第2話 夕焼けの交換

 私の瞳は彼女と話しているうちに気がついたら渇き切っていた。その後も住んでいる所は何処なのかとか、他愛もない話をしているうちに自然と帰りを一緒にする事になった。偶然にも、私と彼女は家が近所だった。

 「いやー。まさか、私らの家が結構、近所だったなんてね。その割に登下校とかで見た事ないし、この一本道だって家まで結構、遠回りじゃない?」

 それは、そうだ。わざわざクラスの子たちと一緒にならないように遠回りして帰ってたんだから。

 「それは、ここの景色を見たら落ち着くから、です。」

 なんでだろう。発した事に嘘はないけれど、本当の理由はそうじゃない。でも、出会ってから数十分の子にそんなことを言うのも気が引けていた。

 「そうなんだ。確かに良いよね。ここ。季節が変わったら、ここもガラッと景色変わるもんね。」

 それを聞いた私は、口角が少し上がった。自分と同じように感じてくれる人がいる事がシンプルに嬉しかった。

 「あ!今、笑った!なんだ、笑えるんじゃん!さっきから話してても下向いたまま表情変わらないから、ちょっと不気味だったよ。」

 彼女から言われた不気味という言葉。散々言われてきた言葉だったが、不思議と彼女の表情と言い方からはあまり嫌な感じはしない。

 「ごめんなさい!ごめんなさい!私、笑うとか、表情を人に見せる事が苦手で。苗木さんに不快を与えてしまったら、すみません。」

 彼女は慌てまくる私の話を聞いて、笑いながら言った。

 「あんた、謝りすぎ!ウケる!そんなんで、不快にならないし。てか、敬語辞めなよ。タメなんだし。名前も苗木さんじゃなくて、蜜葉でいいよ。私も、芽衣っ呼ぶからさ。いい?」

 「はい!わかりました。蜜葉さん。」

 「だから、敬語は無しだって。なんか壁あるみたいで嫌だ。」

 「ごめんなさい。あっ!ごめん。蜜葉。」

 同い年となんか小学校以来まともに口を聞いてこなかった私はいつの間にか敬語で話すのが癖になっていた。なんか、話しづらい。

 「そうそう。ぎこちないけど、そんな感じでいいよ!よろしくね。芽衣。」

 蜜葉の独特な雰囲気と優しさに私は、この時、感謝と同時に憧れを抱いた。こんな女性に私もなりたいと。

 そんなこんな歩いていると、あっという間に家の近くの十字路まで来ていた。こんなに時間が短く感じる帰り道は初めてだ。

 「じゃあ、私は、ここ、もう少し歩いたとこだから。」

 蜜葉はそう言うと手を振って、歩き出した。

 私も手を振り、十字路を曲がり、家に向かい歩き出した。

 楽しかった。まだ話していたかったな。

 そう、思いながら歩き続ける私だったが、急いで、十字路に走り戻る。

 角を曲がろうとすると、蜜葉も同時に走り出してきて、身体がぶつかり、二人して尻もちをついた。

 「イタタッ。あれ、芽衣!どうしたの。」

 私は、立ち上がり、まだ座り込んでいる蜜葉に手を伸ばし、引いた。

 「あの、良かったら、連絡先交換しない?」私は、細々とした声で聞いた。

 その時、近くを大きなトラックが通り過ぎて行った。

 蜜葉は、私を見て、「ごめん。なんか言った?さっきのトラックのせいで聞えなかった。」

 私の細々しい声と小さな勇気は、トラックの大きな走行音で見事に掻き消され

ていった。 

 「ううん!なんでもない。じゃあ、私は帰るね。じゃあ。」

 恥ずかしかった。それ以上に同い年の子から連絡先すら聞けない自分に情けなさを感じた。私は、すぐその場から消えたく、足速に去ろうとした。

 「ちょっと待って!!」

 五〇メートルくらい後ろから、蜜葉が走り追いかけてきた。

 「はぁはぁ。。芽衣。携帯持ってる?」蜜葉は激しく息を切らしながら聞いてきた。

 私は、蜜葉の方を振り向き、「うん。持ってるけど。というか、息切れすごいけど大丈夫?」

 「はぁはぁ。うん。大丈夫。ちょっと運動苦手なんだ。それより、連絡先交換しよ!」蜜葉は、彼女の後ろに浮かぶ夕焼けよりも輝く表情を見せた。

 私がさっき諦めたことを蜜葉は息を上げながら難なくやってみせた。

 「ダメだったかな?」蜜葉の不安がる顔が見えた。

 「ううん!ぜwぜwだいひょうぶ。あっ!!」

 蜜葉の不安の顔は一瞬にして、笑顔に変わった。「芽衣。噛み過ぎ!OKOK!全然大丈夫ね!ちゃんと伝わったよ。」

 私の真っ赤な顔をどうにか夕日で誤魔化せないものか。人は嬉し過ぎるとこうも口が回らなくなるものなのか。

 蜜葉は、持っていた鞄からスマホを取り出した。

 「はい。芽衣も携帯出して!」

 私は言われるがまま、スマホを取り出し、蜜葉に手渡した。

 「よし!はい。私の連絡先入れといたから後で承認しといて。」

 「あ、ありがとう。後で承認しとくね。」

 「うん!よろしく。後でメールするね!バイバイ。」

 そう言って蜜葉はまた、角を曲がり去っていった。

 私は、受け取ったスマホを見た。確かに蜜葉の連絡先が入っていた。アイコンが可愛いペンギンだった。見た目からは、想像できないな。私は、嬉しさのあまり数年ぶりに笑い走りながら帰った。

 


 携帯を持って初めて連絡先交換というものをした。

 たった一人だけど私には、生まれてこれまでで一番嬉しい出来事だった。。。



 

 

 

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ハル風散る桜の下で 福風 あぐり @kazumaxis

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