◇相談箱◆ 「彼は面会を謝絶しております」という表現が、なんかおかしいのですが。
今回は、近況ノートに設置しました◇相談箱◆に、ゆうすけさんから相談事をいただきましたのでこちらで回答したいと思います。
<相談内容>
小説を読んでいたらこんな表現が出てきました。
「彼は面会を謝絶しております」
入院している患者さんに面会したいと病院のナースステーションに行ったら、そこにいた看護師に断られたという文脈なのですが。
なんかおかしいと私の感性が囁くのですが、違和感ありませんか?
「彼は面会謝絶です」で十分なのですが、丁寧に書くなら「彼は面会を謝絶しておられます」と書かないとすわりが悪いような。「面会を謝絶しております」だと病院が彼との面会を禁止しているみたいに聞こえる気がするのですが。
<回答>
敬語表現の問題ですね。
これは作者さんがどういう意図をもって、キャラクターの看護師に話をさせているのか、ということによるかと思います。
一つずつみていきましょう。
「彼は面会を謝絶しております」の「おります」は、丁重語です。
丁重語とは「自分または自分側の人物のものごとについて、相手(聞き手)に対して改まった気持ちを表す語」のことです。この考えが難しいな、と思う方は謙譲語と考えてもらって構いません(謙譲語の一種なので)。
つまり、この看護師は患者のことを自分側のことと捉えていて、話す相手に対して改まった気持ちを表している、ということになります。
会社などでは、こういうやり方は当たり前にしていますが、病院だとどこか変な感じがするかもしれまん。それは患者が病院側の人物としてよいのか、というところが曖昧であったり、否定的であるせいかと思います。しかしこれは「誤った使い方である」とはっきり言えません。
敬語は「話手が聞手に対して敬意を払う」という形が大体を占めています。そして「彼は面会を謝絶しております」と言っている状況が、看護師(話手)と聞手の近くに、彼(患者)は近くにいないものとして考えているのであれば、敬語の表現ととして成り立った形と言えます。
その一方で「面会したいとお願いしている人」が、仮に患者の家族の場合、「彼は面会を謝絶しております」は使い方としては少々疑問が生まれるかもしれません。
何故なら、家族と患者は同じレベルの人であり、看護師が患者の立場を低めてまで、家族を高める必要はありません。その場合はシンプルに、ゆうすけさんが仰ったような「彼は面会謝絶です」とか、「彼は面会を謝絶しています」という方が無難かなとは思います。
ただし「おります」には、「主語を低める趣は欠き、単に聞手に丁重に述べるだけ」という形もあります。「彼」を低めるべきものであるかどうかは、小説の中身が分からないので何とも言えませんが、「彼は面会を謝絶しております」だけを見る限り、看護師は聞手に対して丁重に述べようとしてこのような言い方になったのではないか、と捉えることができます。
それから、「彼は面会を謝絶しておられます」という言い換えを挙げて下さいましたが、この場合は尊敬語、つまり患者である「彼」を高めた言い方です。
患者の面会者が家族であれば、これを使うことによって、聞き手の敬意を結果的に高める効果も無きにしも非ずですが、もし彼(患者)が「聞手から見て高める対象と思われないような人物」である場合、聞手に対して失礼になってしまいます。
ちなみに、「おられる」という敬語表現自体について考えを述べますと、
私も使っていることが多々あるのですが、辞書等を調べてみると少しずつ掲載されてきてはいるものの、『岩波国語辞典』や『新明解国語辞典』などでは「おられる」の項目がなく、そもそも「おる」の語釈にも載っていませんでした。
よって、認めていない方々もいらっしゃることから、仮に作者が「彼は面会を謝絶しておられます」と書いたとしても、校正者(もしくは校閲者)によって直すかどうかの判断を作者に委ねられる可能性が大きいです。
もちろん、実際に使っている方も多くいらっしゃいます。
そのため今後一般的な使い方となって広まっていき、全ての辞書に掲載される可能性もあります。しかし、まだそこまで到達していないことを考慮すると、多くの人に読まれる文章に対しては、上記のことを重々理解した上で使用する必要があると思います。
では、どのような言い方が最も適切なのか、と仰られると回答に困ってしまうのですが、私なら「面会謝絶と伺っております」と致します。
説明は以上です。
敬語は調べると奥が深く、単純に割り切ることも難しいので、今できる説明はこれくらいでしょうか。今度『NIHONGO』の項目に少しずつ検索できる項目ができたらなと思っています。
ご質問ありがとうございました。
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