Episode1 「転がり落ち始める」

 原文が分からないように変えてあるが、とある作品で気になった表現である。


 ――トラックの荷台から、積み荷が斜面を転がり落ち始める。


 この中で「転がり落ち始める」という表現が妙に落ち着かないのは私だけだろうか。

 言いたいことは分かる。思うに、書き手は「荷台から積み荷が落ちそうで、落ちたらきっと転がるであろう状況が、始まろうとしている」という状態を、読者に想像させたいのだろう。

 しかし読み手としては、「転がり落ちる」もしくは「落ち始める」のどちらかを選択した方がすっきりするように思うが……。

 何はともあれ、まずはいつも通り言葉を分解して意味を調べてみよう。(今回は辞書の中にある語釈の中で該当する部分だけ、抜粋し引用)


【転がる】『明鏡国語辞典 第三版』

❶ころころと回転しながら進む。

「ボールが転々と外野を転がる」

「坂道を転がり(=転げ)落ちる」

〔使い方〕速度を速めながら勢いよく進む意にもいう。


【転げ落ちる】『新明解国語辞典 第八版』

 転がりながら落下する。


【転がり落ちる】『大辞林 4.0 』

①回転して下におちる。ころげおちる。

②高い地位にあった人が、その地位を失う。


 ここまでで「転がり落ちる」ということがどういう意味なのか分かったのではないだろうか。次に、「始める」について調べてみよう。


【始める】『明鏡国語辞典 第三版』

2、《動詞の連用形に付いて複合動詞を作る》その動作が行われ出す意を表す。


【始める】『新明解国語辞典 第八版』

[「動詞連用形+――」の形で、接尾語的に]その行動に着手した(状態に移った)ことが認められることを表わす。


 これを読むと「始める」には、「動詞の連用形に付いて複合動詞を作り」、「その動作が行われ出す」意味があることが分かる。

 ということはこの「始める」はどちらの意味の始まりを表わしているのか、ということが疑問になってくるが、『明鏡国語辞典』『新明解国語辞典』どちらの内容を読む限り、一つ前に付いている動詞連用形にかかっているように思う。

 ということは、「転がり落ち始める」は「転がり」「落ち始める」という具合で分解することが出来そうだ。


 しかし、こう考えてしまうと積み荷の動きが変になってしまわないだろうか。


 「転がり」「落ち始める」という分け方をすると、「転がる」ことが先に来てしまう。ということは「トラックの荷台から、積み荷が斜面を転がり落ち始める」という文は、すでに「積み荷が荷台から出て斜面を転がっている」ことになる。

 「斜面を転がっている」ということは「下の方に落ちて行っている」ということになるので、「始まる」必要はないように思うし、百歩譲って「荷台から落ちる」ことだったとしても、積み荷はすでに「転がっている」状態なので、やはり「始まる」が不要に思えてくる。

 それともやはり「転がり落ちる」と「始める」という組み合わせとして成り立つのか。悩ましい……。


 私としては「転がり落ちる」だけで、積み荷がそこから落ちていくさまが想像できるのだが、皆さんはいかがだろうか。今回は上手く結論が出ない内容になってしまって申し訳ない。何か分かれば、そのときにまた改めて説明が出来ればと思うが、今のところはこれが精いっぱいである。

 消化不良になってしまったお詫びに、一応私が書き替えた例文を下記に書き記しておくとする。


 ――トラックの荷台から積み荷が落ち、斜面を転がり始める。


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