死談生
「ん……」
頬を一撫でするかのような優しい風に彼女は目を覚ました。
「あさ……か」
直ぐ様、暗い気分に少々襲われながらも身体を起こす。
「って……なんやこれっ……!」
辺りを見回しすぐに異変に気付き声をあげる。
それもそのはず。
彼女はいつものように自分一人で暮らす家に帰り、いつものように明日に備え、いつもの時間に床についた。
それなのに、目を覚ました場所、それはなにもない真っ白な空間だった。
「え、あ、夢……夢か!」
彼女はそう言い、そう思い、寝転がると目を閉じる。
「あらあら、またお眠りになる?」
頭上からそんな言葉が聞こえ、彼女が目を開けると、彼女の顔を微笑みながら見下ろしているクルクルパーマのおばさんが佇んでいた。
「えっと……おばさん、誰?」
「私? 私は……」
おばさんは彼女が身体を起こしやすいよう一歩下がると、名を口にする。
「ッツァルフルァンッンツェィンィラルァ」
「え、えっ? ちょっと待って、全く聞きとられへんねんけど、なんて?」
驚く彼女におばさんは“あら、やだ! もうっ!”っと笑いながら、彼女の肩口を叩き“ほふふふ”と笑う。
「こっちの言葉が出ちゃったわ、もうっ! ほふふふっ」
「こっちの言葉? なんやそれ」
「いやぁだわぁ~もう。普段人と喋らないからかしらねぇ~。やだわぁ~」
「それは知らんけどさ……」
とりあえず夢ではなく、そして、自分が知っている世界ではない所へ来ているということだけはなんとなく察する彼女。
そして、目の前のクルクルパーマのおばさんは地元で何回も色んな種類見たことある、既視感が凄いおばさんだが、妙な事をいくつか口走ってるので人間ではないのかもしれないとも察しようとするが、やっぱ無理だった。
ひとしきり、クルクルパーマのおばさんが“あらやだ”と“やだわぁ~”と“ほふふふ”をやり終えるのを待ち、もう一度問う。
「……で? もう一度聞くけど、おばさんは誰なん?」
「ほふふふっ……やだ、もう、ごめんなさいねっ……ほふふふ」
クルクルパーマのおばさんはハンカチで口を抑え、喉を何度か整えると、今度こそ、名を口にする。
「私はねぇ………エミコよ。……うん、それでいいわ」
「いや、おもっくそ偽名やん。……まあ、いいけど、それで、その……あぁー何て言ったらええんやろ、おばさんはその、何やってるっていうか、なんなんっていうか」
「あーそれぇ? それなら簡単よ。死んだ貴女をケアするのが私の仕事なのよ、ほふふふ」
「え、ちょっと待ってっ、私死んだっ?」
「そうなのよぉ~。ほふふふふふっ」
「いや、そうなのよって―――ていうかむっちゃ笑うやん、不謹慎やぞ、おいっ」
自分が死んだ事実に困惑する彼女、本人を目の前にしても気にせず爆笑するクルクルパーマおばさん。
この二人の間に数分の時が訪れた後、どこからともなく現れたパイプ椅子に二人は向かい合うように腰掛け、主に彼女の方が思い出した事を思い出したままにクルクルパーマおばさんに語っていた。
「って、まあ……彼氏に……名前思いだせへんけど……なんか、まあ、言われた気がする……」
「うんうん。そうなのねぇ~……」
「そう。……それで、私、多分、失恋と仕事もうまくいかへんしで、軽い鬱やったんかな……」
「そうなのねぇ~……『時々考える、もしあの時会ってなかったらよかったって』……ねぇ……やだ、クサイ台詞でフラれたのねぇ……」
「そう、やなぁ……確かになんかクサイな……今思うと」
「今思わなくても、その時で十分クサイじゃないのぉ~……ノロマでバカなのかしら、貴女」
「いや、失礼やなあんたっ。なんで急に研ぎ澄まされたナイフで切り込んでくんねんっ」
確かに、クサイ台詞を平気で言う浮気しまくりで口だけで出世もしないクソ男だったと彼女は思い出し、少し落ち込み始めていた気持ちが和らぐ所か、通り越し怒りに変わるのを覚えながらも、更に語る。
「あぁ……思い出してきた。薬飲んだ……うん。薬飲んだわ、死ぬために、多分……」
「薬……睡眠薬とか咳止め? なんか甘いやつ? とかかしら?」
「そう、やね。確か……甘かったかな……いや、覚えてないな味なんか……。お酒も飲んでた気がするし……睡眠薬も咳止めもお酒も全部……かな……飲んだの」
「全部……? それは甘い?」
「いや、全部甘くはないよ。お酒はウイスキーやった気がするし、まあ、咳止めは甘いんちゃうかな」
「そう。全部甘くは無かったのねぇ……人生と一緒かしら」
「いや、全然うまくないからな。……ていうか、ほんま、話聞く気ある? なんなん、さっきから甘いばっかり反応して」
「そうねぇ~……ちょっと、私、つまらないかもしれないわねぇ~」
「いや、散々掘ってきといて、話始めたらつまらんて、ふざけんなババア!!」
「仕事だから仕方なしぃ? な、所はやっぱりあるのよぉ、やだわぁ~」
クルクルパーマのおばさんの仕事、それは彼女の様に死んでやって来た者(自分が受け持つ区域の受け持つ5名に限り)、トータルケアを行うことである。
趣味は寝転がりおかきを食べながら海外ドラマを観ることと月一回の水泳と気が向いたらの塗り絵。
神役所の人課所属であり、自分が受け持っている5名の元へは、生きてる間でも気づかれることなく見回ったりもしている。
時たまに、まあ、8割くらいはサボっている事もある故に、急に死んで来られると情報の一切が白紙で、人となりから私生活、死因に至るまでその全てを本人から聞き出し、資料を作成する羽目になったりする。
しょうがないじゃない、女の子だもん。
それがクルクルパーマのおばさん、エミコの生き方なのである。
「さて、話はこれまでにして。……それで、どうしようかしら?」
「どうしようって……何が」
大して聞いてもおらず、つまらないとまで言われ、話を終わらされた彼女は少し苛立ちを混ぜながエミコに問う。
「これからよ~、もうやだわぁ」
「やだわぁって……口癖? 私がもうイヤやねんけど」
「ん~……資料はまだ出来てないのよねぇ~……明日明後日はお休みだしぃ~」
「なんや、こっちの役所も、おんなじように土日休みなん?」
「そうねぇ。朝からドラマ観て、夕方ちょこっと買い物行って、晩にドラマ観て寝なきゃねぇ~」
「うわぁ~……多分、うちのおかんと同じやでやってること」
「そうなの? じゃあ、友達になれそうね。もうすぐ死ぬかしら?」
「いや、ピンピンしとるわ! 縁起でもないこと言うな! 死んだ私が言うのもへんやけどっ!」
書類を作成してしまわないと、次の部署へ通す事も出来ないということで、あんころ餅をおもむろに食べ始めたエミコはお茶、あんころ餅、あんころ餅、お茶のルーティンを終えてから、考え抜いた案を彼女へ話す。
「そうねぇ~……やっぱり、貴女、もうちょっと元の世界に残りましょうか。そうね、それがいい」
「絶っ対、めんどくさくなったやろ! ていうか、どっから餅とお茶出てきてん!」
「いいじゃない。また生きれるのよ?」
「いいん、かなぁ……それ。私、自分で死んどんねんで? また同じ事なるんちゃう?」
「それは、貴女次第よ。……でも、まあそうねぇ~……私としてもすぐに戻ってきてほしくないわねぇ。大事な顧客ですもの」
「嘘つけ!! めんどくさいだけやろ絶対!!」
「だから、そうねぇ~……二週間。うん、二週間、ちょっと透けた状態で元の世界で暮らしてくれるかしら?」
「なに簡単みたいに凄いこと言うてるん! 透けて暮らすってなんやねん!」
「う~んと……貴女の世界でなんて言ったかしら……あの、ヴェルッツァフルァイッツンァンフルェンィンツィンィ」
「だから聞き取れへん言うてるやろ! なに言うてんねん! 分かるか!」
5分、あれでもないこれでもないとエミコと彼女は言い合いを続け、ようやく出た答え、それは……。
「いやだわぁ~。ンァッツンィンルァンツィンィよ~」
「雨か? 雨やろ? 流石に分かるわ、雨やろ?」
彼女とエミコは日が上る少し前、空が少し色づき出す筈の時間、大雨が降りしきる中、雨音だけがあちらこちら様々な所から鳴り、響いている住宅街を彼女が最後を迎えた彼女の家へと向かって歩いていた。
「二週間か……」
「そう、二週間よ。二週間経ったら貴女はまた、元に戻るわ」
「そうか。……しっかし、なんでまた二週間なん?」
「それは、またその為に書類を作るからよぉ、やだわぁ」
「どちらにせよ書類いるんかいっ。……じゃあ、死んでても一緒やったんちゃうん?」
「それは違うわよ。生き返る方が書類二枚で済むの。やだわぁ」
「死んだいう方は?」
「57枚。やだわぁ~……ほんとやだわぁ」
話をしていると彼女のアパートの下へと着き、彼女とエミコは向かい合う。
「で? その、なんかせなあかんかったんやっけ?」
「やっだ、もう、サナァヴァヴィッチ! ……忘れちゃったのぉ? マザファッカねぇ、やだわぁ」
「おぉぉ、なんか物凄い、オバハンらしかぬ侮辱吐きよったで、こいつ」
「守るのは一つだけよ、いい? 貴女の小さいファッキン脳に焼き付けるのよ?」
「ファッキン言うな、ババア。国が違うかったら撃たれるぞ、さっきから」
エミコは彼女に微笑み穏やかに言う。
もう一度、恋をしなさい。
貴女に会いたいと思ってくれる素敵な男の子。
幽霊でもいいっていう子。
そんな素敵な子と今度こそ愛される素敵な恋をするの。
そうすれば……貴女が望めば、もう一度やり直せる。
「じゃ、あばよぉ~ね。ファッキューヴィッチよぉ~。ほふふふっ」
「いや、っざけんなババア! ほんま撃たれろお前、こら、おい!!」
雨音の合唱響く朝方。
この世の者ではない者とこの世の者では無くなった者同士の聞こえる者にしか聞こえない会話響く住宅街にて。
多分、雨が降るまで。 k.Dmen @Kdameo
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