第4話 『小さきモノの村』



 森の中に村があるらしいからそこに行こう。

 そう言って立ち上がった俺の首元をくわえた狼はテクテクと森を歩いて行く。俺よりも大きいが足が引き摺られるため意識が朦朧としていない今はこの体勢がキツかった。


「歩くよ」


 そして自分の足で歩き出す俺。狼は五歩歩くと止まり、俺が追いつく。狼が五歩歩くと止まり、俺が追いつく。何度か繰り返した後に「ごめん」と謝り首を差し出した。


「お願いします…」


 俺よりも大きければ歩くペースも異なるわけだ。立ち止まり振り向いた狼の戸惑ったような顔が忘れられない。しかし先程のようにくわえずに狼が体勢を低くして俺を見上げた。まさかもう休憩か?と聞けば首を横に振られる。


「乗れって、こと?」

「わふ!」

「まじか…」


 なんというファンタジー。背中に乗ってみるとモフモフの座り心地。シートベルトがあるわけでも手綱があるわけでもないため、首回りの毛を掴んでみた。瞬間、物凄いスピードで走り出したため俺の上半身が後ろに仰け反る。このままでは首回りが禿げるぞ、と言いたくても口を開けば風が入り込み顎が閉じなくなった。

 不規則に並ぶ木をひょいひょい避けて走る狼が立ち止まったのはそれから暫く経ってから。目の前には柵で囲われた村。

 狼の毛は一本も抜けることがなく無事だ。


 取り敢えず口の中を潤わせたくてリンゴの見た目をしたレモンを思い出しておこう…うぅ、唾液が溜まる…。


「にしても村の場所を知ってたんだな」

「わふ」

「こんな森の中に住んでるなら意外と魔物も受け入れてくれたりしそうだし、行くか」


 そう言って村に入ろうとすると狼が俺の頭をパクッとくわえた。首からしたをぶら下げながら歩く図は二度目だ。自分で歩く、というかこんな姿を村人に見られたら狼が狩られてしまうんじゃないか?左手で狼の口をこじ開けようとしたが首をブンブン振られた。まるで犬がぬいぐるみを破壊している瞬間のような行動にゾッとした俺は大人しく引き摺られる事に決める。

 やがて、ザワザワと人の気配がしだした。


「おい!スクライカーだ!」

「人をくわえてるぞ」

「まだ生きてるよな?」

「女と子供達は村長の家に行って!外に出るなよっ」


 あぁ、人が集まってきた。警戒はされているようだが、このような状態では仕方あるまい。そろそろ解放してくれ、と狼に言おうとしたら棒みたいな何かで背中を突かれた。ビックリして動くとざわめきが増す。


「生きてる!」

「ひっ、ど、どうするんだよ?!」


 此処で狼を殺されても、追い払われても困るため俺は狼の口から抜けだそうとした。案外簡単に抜け出した俺は笑顔で振り返り左手を挙げる。


「やぁやぁ初めまして!俺は恭介、こっちは色々あって助けてくれ…た」


 狼さん。だから皆、怖がらなくても大丈夫だよ。

振り向ききった所で続きの台詞が詰まった。

 俺を囲んでいるのは人ではなく…なんというか…


「ゴ、ブリン…さん、ですかね」


「どういうつもりだスクライカー!」

「俺達魔物を裏切ったのか?!」

「生きている人を村に連れてくるなんてあんまりだ!」


 口々に狼を責めだしたゴブリンはこの世の終わりだと頭を抱え出す。人の言葉を話しているし、突然襲いかかってこない所を見れば少しだけ冷静にもなれた。

 此処はゴブリンの村なのだ。確かにドラゴンは村があると言っただけで人の村とは言っていない。俺は人が居るところって言った気がするが、おっさん系モンスターの村じゃ無くて良かった、と思っておこう。


「俺はこの通り丸腰なんだ…この狼、えっと、スクライカーっていうの?コイツが助けてくれて、此処に連れてきてくれたんだけど…」

「丸腰だと?!」

「調べろっ」

「どうせインベントリに隠してる、無闇に近付くな」


「インベントリ…って、確かアイテムとか入れたり出来るやつ?」


「女と子供に知らせてくる」

「父ちゃんは勇敢に戦っていると伝えてくれ」

「わかった!だが、俺もすぐに戻るぞ!」

「くっ、友よ…!」


 どうやらお芝居に夢中で俺の声は届いていなさそうだ。

 しかし此処に来てやっと情報を得られるかもしれないという期待。お座りをして欠伸をかます狼の横に立ち、いざ襲われても狼を盾にする算段を整える。それから俺はゴブリン達に向けて…


「はじめましてこんにちは!私の名前はキョースケです!」


 小学生にするような挨拶をした。

 未だに警戒をしてビビるゴブリン達に苦笑しながら、敵意が無いことを伝える。勿論、ゴブリンが襲ってこなければの話だが…。信用してくれとまでは言わないが話だけでも聞いてもらえるように身の上話をしたり、ドラゴンに村があると聞いて来たと言ってみたが、ゴブリンは「ドラゴンだと?こんな所に居るわけがない」と鼻で笑ってくる。さっきまでビビってたくせになんという手のひら返しだ。


 このままでは埒があかない、か。この村は諦めて他の村を探そうと狼をモフモフしながら考えていると、奥の方から杖で体を支えながら歩くゴブリンが現れた。


「人族の者よ、我等ゴブリンの小さな村へようこそ」

「…村長か?」

「いかにも…この村を束ねている」

「ようこそ、なんて言っても大丈夫か?」


「駄目に決まってるでしょう!」

「人族が俺達にした事をお忘れになったんですか?!」


 ほら、と言って騒ぐゴブリン達を指差す。村長は「フォッフォッ」と笑うと閉じていた目を片方だけ薄く開けた。


「貴殿は我々を傷付けるおつもりかな?」

「いや全く」

「ならば問題はない。スクライカーが共に居るのが貴殿が無害である証ぞ」

「…突然来て申し訳ない。でも、聞きたい事が山ほどあるんだ。知っている事を教えてくれないか?」

「来い、座って聞いてやろう」


ゴブリンの村長は話の通じる奴だった!!

 村の入り口でやんやしていた俺達は村長に付いて村の中を歩く。森を切り開いた小さな村は、柵に囲われている。その柵は奥へ進むほど背が高くなり、入り口は一つしかないようだ。

「奥は女と子供が住んでおるよ」

 そう言って俺をちらりと見遣る村長。別に襲うつもりも仲良くするつもりもないから「奥には行かないようにする」とだけ伝えておいた。

 ゴブリンが住む家は木や葉が使われ、何処も広さは同じように見える。ただ一つ、村長の家だけは階段を上がると玄関になっており他の家に比べても大きかった。


「スクライカー、そのままでは入れんよ」

「わふ…」

「別に外でもいいけど」


 狼と離れるよりは安全を優先したい。だが狼は俺に体を擦り付けると段々体を小さくした。俺の肩まであった背は腰まで下がり、小型犬のような小ささではないが大型犬くらいに…。


「え、お前小さくなれんの?」

「わん」

「鳴き声犬になってんじゃんっ」

「ヴゥウ…わふっ!」


「スクライカーが人族に懐くとは…さぁ、入りなさい」


 村長の家。人が生活するようなスペース。椅子もテーブルもあったが、俺が使うには小さかったため会議をする部屋に通された。そこには何も置いていないため床に座る。


「さて…先に話を聞いてみよう」

「俺は別の世界から拉致されたんだ。変な宗教団体は自分で呼んだくせに俺を殺そうとして、だから逃げた」


 初めから自分の状況を説明していく。不思議と声に出せば自分の復習にもなり、何を聞きたいのかも整理出来てきた。

 元の世界にはモンスターが居ない事。勿論、ドラゴンは架空の生物で、狼のように魔法を使う事もなければ、日本では鎧を着て剣を握る事だってない。


「キョースケといったな」

「あぁ」

「ゼノンダラス国からドラゴンに乗って抜け出し、ダグマラート山脈をスクライカーと共に抜け、此処、彷徨いの森を通って我々の小さな村へ辿り着いたという事で良いかな?」

「多分、そんな感じ」


「おっさん系モンスターというのは はぐれゴブリン であろうな。昔ゴブリンの集落が襲われ、力のある者達は知性を捨て力を欲した。闇に落ちたはぐれ共は影の中を移動出来るようになる」

「…ゴブリンってあんな大きくなんの…?」

「異常変異種であろう。そもそも我々は弱い。弱き者は数で固まり、更に弱い者達を護るために戦う。やらねばやられる。だが、相手がやらぬのなら、我々もやらぬ」


 そうして平穏に暮らせる場所を探し、此処、彷徨いの森に辿り着いた。


「確かに人も魔物も居なかったな」

「そうであろう。ここは精霊の悪戯が施された森、普通ならば抜け出せないのだよ」


 だがスクライカーは違う、と村長。


「コイツ、何者?俺が言うのもなんだけどさ、山に放置された時、絶対死ぬって思ったんだ」

「普通のスクライカーならば貴殿は喰われていただろう」

「!」

「そのスクライカーも普通であったはず…だが、何かがあったのであろう。のぅ?スクライカーよ」

「わふ…クゥン、」

「ほうほう」

「わふっ」

「そうであったか」


 気になるが口を挟まずに狼が言いたい事を村長に聞いてもらう。どのくらい気を失っていたか分からないが数時間はこの狼と過ごしたのだ。安全を確保してくれたこの狼の言いたい事…何か俺に出来ることがあるならやってやりたい。

 暫くして狼は満足そうにゴロンと寝転がると前足で俺の背中をテシテシ叩いて遊び始めた。


「で、こいつはなんて?」

「わからん」

「は?」

「わふっ?!」

「魔獣が何を言っておるのかなんて、これーっぽっちも分からんよ」


 じゃーなんで相槌打ってんだよ!!


「何かを訴え掛けられたら頷いて聞いてやるのが礼儀だろう」


 と、ごもっともな事をゴブリンの村長様に言われましたがなんだか腑に落ちません。




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