わらん」


 新しい名前を考えた方がお互いのためだと思うんだけど、と言おうとしたら扉が慌ただしく開いた。眼鏡をかけた冴えなさそうな男は半泣き状態だ。ドドゥーは待っていたかのようにその男を歓迎する。


「コイツは適性検査を任せているタリンだ。タリン、コイツはグラウディアス、これからドゥーロの冒険者としてギルド登録する」

「は?!」

「あ、あああのドドゥー様!こ、この人ってさっき衛兵に連れて来られた人ですよね?!重犯罪者のニオイがしますよっ!」

「んなわけねぇだろ。お客様だよ。さっさと検査しろ」

「お客様が衛兵に引き摺られるわけがないでしょうっ!」

「タリン。ギルド長の命令だ。さっさと、検査、しろ?」

「うううううう、僕は犯罪に巻き込まれてしまうのか…抗いたくても権力を振りかざす上司のせいでそれも出来ないぃいい」


 取り敢えずタリンは鬱陶しい奴、と覚えておく。

泣きながらドドゥーの隣に座らされたタリンは鼻水を啜りながら何かを言う。嗚咽が混ざりすぎてて何を言っているのか分からずドドゥーを見たが、呆れたように頭を押さえているドドゥーも何を言っているのか分からなそうだった。


「その水晶になんかすればいいの?」

「てっ、ひっく、う、うぅ」

「手?」


 コクコクと頷かれテーブルの上の水晶に手を置いた。


「触らないでぇええうわぁああああん」

「えぇ」

「手を翳すだけでいい。見てみろ」


 ドドゥーが水晶に手を翳す。透明だった水晶の中で何かがグルグルと回り始め、やがて水晶の中に岩が出来た。


「俺が持つ属性は地だ。こうやって自分の適性を確認してそれに見合った戦術を立てる。」

「おおぉ!それは知りたい!まさにファンタジーじゃん」


 これをやって俺の属性が分かれば魔法を使えるようになる、と。剣と魔法のファンタジー世界。俺を庇ってくれる人も現れた。ヤマモトタカシという完全なる日本人は伝説の勇者…

 しかも流れ的に俺はこれから冒険者になるんだろ?


「チートがあれば楽しくもなるよなぁ」


 手を翳す。


「…おかしいな。もう少し手を近付けてみろ」

「あ?おう」


「ここここれは…!ドドゥー様!これは!!」

「あぁ…こいつは…」


 二人が大袈裟な反応をする。冷や汗まで垂らして水晶を見つめる二人に俺はワクワクしながら水晶を覗き込んだ。


「?なんもないけど」

「適性が全くないなんて初めてですよ!」

「赤子でも小さいながらに反応はするからな…ここまで変化なしって事は…まぁ、そういう事なんだろう」


 ドドゥーがやったように何もグルグル回らない。何も現れない。えせ占い師が持ってる水晶そのまんまだ。反射した自分の顔が不細工過ぎて笑える。いや、笑えない。こんなファンタジー世界で適性はありません、って笑えるわけがない。

 序盤で死ぬ脇役の適性とかそういうの何も考えてなかったんだろ。作者がもっとちゃんとキャラクターを愛していれば『本来のセトキョウスケはこんなにチート!』とか設定の一つや二つあっただろ。


 前に座る二人が哀れな者を見る目を向けてくるからソッと目を逸らしておいた。


「わふっ!」

「セレーネ…俺にはお前だ、け…」


 吠えたセレーネに顔を上げると水晶に手を翳していたセレーネ。水晶の中は雷が走っていた。




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