第6話 『魔狼と巨大猪』




 村長から話を聞き終えた頃には日が沈んでしまっていた。暗くなれば危険もあるから、と泊めてくれようとした村長にお礼を言って…けれど俺と狼は村を出て行く事にする。


「夜になればはぐれが影の道を通って森を彷徨う事もある…この村ならば精霊の悪戯が強く残っておるし簡単には見付からぬ」

「初めてあった俺によくしてくれてありがとう。けど、これ以上俺とコイツが居れば村のゴブリン達が不安で眠れないだろ」

「…そうさな…我々は人族やはぐれによって親族を失ってきた身…気遣いに感謝しよう」

「俺の方こそ、村長には借りが出来たしな。また会えることがあれば、その時にたっぷり返すよ」

「ふぉっふぉっ」


 村の入り口で元の大きさに戻った狼の背に乗る。未だに警戒しているゴブリン達に申し訳ない気持ちを抱きながら手を振った。村長は手の代わりに杖を振り、俺と狼は再び森の中へ入っていく。

 スピードは気を付けろよ?と念を入れた甲斐がありバイクで入っている気分。乗った事ないけど。


「スクライカーは種類だし、狼でもないんだろ?」

「わふっ」

「名前とかあんの?」

「わふ…?」

「つける?」

「キューンッ」


 何その可愛い声。振り向いて目の中に星を散りばめた狼は前を見ていないのに木をひょいと避けながら走り続けている。名前があったほうが何かと便利だし、此処まで懐いているなら付けてやるべきだろう。

 家で飼っていた愛犬と愛猫を思い出す。

「社長と隊長…俺の事心配してるかな」

 猫の社長は俺が学校から帰ると背中に飛び乗ってくる。寝るときは俺の顔の上だ。犬の隊長は尻尾をブン、と振ってニオイを嗅ぐと鼻水を付けて何処かへ行く。追い掛けて構うと「さっき挨拶しただろ」という目で見ながらも嫌がりはしなかった。一緒に寝てはくれないが…


「将軍でもいい?」

「わふ?」

「この世界だと色々誤解を生んだりしそうだから違う方がいいのかな」


 瀬戸家では代々ペット達の名前が役職だったのだ。猫は社長、会長、課長…犬は隊長、大将、大佐…。妹が可愛がっていたハムスターは みぃちゃんだったが妹が付けた名前なので誰も文句は言わない。


「付けるっていったけどネーミングセンスねぇもんなぁ」

「わふっわふ!」

「ワンワンにする?ポチ?ケンタ?」

「ヴゥウウ」

「怒んなよっ!」


 暗くなった森を走り続ける。俺には何も見えなくなってきたが、狼は問題なさそうだった。休憩するか聞いても止まらない。

 少しだけ木が少なくなり開けた場所。どんな名前がいいかと空を見上げてみると、黒い夜空に星が瞬いていた。某アトラクションを思い出させるような星の数に思わず狼にも「見てみ!」と声をかける。足を止めた狼は空を見上げる。しかし首を傾げた後、俺の顔をベロン、と舐めてから再び走り出した。

 此処の世界ではあんなに星があるのは当たり前のようだ。その内、俺も見慣れてしまうのだろう。


「月はないのか…」


 たまたま新月だからか、それともこの世界に月がないのか。地球ではないのだから見えなくても不思議ではない。


「そうだ、セレーネって名前どう?」

「わふっ」

「月って言葉だった気がするんだけど。あ、月っていうのは夜になると─」

 


 セレーネに俺の世界の話をしながら、まるで夜の散歩だ。夜になるとはぐれも森に現れると聞いたが嫌な気配は感じなかった。眠くなりセレーネの背中にしがみつく。相変わらず女の子のシャンプーの匂いがするコイツはスピードを落として歩いてくれる。その振動が心地良くも感じ、いつの間にか寝ていた。



 サァー、と風が吹いて目を開けると明るくなっていた。木陰に寝転がっていた俺は体を伸ばし、そのまま固まる。

 セレーネは俺を庇うように尻を向け、その先には巨大な猪。下の牙は湾曲しながらはみ出しており、赤い毛をしている。

 近くにラフランスが置いてあるから、セレーネがまた持ってきてくれたのだろう。どんだけ良い奴なんだよ、と感動したものの…今の状況のせいもあり腹は空いていなかった。

 人よりも大きいセレーネ。そのセレーネよりも更に大きい猪。互いに睨み合いを続け、遂に猪が走り出した。真っ直ぐかけてくるためセレーネが横に避ければ俺が轢かれる。ここから逃げよう、と咄嗟に動こうとした俺はセレーネが避ける事も無く猪の体当たりを喰らうのを見てしまった。

 おっさん系モンスターの攻撃を簡単に避けていたセレーネが、あんなに分かりやすい軌道を読めないはずがないのに。


「異世界に召喚なら…俺にだって何か使えろよ…」


 セレーネは此処から遠ざけるように攻撃を出し、誘っている。だが猪は俺を見てヨダレを垂らしていた。


「俺を喰いたいからって」


 邪魔をするセレーネをいたぶっているのか。


「なんか…何か…なんでもいいっ」


 インベントリに右腕を突っ込む。何度倒されてもすぐに起き上がるセレーネ。体格差のせいなのか相性のせいなのか分からないが、セレーネの引っ掻き攻撃が届いていないようだ。傷が無ければ雷を喚べないのか…セレーネが遠吠えをしない。


「喰われた腕が戻るんなら何かはあんだろっ!」


 なんの感触もないまま拳を握って振り下ろす。インベントリの空間から出てきた右手には派手な銃が握られていた。


「セレーネ、避けろっ」

「ヴゥウウウウウ」


 猪を威嚇しながら横に飛んだセレーネと同時に銃を向けて引き金を引く。なんの音せずに銃口から飛び出した弾は猪の額に当たると、肉を抉りながら貫通していった。あまりにもグロすぎる猪の死に様。セレーネは後ろ足を引きずりながら歩いて俺の横にこてん、と寝転がった。


「セレーネ…痛いのか?」

「わふっ」

「俺の事を庇ってたからだよな…」

「クゥン…」


 血が垂れ生えている草を赤く染めている。牙が当たったのか…腱の辺りだ…。回復魔法とか、そうでなくても回復薬とかがあれば良いんだが…。インベントリに手を突っ込んで見たが何も出て来なかった。ならば火を起こす物、と思えば赤い線が入った石が出てきた。水、と思えば青い線が入った石。これは…あれか、魔石的なやつか。

 試しに青い線が入った石を握ってみる。


「?使い方わかんねぇや…」

「わふっ」


 寄こせ、とでも言っているのか?石を渡すとセレーネは地面に石を置いて前足で踏んだ。

─パキ、と線の部分で割れた石。セレーネはどや顔だ。


「割り線って事?薬みたいだな」

「わふ?」

「あ」


 割れた所が潤っている。半分を持ち上げてみるとホースで放水しているかの如くの勢いでドンドン出てきた。ソレを浴びたセレーネは楽しそうだ。


 なら、赤い線が入っている方も割れば火が出るだろう。


「よし、セレーネ!肉を食おう!」

「わふっ!」


 果物ばかりよりも肉を食った方が怪我の治りが早いかもしれないし、と倒した猪を解体するための刃物をインベントリから取り出す。猪の解体は田舎に住んでる母方の実家でやった事があった。小さい頃から見慣れてはいたが、こんなに大きい猪…多分、魔獣の類いを同じ要領で出来るかは分からない。


「やってみるか」


 特に目的のある旅ではないから、セレーネの足が良くなるまではゆっくりしよう。どういう特性を持っているのか不明ではあるが銃も手に入った。一度認識してしまえば出し入れは不便無く自由なため、自分も生きるために戦えるという現実に気分が良くなる。

 手に持った刃物は剣というかカタールというか。俺よりもデカい猪がスパっと切れるかは…いや、物は試しだ。首を切り落とすために右腕を上げ一気に振り落とす。

 そして─すぱ、と、切れた。明らかに刃の長さは足りない。だが、正に一刀両断。一振りで狙い通り切れていく。血抜きと洗いは水の魔石を使い、毛皮を剥ぐ。



────────



「取り敢えずこの辺焼いとくか…」


 粗方切り分けた肉を見てブロック状にした部位を今度は火の魔石で焼いた。


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