第2話 『竜と山と魔物と』


 長い浮遊感に声すら出ない。地面は何処だ、学校の屋上よりも高い所から飛び下りたのだからこれは自殺だろう。そんな危ない所で遊んでんじゃねーよ。っていうか怪我するくらいの方がマシだったんじゃないか?!


「人も飛べるのかと思ったら」

「!!!!」

「落ちているだけのようだな?」

「ドッラゴ…ンンンンンンン──っ!!!」


 顔だけでも俺の全身よりも大きいドラゴンが話しかけてきた。驚いて口を開くと先程まで出なかった悲鳴が簡単に漏れていく。物凄い風圧に顔面崩壊している俺をドラゴンはパクッと口の中に入れる。

 湿ったその場所はなんともまぁ生臭かったがずっと風に当てられ冷えた体には丁度良い温もりだ。

はぁ~、と溜め息を吐きながら未だにバクバクする心臓を押さえた。

 そして俺、今度はドラゴンに喰われてる。咀嚼をされているわけではないが、口の中に居るのだから表現は間違っていないだろう。


「…は、はは」

「面白いものが見れると聞いていたんだがなぁ」

「なん…だ、これ…」


 そのまま飛んでいくドラゴンは暫くすると地に降りたのか口の中からペッと吐き出された。唾液などは特に付いておらず、しかし目の前に巨大なドラゴンが居れば自然と足も震えるわけで。


「さて、人は何をしていたのか教えてもらおうか?」

「どういう技術…?海外?俺は今どこにいるの」

「?此処はゼノンダラスの国境を越えたダグマラート山脈だが」

「聞いた事ねぇわ…俺、世界史も地理苦手だし…」

「ふむ…」


 ドラゴンは丸くなって伏せ、じーとこちらを見つめてくる。これが俺の知っているサイズの犬や猫ならば安堵も出来ただろう。今ほど癒やしを求めている状況はない。たとえ野良犬だろうと野良猫だろうと追いかけ回して捕まえてぐりぐりしていただろう。

 だが目の前に居るのはドラゴンだ。漫画やアニメやゲームでしか見たことの無いドラゴンが目の前で、しかも普通に話しかけてくる。


 此処までくれば流石に異世界召喚とやらも信じそうになってしまう。ただ信じてしまえば俺は殺される運命にあるようだが。


「なんで俺を助けたんだ?」

「助けた?」

「そうだろ…俺はあのまま落ちてたら死んでたんだから」

「そうか。やはり人は飛べぬか」

「当たり前だろ!てかなんなの!?突然知らないところで目を覚ましたと思ったら変な宗教団体に襲われるし!真莉愛は真莉愛でなりきってたし!」


 そもそも何階だったわけ?!よく飛び下りたな俺!つーか死んでたわ!ドラゴンさんありがとう!おかげで今ぼくは生きてます!わけの分からん緑もない山でぼく立ってます!!

 パニックになりすぎて叫ぶしか出来なかった。ドラゴンは目を閉じて「そうか、そうか」と聞いている。良い奴かよ!


「さて、スッキリしたか?」

「全然!」

「むぅ…しかし先程の大声のせいで魔物が餌の時間かと集まり始めたが?」

「はいはい…宗教団体、王様、聖女様、ドラゴン!その次は魔物ですかそうですか」

「人が好物らしくてな。ワシは骨が細か過ぎて好みではないが」

「…」

「?」

「あの…」

「どうした?」


 興奮していた頭が段々クリアになっていく。勿論全てを理解したわけでもないし状況を受け入れられる程の柔軟さも持ち合わせていない。が、俺の目の前に居るのは巨大なドラゴンだ。それが魔物達、と言った。人が好物な魔物達が餌の時間か?と。


「え、俺、餌なの?」

「奴等から見れば餌、だな」

「どうしろと?」


 丸腰の俺を魔物だらけの山脈に連れてきたのはなんでですか?

 そう聞くと最近この辺で寝泊まりしているから、と返答された。ドラゴンが寝泊まりしているなら魔物とか近寄らなさそうだけど、と言えばドラゴンはふぁ~と欠伸する。


「上位魔族でもあるまいし、はぐれ共は喰うこと壊すこと以外は考えんのだよ。弱肉強食という言葉を体で現したような愚か者という事になるが」

「もちろん助けてくださります?よ、ね?」

「助けるとは?」


 ゆっくりと目を開けたドラゴンの大きな目に俺の姿が反射する。

 拉致された所に留まっていれば殺されただろう。飛び降り、ドラゴンが居なければ死んでいただろう。更にはここで何かをしなければ喰われるだろう。

 次第に耳元で聞いたこともない音がザワザワと鳴る。音を逆再生しているようなそれに鳥肌が立った。


「さっき助けてくれただろ…?」

「何があったのか話を聞こうと思っただけだ」

「話?」

「あの塔に人族の集団が何かを企んでいると小耳に挟んでな。近くで様子を見ていたら人が窓から飛び下りたので遂に翼でも手に入れたかと思えば…」


 ただ落ちていっただけ、と。ドラゴンはあの集団が何かを知っているのだろうか?それを知るために俺をここに連れてきただけで、助けたわけじゃない。

 このまま話せば魔物とやらから助けてもらえるのか?話した後はどうなる?


「俺が見たことで良ければ話すよ」

「ほう?」

「その代わり、俺を人が居る所に連れて行ってくれ」


 せめて此処に放置されないように交渉するしかない。部活へ行くために準備をしていた俺は何も持っていなかった。普段ならポケットに入っているスマホも財布も全て鞄の中に押し込んでいたためだ。丸腰の俺がどう生き残るのか…目の前の圧倒的存在であるドラゴン以外には考えられなかった。


「ふむ…まぁ、良いか」


 起き上がったドラゴンを見て不安が和らぐ。さぁ、俺を乗せて安全な所へ連れて行って!と両手を伸ばすとドラゴンの鼻息がかかった。それだけで突風が吹いたのかと思うほどの風に俺は笑顔のまま固まる。


「この山を越えれば森の中に小さな村がある。まぁ、そう遠くはない」

「…は?」

「また会えるのを楽しみにしていよう」



 バサ、と翼を広げると空中に浮く。その風圧は鼻息など比べものにもならない程で、俺は見上げる事すらも出来ずにただただ飛ばされぬように耐える事しかできなかった。風が止むとそこには何も無くなっており、変な音だけが残る。

 辺りを見回せば岩陰に隠れた何かがこちらをジッと見ていたり、不自然な影があちらこちらをウロウロしていたり…


「はは…」


 俺、置いてかれた。


「お、お前等…俺を喰うつもりか?よく考えた方がいいぞ?」


 震える声で 何 に対してかも分からない対象に言う。ウロウロしていた影がピタリ、と止まるとその影の中から這い上がるように腕が出てくる。頭、上半身…と姿を現したソレは見たこともない生き物だった。まるで二次元で生まれたモンスター。明らかに敵。緑色の皮膚に汚いおっさんのような体毛。腰に布が巻かれてはいるが魔物にも服の概念があるのかは分からない。


 すると今度は岩陰に隠れていた 何か も姿を現した。

 背中は黄色く下半身は黒い毛並みの…犬…狼?

 他にも目が痛くなるような黄色い大きなトカゲや色とりどりなダチョウみたいな鳥。どれも俺よりも大きく、しかしドラゴンのように話を出来そうにもない。

 近付いてくる魔物達に背を向けないようにして後退るがどうすればいい?走った所で逃げ切れるか?この山は禿げて岩が剥き出しだ。隠れられる場所もない。


「喰うこと壊すこと以外…考えてない魔物…」


 明らかに喰うことしか考えていない魔物達の目は俺だけを射抜いている。


「分かった。信じる。此処が異世界で、俺は巻き込まれて召喚された被害者な。よーく分かった。それに小説の舞台って事はシナリオがあるはずだろ?駄目だシナリオ通りだと俺既に死んでるわ!」


 ふざけんなクソストーリーが!

 やっと現実を受け入れようとした所で現実を恨む。魔物達はすぐ目の前まで来ていた。

 例えば…こういうピンチに颯爽と現れる冒険者が居たならば。

 例えば…異世界人のスペシャルチート能力があったならば。

 例えば……何かシステム的なものが使えたり、空間からアイテムを取り出せたり……


「召喚されたけどお前は要らない系は実は凄い設定!あるわ!たくさんありまくるわ!俺は女神へ献上される程の上玉だぞ!」


 影から出てきた魔物は持っていたデカい石の棍棒を振るった。それに合わせ俺はヤケクソになりながら己の腕を振るう。

 どうにかなるだろ、夢じゃないなら何かあるだろ。そう信じて、そう信じるしかなくて思い切り振った腕は棍棒を弾くどころかふっ飛んだ。もちろん、俺の腕が。


 どういう原理で俺の腕がふっ飛んだ?ボト、と離れた所に落ちた右腕を見て血の気が引いた。サー、と全身が冷えていくのを感じながら、肘から下が無くなりボタボタと血を垂らすそこを押さえる。

 落ちた右腕をトカゲと鳥が取り合い喧嘩をしている中、汚いおっさん系モンスターはニヤリと口元を歪めた。

 何故か痛みは感じない。未だに危険な状況であるからだろうか。殺される、死ぬ、喰われる…頭の中がその言葉だけで埋められていく。


「……」


 あぁ、めまいがする。出血のせいか…それとも死を目の前にして緊張しているせいか。おっさん系モンスターが動いたのが見えたが俺には思考が無かった。どうすれば良いか、どうすれば逃げれるか、どうすれば倒せるか。そんな事を考えただけ無駄なのである。俺は被害者だ。わけの分からない世界に呼び出されて一時間もしないうちに殺される、わけの分からない登場人物。


 ぼやける視界の中で、黄色と黒の四つ足が動いた。



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