第3話 『魔狼と森にて』



 野良犬だろうと野良猫だろうと追いかけ回して捕まえてぐりぐりする。多分、今の俺は死と隣合わせになっていて頭がおかしい。

 頭目掛けて振るわれた棍棒をしゃがんで避け、低い体勢のまま一歩踏み出した。自分でもここまで早く走れるのかという程に黄色と黒の狼目掛けて進む。


「どうせ喰われるならおっさんよりもお前がいい!」


 あっさり捕まえられた狼はキョトンとした後、鋭い爪で俺の背中をカシカシと引っ掻いた。片手しかない俺は痛みを感じないまま狼の腹に顔を埋めた。


「ヴゥウウウウウウ」


 喉を鳴らして唸る狼。モフモフか。お前本当に野良か?朝シャンしただろ。女の子のシャンプーの匂いがする。

 腕が吹っ飛んでも痛みを感じない今なら喰われてもいいや。死んでいく感覚なんて知りたくもないから一思いにいってくれ。

 顔面をぐりぐりと押し付けても毛が抜けず、心地良さだけしか感じられない。正に天国だ。

 狼は俺の頭をがぶ、と咥えると走った。首から下が引き摺られていくがもうどうでもいい。ドスドスと足音が聞こえるからおっさん系モンスターが追い掛けてきているのだろう。そうか、俺を独り占めしたいんだな。可愛い奴め。

 それでも追い掛けてくるおっさんに、狼は観念したのか俺を離すと後ろに隠すように立った。背中の毛を逆立てながらおっさんに威嚇する様はまるで主人を護る番犬のようだ。

 棍棒を振り回すおっさんの攻撃をひょいと躱すと爪で引っ掻く。傷は出来たがそれをボリボリと掻き毟りながらおっさんは笑った。

 全然効かない狼の攻撃、全然当たらないおっさんの攻撃。俺は逃げることも諦めその場に座り込み眺めているだけだった。

 全身に引っかき傷が出来た頃、狼は遠吠えをする。アオーンと空に向かって。


 すると…おっさんに出来た傷目掛けて何処からか雷が落ち始めた。


 丸焦げになったおっさんから嫌な匂いが漂う。狼は後ろ足でおっさんに砂を掛けるようにさっさっと足を動かして、満足したような顔でこちらに戻ってきた。そして今度は首の後ろをくわえて走り出す。

 まるで母猫が子猫をくわえて移動するような形。

巣にでも帰るのか。そろそろ意識が無くなりそうだ。痛みは無くとも止血すらしていないのだから当然だろう。

 意識が無くなった頃にお行儀良く食べてね。と、くわえて運ばれる俺は狼の首元を撫でた。



 目を覚ます。日陰など出来そうにもない山から森に移動していた。サワサワと重なる葉の音が気持ちの良い目覚めをさせてくれる。フカフカのベッドで、フカフカの毛布にくるまれて、あの時に死んだから新たな生でも授かったのだろうか。あんな非現実的な事が起きたのだから、次もまたファンタジーな世界でもいい。だってベッドの上だとしても此処はどう見ても森だ。


「グルルルル」

「…」

「ヴぅう」

「まじか、」


 聞いた事のある喉を鳴らすような声に飛び起きる。ベッドだと思っていたのは俺をくわえて運んでいた狼の腹で、毛布は尻尾だったのだ。

 意識を手放したとは言えスッキリと目覚めてしまった今、再び恐怖を抱いてしまう。ちらりと右腕を確認するが肘から下は何もない。治療をされた形跡もなく骨が丸見えだった。


「寝てる間に喰ってくれよ…」


 項垂れると、ベロン、と顔を舐められた。思わず顔を上げるともう一度。


「…どういう事?」


 葉が擦れる音を聞きながら、俺は森の中で、引っかき傷に雷を呼ぶ狼と見つめ合う。こてん、と首を傾げた狼に「可愛いかよ」と思わずつっこみ、恐る恐る首元を撫でる。擦りよるようにして体重をかけられ、次第に仰向けに寝転んだ狼。腹を撫でてやりながら考えた。

 取り敢えず俺は生きてる。そして懐かれてもいる。

 近くに置いてある果物のような物は狼が持ってきたのだろうか?

 視線の先にある物に気が付いたのか起き上がった狼はソレをくわえて俺の前にポイと投げる。ただ見ているだけの俺に近付けるように鼻先でツン、と小突くと更に転がった果物は俺の足に当たった。


「食えって?」


 お座りをした狼は尻尾を揺らす。


「…」


 赤くて丸い。見た目はそのまんまリンゴだが…

袖で拭いてから齧る。


「すっー」


 ぱい。かなりすっぱい。両頬の奥からジーンと唾液が溢れてくる程に酸っぱくて顔をしぼませる。その様子を見ている狼は悪びれずに首を傾げるだけだった。しかも狼も同じモノを食べ始めている。


「見た目はリンゴでも味はレモンだな…これ」


 それでも美味そうに食べる狼を見ると、俺にも食べ物を持ってきてくれたんだと分かった。喰われるはずだった俺に食べ物を与えたんだ。

 近くの木に寄り掛かりながら座り、狼を手招きしてみた。すぐ近くに座ると俺に寄り添うようにして伏せをする。


「お前もドラゴンみたいに喋れんの?」

「わふ」

「犬じゃん」

「ヴゥウ」

「怒んなよ。つか犬が何か知ってんのかよ」


 モフモフしながら語りかける。語りかければそれなりの反応をするから言葉は分かるのかもしれない。此処が何処で、なんで俺を食べずに傍に居てくれるのか。


「どうすりゃいいの…」

「クゥン…」


 完全に犬みたいな狼の魔物を撫でながら呟く。




 それから暫くしても他の魔物は現れる事無く、狼はたまに何処かへ走って行くとすぐに他の果物をくわえて戻ってくる。その中にリンゴの見た目のレモンは含まれておらず、中々賢い狼と出会えた事に感動した。ミカンの見た目のカキや、バナナの見た目のトマト。ラフランスの形をした物はラフランスそのもので、俺はソレだけは1個食べきる。すると狼はラフランスばかりを持ってくるようになる。


「…ずっと此処に居るわけにもいかねぇし」

「わふっ」

「お前は何処に家があんの?まさか此処?」

「わふ…」

「ないの?」

「クゥン…」


 山を越えた森の中に小さな村があるってドラゴンは言ってた。そこへ向かえば…しかし、一緒に居るのは魔物だ。俺には害がないし、正直ここでお別れをする気など全くない。おっさん系モンスターを倒せる戦力をそう簡単に手放すわけがないのだから。


「行くか?」

「わふっ」


 村の住民にコイツが無害だと言おう。それでも拒絶されればまた他の村でも町でも探せばいい。

 そうして、小説とやらの世界に放り込まれて即死する運命だった脇役の俺と、雷を操る一匹の魔狼の旅が始まった。



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