第17話

* * * *





「あー…………」


 婀娜として満ちた月光を浴びながら、大きめの岩に腰掛ける俺は脱力していた。


「もう、二年か・・・


 早いような、遅いような。

 感傷に浸りながら、腰に下げる無骨な剣の柄に手を添えながらぼけっと空を眺める。


 思い返される二年前の情景。

 ちょうど、変異種と呼ばれるオーガと戦い、包帯グルグル巻きにされながら全治三ヶ月という重症を負いながらも、ソフィアと交わした会話がまるで昨日の事のように思い出せる。



 ————……あのね、おじさんからは、ユリウスが村を出たいって言い出した時は————。


「親父には世話になりっぱなしだなぁ」


 —————二年だけ、村を出るのは待って欲しい。私が、生きる為の術をユリウスに可能な限り叩き込む。……その後であれば、村から出るなり好きにすれば良い。幾ら魔物を倒す力があるとはいえ、世間知らずの子供を送り出すわけにはいかない。……そう、伝えてくれって。


「あと三日でちょうど二年」


 律儀にきっかり二年を待つ気など、当初はこれっぽっちもなかった。

 だけど、野に放り出されても生きられるようにだ。生きる為に必要な最低限の学を身に付けさせて貰ったりだ。


 村を出て俺がちゃんと一人で生きられるようにと世話になるうち、せめてあの言伝を律儀に守ろう。そう、思うようになっていた。


「ソフィアは今頃何してるかな」



 あのオーガの一件以降、村にやってきた三人の冒険者————ロウ。リレア。そして、もう一人、ヨシュアはたびたび、村にやって来るようになっていた。


 そして、ちょうどひと月前か。

 偶々近くで用があったからといって村に寄った彼らが村から王都に帰る際、何を思ってか。

 ソフィアは俺より先に王都へ行っておくと言って彼らと共に王都へ一足先に向かっていた。


 だから、俺がソフィアと会ったのはひと月前が最後。


 俺が親父から二年待てと言われ、ならばあたしも待つと言っておきながら最後の最後になって意見を変えたソフィアの考えは分からないけれど、あいつにもあいつなりの考えがあるんだろう。


 そう自分を納得させて特に深くは考えないでいた。……いたんだけど、ふと、気になった。

 そのワケはきっと長年暮らした村を出る事に寂寥のような感情を俺が抱いてしまっているからなのかもしれない。それを、誤魔化すやり場を探していたからなのかもしれない。


「ま、俺も三日経てば王都に向かうし、どうせ分かるから今考えても仕方ないんだけどさ」


 そう言いながら俺は上に向けていた視線を戻し、ひょいと腰を下ろしていた岩から降りる。



 夜は魔物の世界。



 いくら魔物を倒せるとはいえ、夜はあまり外を出歩くものでないと親父からも常々言われていた。けど、今日はどうしてか外の風に当たりたい気分だった。


「戻るか」


 帰りが遅くなったとしても、今はもう二年前ほど心配されはしないだろうが、一応、心配される事には心配されるのでそろそろ戻るかと、俺は踵を返した。




 そして、歩く事十数分。





 明かりに照らされる村が俺の視界に映り込む。

 けれど、入り口付近でソフィアの父であり村長でもあるアレクさんと、親父の姿。


 加えて、見覚えのない二人が何やら口論でもしているのか、言葉を交わしていた。


 だが、明かりに照らされるアレクさんや親父の表情は険しく、あまり良い話でない事は一目瞭然であった。


「親父」

「……ユリウスか」


 彼らの下へと数十歩とかけて歩み寄り、そう言って声を掛けると、その場に居合わせた親父含む五名から一斉に視線を向けられた。


 親父達と言い合っていたのは抜き身の刃のような印象を受ける女性と、兵士と思しき身格好をした男性が二人。


「この人達は?」

「…………」


 一体誰なのかと。

 親父に尋ねるも、どうしてかそれに対する返答はやってこない。

 ただ、気まずそうに閉口するだけであった。


 ……一体どういう事なのだろうか。

 と、疑念に顔を顰める俺を見てなのか。

 親父ではなく、親父と向かい合っていた女性が代わりに口を開いてくれていた。


「申し遅れました。私は、ビエラ・アイルバーク。この二人は私の供回りです」


 ……親父から聞いている。

 名とは別に家名を持ち、名乗る人間は決まって


「……貴族様でしたか・・・・


 貴族であると。


 王都にて使う機会があるだろうからと言われ、叩き込まれた慣れない敬語を使いながら、俺はどうしてアレクさんと親父があまり良い顔をしていなかったのか。

 そのワケを悟った。


「貴族様がこんな辺鄙な村に、何の御用でしょうか」


 親父は下手に口を開くなと俺を睨みつけていたが、恐らく先程まで話は平行線だったのだろう。


 どうせ俺は三日後には村を出ていく人間。

 親父からは貴族は総じて短気であると聞いている。どうせ怒りを買うのならば、村を出る俺が適任であると、そう思ったが故の問い掛けであった。


「端的に言わせて頂くと、私達は徴兵の旨を知らせに村を回っております」

「……徴兵?」


 あまり聴き慣れない言葉に俺は耳を疑った。


「厳密に言うならば人手が足りない、でしょうか。魔物の討伐の為の人手を必要としているのでここではあえて『徴兵』と言わせて頂きました」


 起伏のない声音。

 先程から俺の鼓膜を揺らす声には一切の感情は込められておらず、人形が人の代わりに声を発しているのではないのか。

 そんな奇妙な錯覚に襲われた。


「……それはつまり、冒険者や王都にいる兵士達では手に負えない問題が発生している、という事なのでしょうか」


 そもそも、村で暮らす人間が一人、二人加わったところで焼け石に水もいいとこだ。

 俺が言うのも何だが、恐らく何も変わりやしない。


 なのに目の前の女性は村を回っていると言う。


 ……おかしな話もあったものだ。

 そう、思った。


「上からの指示ですので、これ以上は私の口からは何とも言えません。ですが、これは既に決定事項となります。村から最低でも一人、人手を出して頂きたく」

「そういう事でしたら、俺が向かいさえすれば事は済みますよね」

「此方の要求は最低でも村から一人、人手を出して頂く事。たとえそれが誰であれ、人手であるならば問題はありません。上からの命令は人手を出せ、との事でしたから」

「お、ぃッ!! ユリウス!! 勝手に話を進めるなっ!!!」


 親父が俺の手を掴む。

 余計な真似をするんじゃないと、向けられる視線が口程にモノを言っていた。


「……これはお前が首を突っ込んでいい話じゃない」


 特に————と、能面のようにピクリとも表情を変えないビエラと名乗った女性をほんの一瞬だけ見遣ってから、親父は言葉を続ける。


 〝戦姫・・〟が絡んでるなら尚更、何があろうとお前を送り出すわけにはいかない。

 すぐ側にいる俺にすら殆どまともに聞こえない声量で親父はひとりごちた。


 ……〝戦姫〟とは、恐らくビエラ・アイルバークと名乗った彼女の事なのだろう。

 彼女の纏う雰囲気から、筆舌に尽くし難い不気味さを感じていた俺だけれど、その大層な名にだけはほんの少しだけ親近感がわいた。


 『星斬り』というこれまた負けず劣らず大層な名を掲げる俺と良い勝負なのでは無いだろうか。

 そんなどうでもいい感想が不意に浮かび上がった。


「何にせよ、ユリウスは一度家に帰れ。繰り返すが、こればかりはお前を関わらせるワケにはいかない」


 そしてどういうワケか。

 親父やアレクさんはこの件について俺を関わらせる気はないらしい。

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星斬りの剣士 遥月 @alto0278

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