第7話 『街への入り方』
セレーネは焼いた肉を何度か匂いを嗅いでから食べ始めた。皿は無いため銃で打ち落とした枝をナイフで削って串代わりにする。弾力のある肉は人の歯では中々噛みちぎれないし、調味料もないため味気ない。今度はバナナの見た目をしたトマトでソースを作ろうか…そういえばレモンもあったなぁ…と考えながら雲一つない空を見上げる。
人というのは何も無いところで空を見上げるのが好きなのか。
「わふっ!」
「おかわりか?」
「キュゥン」
「ほら」
これ以上は俺の顎が死ぬため肉をセレーネに譲る。一度こちらを見た後に肉を見たセレーネは躊躇いながら食べ始めた。
「俺はもう肉要らないし、セレーネが持ってきてくれたラフランスがあるから遠慮すんなよ」
言えばガツガツと食べ進める。
さて、ラフランスを齧りながらインベントリの中を整理しようか。
武器になりそうな物は多数あった。剣だけでも数種類。中でも大剣の部類に属する黒い剣は格好よかったが、接近戦はなるべく避けたい。続いて弓。弓道部である俺には扱いやすいが矢が見付からなかった。それに動かない的を狙っていただけの俺が動く魔物…しかも襲ってくる事が大前提の状態で使い熟せるかは微妙。
銃は先程使ったため威力は把握した。猪を1発で仕留められる。装填部分もなく、どういう原理で弾が出るのかは不明だし発砲音もしない。火薬のニオイもしなかったから元の世界にある物とは違うのだろう。
他にもゲームでよく見る杖があったが、それを使って魔法っぽい言葉を叫んでも何も起こらなかった。
ステータスが見れれば、と「ステータス!ステータスオープン!」等と口に出したがセレーネから不審者を見るような目を向けられるだけで何も見えない。自分がどの程度の力を持っているのか分からないのはファンタジー世界では致命的なように思えるんだが。
「後は魔石が多数とゴブリンの村長がくれた下手くそな地図…と、まだなんかあるな」
引っ張り出すと何かの角のような物。他にも皮や毛、爪や牙…。これは…素材、とか?これを加工すれば防具や武器が作れたり、売れば金になるか…。そういえば前がはだけたままの制服姿だし、この世界で浮かない服がほしい。
武器はあるのに防具はないため、ドゥーロへ入ることが出来たらこれらを売って金にしよう。ついでに猪だった物も入れてみると問題なく入った。
「この銃とセレーネが居れば…」
なんとかなる、か?せめて回復薬があればいいのに、とぼやくとセレーネは足を引きずりながら俺の足下に生えている雑草をパク、と食べた。
「クゥン」
「犬って雑草好きよなぁ」
「わふっ!」
「え?」
「わふっ!わふっ」
試しに同じモノを食べてみる。草の味がした。
「…セレーネ…」
「わふ、」
「お前が俺を騙そうとしている、はないだろうし…」
この草も 何か なのであろう…。薬草か?こういう時にシステムウィンドウが出て『薬草、傷を癒す。ポーションの素材にもなる』とか出てくれれば手っ取り早いわけだが…まぁ、ないよね。
「持ってけって?」
「わふわふっ!」
「分かったよ。これと同じのを探せばいいか?」
「わおんっ」
「はいはい」
一本の草を左手に持って歩き回る。同じ草をむしりながらインベントリに入れていき、そろそろいいか、とセレーネの元へ戻るとセレーネが普通に歩いている。足の怪我は治ったのか、と近付くと俺を背に乗せようと屈んでくれる。
「本当に大丈夫なのか?まだ休んでも問題ないぞ?」
「わふっ」
「無理はするなよ?」
そんな心配は必要ないと言うくらい元気に走り出したセレーネに、俺はホッとした。あんなに大きな猪の突進を受け、大きな牙で足の腱を抉られていたのに人を乗せて走れる程に回復したことがただただ嬉しかった。
あの雑草が薬草だったとすれば、今後も必要になってくるだろう。
「なんだが知識がついてきた気がするよ。セレーネのおかげだな」
「きゅいーんっ」
「喜んでんのか?くっそ可愛いわ」
走るセレーネの頭を撫でながら、暫くして…
「あそこに見える高い外壁…」
森を抜けた俺とセレーネは遠くからでも分かる黒い外壁を見付けた。森の終わりからは開けた草原が広がっているが、随分と遠いところにあるのは整備された道のようだ。少しだけ進んでから振り向くと森を避けて作られた道の先には緑のない山も見える。かなり小さいため距離を考えれば一日二日で此処まで来れたのはセレーネの足があったからだろう。
整備された道なりに歩くと門があり、少しの列が出来ていた。
「あれに並ぶとして、はぐれであるスクライカーとこんな格好の俺を入れてくれるかだよな」
「クゥン…」
「セレーネは利口だし問題は俺だな」
「わふっ!」
力強く吠えたのは肯定なのか否定なのか。どちらだとしても状況は変わらないため、どのようにして街の中に入るかを考える。列に並んでいるのは馬車が二台と数人で固まるパーティーが一組。商人と冒険者だろう。
審査は荷台の中を確認し、身体検査もしているようだ。俺の服装は制服のまま…この世界で冒険者を名乗るにしては軽装過ぎるし、商人だと言っても手ぶらの俺を見て信じてはもらえない。破かれはだけたワイシャツは所々に血の跡もあり汚れてもいる。右腕の部分に関しては血が染み込みすぎて赤ではなく黒く見えた。
「取り敢えず、小さくなれるか?」
「わふ?」
「次…うわ、なんだ!どうした?!」
「やっと…会え、人だ…セレーネ、も、う…安心、だ」
「大丈夫か?!おいっ!しっかりしろ!」
門番が驚いた所で倒れてみる。セレーネが下敷きになろうとしたが倒れる瞬間に押しやり、思惑通り門番に支えられた俺は暫く目を閉じ動かないようにした。
「ジャン、そいつ知り合いか?」
「知り合いじゃないが…早く救護所へ連れてってやらないと!」
「待て待て待て!一緒に居るのスクライカーじゃないか?!こんなに血塗れで…中に入れて何かあったらどうするんだよ!」
「こんなに小さいスクライカーなんて居ないだろ?それに角もないぞ。ただの犬だ」
「あぁ…ホントだ、角がないな…」
「主人を護って共に此処まで来たんだろう…うぅ、くそ、早く連れていってやるからな!」
「ジャン…お前この前の劇の影響を受けすぎだぞ…」
「影響もされるさ!少年と相棒の犬の家族愛…あ、今は急がないと!」
俺を支えている門番がセレーネを撫でようと手を伸ばすと、セレーネが牙を剥こうとした。片眼で見るとセレーネは気付いたのか出しかけていた牙をしまい目をウルウルさせながら門番に擦りよる。
「クゥン…」
演技もお手の物らしい。
そのまま門の中へ入る。近くの小屋に連れて行かれると簡易的なベッドに寝かされ、白髪のおじ様に体をまさぐられた。血の跡が酷い右腕は無事だし、他の部位も特に怪我をした覚えはない。初日に鼻先を剣で切られたが掠り傷だったし今はなんともないわけで。
ゆっくりと目を開け、手を震わせながら「水を…」と言っておいた。
「君、大丈夫か?特に怪我はなさそうだけど」
「実は…記憶が曖昧で…ドラゴンを追い掛けてダグマラート山脈に入る前の記憶が…」
水を一気に飲み干す。
ドラゴン、と聞いて門番と医者は顔を見合わせている。
「ゼノンダラス国の方にドラゴンが現れたのは聞いていたが…それを追い掛けるなんて…君はゼノンダラス国の騎士か?冒険者か?」
「ただの好奇心でした。セレーネ…俺の愛犬も、俺の我が儘に付き合ってこんな目に」
「全く、子供の年齢じゃないだろう?ダクマラート山脈だなんて…よく生きていたな…。それでジャン、目が覚めた彼はどうしたらいい?通行証を渡すのか?それとも追い払うのか」
せっかく入れたのにそれは困る。特に目的はないが…せめてゼノンダラス国よりも遠く離れた所に行っておきたい。あんなに大きいドラゴンだ。実際に目撃情報があるようで疑っていない。山脈に入り、森を抜けた事まで話すか…。それで調査だ!と人が入りゴブリンの村を見付けられても困る。森から抜けて見た限り、道は他にもあったはず…
「一応インベントリの中を確認して、犬の毛も採取しよう。それで問題がなければ通行証を渡す」
ジャンという門番が言った。しかし、それも困る。インベントリの中がどうだと問題がないのか分からないし、セレーネの毛を取ると言うことは魔物かどうかを調べることに繋がりそうだ。
「わふ、」
セレーネが「考えなさ過ぎてお前やばくね?」と言っているようだった。
「まぁ脱水の症状はあるし暫くは此処で休んでもいい。しかし今の状況を考えると…衛兵を呼ぶしかあるまいだろうな。ジャン、早く呼んで来なさい」
「そうだな…後はあっちに任せるか」
「衛兵?」
「わかるだろ?今はゼノンダラス国が騒々しいんだ。目的の分からない者を簡単には入れられない。症状の改善が見られたら引き渡す」
「ど、ドラゴンを追って迷子になっただけだって!」
「それが本当だとして、ドゥーロへ入る理由は?自分の住む家に戻れば良い話だ」
「家が無い場合は?この街に滞在したいわけじゃない。迷惑をかけるつもりもない」
兵が来るなんて御免だ。拉致…というか召喚?されてすぐに俺は鎧兵に殺されそうになったんだから当然だろう。
ジャンが出て行き、俺と医者とセレーネだけが残された小屋。医者は溜め息を吐くと1枚の紙を取り出した。
「ゼノンダラス国に聖女が現れた。その聖女の命でこの者を探しているそうだ」
この者、といって紙に描かれた絵を指す。細い線を重ねて描かれたそれは俺にそっくりだ。聖女になった真莉愛が俺を探していると言うことは、もう俺は殺される心配がないという事だろうか?流石に幼馴染みだ…説得してくれたんだろう。
「そして見つけ次第ゼノンダラス国の王都であるゼノビアへ連れて来い、と。…本人であれば生死は問わないそうだよ?」
「は…?」
「君は一体何をしでかしたのか…此処はゼノンダラス国とマキファンズ国の国境に最も近い街だ。この報せが来たのは数時間前。そして、血塗れなのに無傷である似顔絵そっくりの君が来た。」
「脱水症状とやらは?」
「健康そのものだよ」
項垂れる。諦めてこの街から出ようか…。セレーネを見ると頷かれたような気がして、相棒は心強いな、とこんな状況にも関わらず笑みが漏れた。医者は若くない。追い掛けられたとしても門まではすぐだし、出て行こうというのに門番が追ってくるとは考えられない。それに二人体制だった門番の一人、ジャンは衛兵を呼びに行っている。
「特に何かしたわけじゃない。勝手に拉致られて勝手に殺そうとしたのはアイツ等だ。死んでもいいと思った。けど生きてる。わけのわかんねぇ世界で生き延びて、俺を守ってくれるセレーネが居る」
だから死ぬ気はなくなった。愛犬家を舐めるなよ。
俺はベッドから降り…ようとしたが足に力が入らずそのまま崩れ落ちた。
「水の中に少量の痺れ薬を入れておいたよ。ゼノンダラス国が他国にまで報せて回るとは実に興味深いだろう?」
「そうでも、ないかな」
ははは、と乾いた声しかでなかった。セレーネが前足で目を隠して空を仰ぐ様子はなんともまぁ己の滑稽さが滲み出てくる。
「衛兵を連れてきた」
ジャンが戻ると、医者は衛兵に何かを呟いた。
「悪いようにはしないはずだ。君の無事を祈ろう」
なら痺れ薬とか卑怯なもん使わないでほしい。両脇を二人の衛兵に掴まれ引きずられていく。セレーネも付いてきていたが、誰も何も言わなかった。
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