第5話 『村長の説明会』
結局、俺が何故スクライカーに助けられたのかは謎のままだった。
魔獣の言葉を理解できるのは魔獣、もしくは魔力の高い魔術師だそうだ。ドラゴンのように知性も高ければ言葉を操れるため通訳も出来るだろう、と。しかし偉大なるドラゴン様がそんな事をするとは思えない。そう言って村長はいつの間にか用意されていた茶を啜る。ちなみに俺の分は無い。
「まぁ、今はいいか…一緒に来てくれるんだろ?」
「わんっ」
「肯定っぽいし」
ならばこの世界についてを知らなくてはいけない。このままゴブリンの村で生活するのは…無理だろうし。
ゼノンダラス国。大陸の殆どを統治している人族の国。村長の絵は凄く下手だったがなんとなくサツマイモみたいな形をしたコレがこの世界にある大陸のようだ。海もあり、渡れば変な形をした島もいくつかあった。
最初にゼノンダラス国の塔に居たと言うと、その次にダグマラート山脈へ行ったということはこの辺にある塔、と印を付けられていく。
王都はもっと東、塔があるのはゼノンダラス国にとって最西端。ダグマラート山脈を越えると人族は関与する事がなくなり、彷徨いの森を抜けて暫く進めば隣国のマキファンズ国へ入れる。
「ここは人族と魔族が共に暮らす事を認めている国…我々のようなゴブリンにも運が良ければ職を持てる」
「ならアンタ等も此処へ行けば良いだろ?」
「ゼノンダラス国率いる人族の騎士団と、更に西、魔族の国を統治する魔王。その暗黒騎士団に挟まれたマキファンズ国は常に戦が絶えぬでな…我々のように弱き者は安心した暮らしなど出来やしない」
村長が引いた線の先。魔族の王……しかも暗黒騎士って小説のタイトルにもなっている。
「暗黒騎士団って、魔族なのか?」
「そうであろうな。かの国はゼノンダラス国とは真逆。人を受け入れず魔物を民として愛しておる」
「塔の周りを飛んでたドラゴンは打ち落とされなかったぞ?」
「ドラゴン程の強い種族が攻撃を仕掛けてこなければ、人族も放って置きたいだろう。特に貴殿の言うドラゴンの特徴が合っているならば、そのドラゴンは古のドラゴン。怒らせなければ被害もないからのぅ」
古のドラゴン。何処の国にも属さず、しかし圧倒的生命力でこの世界を蹂躙している存在。…と、村長は言いつつ…しかしその姿を見ること自体が夢物語なんだとか。
「昔はドラゴンがこの世界の頂点であったのでな。その印象は中々抜けないのだろうよ」
「俺が会ったドラゴンも?」
「正に貴殿が会ったドラゴンが頂点におった、という事じゃ」
「…」
よく生きてたな…俺。
他にも はぐれ について教えてもらった。はぐれも国には属しておらず、だがドラゴンのように知性があるわけでもない。所謂 野良 という表現がしっくりきた。ゲームをしているときにフィールド上でエンカウントするモンスター。無条件に襲ってくるアレに容赦など不要。そうでなければ喰われる。
生まれながらにしてはぐれ、とそうではないはぐれ。後者は知性を失う代わりに闇の力を得ているそうで、影の中を移動するそうだ。
「コイツもはぐれ?」
「はぐれのはずだがな…スクライカー自体は何処にでもおるし…」
「でもコイツがこの村に来ても慌てなかっただろ?」
「このスクライカーは人をくわえて現れたのでな。村を荒らすつもりなら人を喰ってからだろう」
飯はあるから襲うつもりはないよ!と伝えるために俺をくわえたのかは分からないが、結果的にゴブリン達が先制攻撃をしないでくれた事に繋がる。はぐれは喰う事と壊す事しか考えないそうだが…中には友好的なはぐれも居るそうだ。そういうのは大体前者のはぐれ。つまり、狼は闇の力を得ているわけではない、と。
「話せるようになりたいな」
「クゥン…」
頭を撫でてやると上目遣いで見られた。可愛い。
「まぁ、ゆっくり休みたければ休んで行くと良い。この地図はくれてやろう」
ゴブリン村の村長が描いた下手くそな世界地図を手に入れた。ゲームならシステムウィンドウが出てくれても良いが全く出てくる様子はない。
地図を見ながら、マキファンズ国へ行くのが無難かと考える。ゼノンダラス国へ戻り捕まれば死ぬだろうし、狼と一緒に行動するならマキファンズ国の方が都合も良さそうだ。ただ戦に巻き込まれたくはない…
「インベントリって俺でも使えるの?」
「そんなもん知らんよ」
なんか、こう…何処にもない空間に手を突っ込んだ気になって引いてみたらアイテム持ってるとか、あれば便利なのになぁ~と右腕を動かす。まぁ、この世界の原理を分かっていない俺では無理だろう。
思って挙げていた右腕を下げる。と、右肘から下の手が戻っていた。
「…ワァ」
驚きすぎて棒読みな ワァ しか出て来ない。
「貴殿も使えるようじゃな」
「いやこれ使えるとかじゃなくね?!」
インベントリってアイテムボックスみたいなやつじゃないの?俺の肘下はアイテムか?喰われたの見たんだけど。スペアですか?俺は自分の体のパーツをスペアしてるんですか?!
グーにもパーにも思い通りに動く右手。何処にも繋ぎ目はなく、元からあったけどどうかしたの?って語りかけてくるような肌つや。
「逆に入れたりとか」
地図を何もない空間に突っ込む。手に持っていたはずの地図が消えた。今度は取り出したい、と思いながら手を伸ばす。
「おぉおおおおお!!」
地図が出てきた!
「個体によって大きさは異なると聞いたがのぉ…我々ゴブリンにはそんな技を使えんからよくわからんのじゃよ」
「スキルは?あと魔法とか」
「人族の事はわからんよ…まぁ、昔見た女冒険者は氷魔法とスピアを使い戦っておったな」
「村長…よく、生きてたな」
「まだ幼かった頃、村を冒険者に襲われた。大人達がやられていく様を岩陰の隙間から見ただけじゃ。我と同郷の者は此処には残っとらん」
平然と昔話をした村長は茶を啜る。
「人を恨んでるか?」
「人もまた魔族を恨む」
「…どうして俺を此処に入れてくれたんだ?」
人だと分かった時点で殺されても仕方が無いと思う。多分、この世界では当たり前だから。逆に魔物やモンスターを見付けたら人は討伐するのだろう。俺が知っているゲームはそうだし、序盤から物騒な流れで始まるこの世界の基盤である小説なら容易に想像できる関係性。
「貴殿を受け入れいた理由か…それは…お前を喰うために決まっているだろおおおおおお!!!」
「きゃーっ!!!!」
「ふぉっふぉっふぉ」
突然立ちあがり大きな声を出した村長の物凄い変顔に悲鳴を上げると笑われた。怖い話を聞いていたら突然指を差して「お前だー!」の原理を使ってきやがった。
未だに心臓がバクバクいうので落ち着かせるために手で押さえ付ける。その手を見て、なんとも不思議な気持ちになった。
失ったはずの右手。
「人族といっても貴殿はスクライカーにくわえられておったからの。我々を討伐に来た凄腕の戦士ならばスクライカーも討伐しておるだろ」
「凄腕じゃない場合は…」
「スクライカーに喰われて此処までも来れんよ」
愉快に笑う村長は初めから俺が無害だと分かっていたようだ。そして、討伐以外の目的で来た人族をどうするか…と様子を見るために話を聞いてくれたらしい。
今後、ゴブリンに出会ったとしても友好的に接しようと決めておく。
スクライカーが居れば彷徨いの森は簡単に抜けられ、始めに見えてくるのはドゥーロというマキファンズ国にある要塞の街。ゼノンダラス国に近いため、かなり厳重であるそうだ。主に通るのは商人や冒険者。商人や冒険者にも所属国はあれど、それぞれに目的があるため国境を越えるのは当然。もちろん、審査に落ちればその街には入れないが…
「スクライカーは魔獣なんだろ?使い魔、みたいな登録とかもあるのか?」
「契約の首輪はあるが、はぐれであるスクライカーに付ける者は聞いたことがない」
「スクライカーってそもそもなんなの」
「わふ?」
「むぅ…そうさな、スクライカーは元々ライガ一族だったと言われておるよ」
ライガは魔族の国に棲息している大型魔獣らしい。好戦的であり、よくゼノンダラス国との闘いにも現れるようだが、成長過程でそこまでの力を得られなかったライガがはぐれになってしまうケースもあるそうだ。
そうして時を重ね、見た目は変わってスクライカーと呼ばれるようになった。
「スクライカーはライガのように傲慢に振る舞う自己中が多くてな。血筋の影響だろうが好戦的なんじゃよ」
「全然そんな風には見えないわよ、うちの子」
あんな事言ったらイヤよねぇ。と頭を撫でると「わふっ」と力強く頷く狼。
「だからこそ…不思議なんじゃよ」
好戦的なはぐれ魔獣。魔物同士でも殺し合いをしてしまうような世界で人に懐いてしまうなんて。その気になれば俺を喰えるし、この村だって無事では済まないだろう。
「ライガ一族か…会いたいって思う?お前の祖先みたいなもんだろ」
「クゥン…」
「それはどっちの鳴きだ…?」
俺側が悟れないため狼はしょんぼりした顔になった。
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