第4話


 〝魔導〟と〝魔法〟の違いというものは言ってしまえば単純明快で、〝魔法陣〟を使うか、使わないか。

 加えて、〝マナ〟を使うか〝魔力〟を使うか。

 その二点だけであった。


 そして、〝魔導〟を扱う際に必要となる〝マナ〟は、〝魔法〟を扱う際に要する〝魔力〟とは根本的に異なるようで、基本的に私がどれだけ〝魔導〟を使ったところでバレはしない。


 だから、それを良い事に私は不幸らしきものは先んじて全て圧倒的な〝魔導〟の力に物を言わせて蹴散らしながら日々を過ごしていた。


 それ故に、魔物と呼ばれる害獣が突然襲ってくる。などという不幸は一度として起こってはいないものの、ある日偶然、屋敷のすぐ側に魔物の死骸が転がっていた。なんて事は既に二回ほどあり、そのせいか、ウェルからは懐疑的な視線で見られるようになってしまった。


『きっと、魔物がドジを踏んだんでしょう。不幸というより、幸運の持ち主かもしれませんね、ウェルさんは』


 などと言った直後に、白々しいと言わんばかりの視線を向けられた事はまだ記憶に新しい。


 でも、心なしか、そんなやり取りを私とする彼は、少しだけ嬉しそうだった。


 お忍びで外に出た際も、偶然、盗賊らしき集団が魔法を撃ち込まれでもしたのか。

 傷だらけで気絶していたりと、『大魔導師』と呼ばれていた頃に培った力を遺憾なく発揮してやっていた事もあってか。

 

 あの時の夜の出来事からひと月経過した今でも、私は変わらず、メフィスト公爵家の屋敷にてお世話になっていた。


 

 そして、ウェルの従者としてそれなりに板についてきたある日の事。


「……精霊の祝福、ですか」


 教会へ、祝福を受けにいく。

 だから、付き添ってくれと話を切り出したウェルの一言に、私は首を傾げた。


「祝福を受けに行かれてなかったんですか?」


 一番初めに浮かんだ疑問を言葉に変える。


 この世界では、十六歳を迎えると、教会に出向いて精霊の祝福を受けるというしきたりが存在していた。

 基本的に、祝福を受けたからといって何かが変わるというわけではないけれど、多くの精霊に祝福された者は、精霊の寵愛を受ける者として幸せが訪れる。という黒髪とは正反対の噂は多くの人間が知るところであった。


「……どうせ、散々な結果になると思って受けには行かなかったんだ」


 だったら、受けに行かない方がいい。

 それがウェルの考えであったが故に、祝福を受けにいっていなかったのだと言う。

 ……ただ。


「……けど、お前を見てると、そう思う事が馬鹿らしく思えてな。今更ではあるが、受けに行くのも悪くないかと思った。それだけだ」


 私を見ていると、というと、黒髪だから不幸を呼ぶなんて事はあり得ないと言い続ける姿勢の事だろうか。


「何より、黒髪は不幸を呼ぶ。その噂は、嘘っぱちなんだろう?」


 私に確認するように、言葉が投げ掛けられる。

 それは、このひと月、私が耳にタコが出来るほど言い続けてきた言葉であった。


「それに、たとえ悲惨な結果でも、お前が〝証明〟を続けてくれるんだろう?」


 ————こんな俺の、従者でいてくれるんだろう?


「それは、もちろん」


 そう、言われた気がして、笑みを浮かべながら、当然だと伝えるべく首肯を一つ。


「だったら、俺はどうなろうと気にしない」


 まだ、ひと月程度の付き合いでしかなかったけれど、そう思ってくれる事は素直に嬉しくて。


 だけど、もし、精霊の祝福で良い結果に恵まれたならば、黒髪が不幸を呼ぶという噂は嘘っぱちだったのだと紛れもなく証明される事になる。


 そうなれば、私はお役御免になるかもしれない。なにせ元々、ウェルの従者は私ではなく姉のブレンダの役目であった。

 だから、何も問題がなければそこで私は実家に戻る事になるやもしれない。


 そう思うと、少しだけ寂しく思う。

 ただ、それがウェルにとって最善なのだから、それを願ってあげなくちゃと思いつつ、私はいつもと変わらない笑みを浮かべた。




 そして、半日ほどの時間を掛けてたどり着いた教会にて、その日、かつて無いほどの激震が走る事になった。


 一体、もしくは二体の精霊から祝福される事が普通であり、三体以上ともなれば、稀有な子として。歴史を遡っても、十体の精霊から祝福された者がいると言う伝承が一応、残っているだけ。


 だからこそ、目算、二十は下らない数の精霊から、今しがた祝福を受けているウェルの姿は異常に過ぎた。故に、腰を抜かす神父さんのその態度も、仕方がないものと思われた。


 そして、色鮮やかなピクシーのような精霊達。

 そのうちの一体が、不意に口を開いた。



『……どうやら、随分と迷惑を掛けてしまっていたらしいな』


 開口一番の一言は、謝罪の言葉であった。


『黒髪は、精霊の寵愛を受ける人間の象徴。ただ、そのせいで黒髪の人間は、魔物から狙われるような事が多くなってしまう』


 精霊と魔物は正反対の存在。

 それ故に、精霊の寵愛を受ける者ともなると、魔物からも必然、狙われる事が多くなってしまうと精霊は言う。


『そのせいで、黒髪は不幸を呼ぶ。などと言われるようになってしまった。……随分と迷惑をかけてしまった』


 黒髪という事実一つで、迫害をされるこの世界。

 だから、幼い頃に黒髪であるからと捨てられる事もあれば、こうして精霊の祝福をまともに受けられない事はザラだったのだろう。

 何より、魔物に狙われるのであれば、十六歳の祝福の時を待たずして命を落とすケースだって多かった筈だ。


 そして、その連鎖が重なり続けた結果、黒髪は不幸を呼ぶ。などという噂が出来上がったと。

 傍迷惑なものだと、心底思った。


 でも、そこまで申し訳なさそうに言われては、責めるに責められなかったのだろう。

 謝罪をされているウェル自身、声を荒げて不満を口にする、といった事をする様子は見受けられなかった。


『そこの少女』

「……えっ、と、私、ですか?」

『そうだ』


 言葉を口にしていた精霊は、何を思ってか、私を呼んだ。

 そして程なく、


『感謝する』


 言葉は、それだけ。

 でも、碧色の髪の隙間から覗く瞳は、私の内心まで見通しているのでは。

 思わずそんな感想を抱いてしまう程に、異様に澄んでいて。

 もしかすると、眼前の精霊は、私が『魔導師』である事に気が付いているのやもしれない。


 少しだけ、精霊の瞳に空恐ろしいものを感じながらも私は視線を外し、彼らに背を向けた。


「私は、何もしてませんよ。私はただ、付き添っていただけです。家のしきたりに従って、従者を務めていた。ただそれだけです」


 だから、礼を言われる謂れはない。

 そう言ってやると、小さく笑われた。


 きっと、これで黒髪の誤解もゆっくりと解けていく事だろう。

 だからたぶん、私はもう必要ないかな、とか思った瞬間。


「ミア」


 精霊と会話するのに、無関係の私がいるとまずいかなと思って、そのままその場を後にしようとした私に、ウェルが声を掛けてくる。


 鼓膜に入り込んできたその一言は、いつの間にか呼んでくれるようになっていた私の名前。


「お前には、感謝してる。多分、お前がいなければ、俺はこうして祝福を受けにやってくる事はなかった。きっと、お前がいなければ今も部屋に篭っていたと思う」


 まだ一ヶ月程度の付き合いだけど、ここまで信頼してくれている事は、本心から嬉しく思う。


「あの時の約束、覚えてるか」


 持ち出されたその言葉は、きっとあの時の夜の事。交わした約束についてだ。

 私は、肩越しに振り返りつつ、返事をする。


「もちろん、覚えてますよ」

「期間は、俺が決めて良い事になっていた筈だ。そして、その間は、お前が俺の側にいると」

「…………」


 一度でも不幸が降り掛かれば出ていくから。

 だからそれまでは側に置いてくれ。


 そんな意味合いで口にした約束だった。

 言葉もあの時、私が口にしたものそのもの。

 なのにどうして、ウェルが繰り返したその言葉に、私は違和感を覚えるのだろうか。


 字面は同じだ。

 どこまでも同じ。それは間違いない。

 でも。


「だから、俺の側から離れる事は、まだ、、認めない。認められない」


 その言葉には、私がウェルと初めて会話した際、出て行ってくれと口にしていた頃のような感情が込められていた。

 それ即ち————『懇願』に似た何か。


「俺は、ミアがいい。側にいてくれる奴は、お前がいい。お前じゃなきゃ、俺はいやだ」


 頭の整理が満足についていない私に、追い討ちをかけるように言葉が続く。


 それはまるで、この未来が訪れたならば、私がウェルの側にいる理由もなくなるんじゃないか。

 事前に私がそう考えていた事を知っていたかのような言い草であった。


 向けてくる震えた瞳は、言い放たれた言葉に対する返事を待ち望んでいて。


「俺の前から、いなくならないでくれ」


 声は、明らかにソレと分かるほどに震えていた。

 やっとの思いで、どうにか絞り出したのだと分かるものだった。


 だから、そんな状態にしてまで言わせてしまった事に対して申し訳なさを感じつつ、踵を返して教会を後にしようとしていた足を止める。


 正直なところ、どうにかして私が側にいてやろうとする為の約束だったから、そんな用途で使われるとは思っても見なくて。

 だけど。


「約束、ですからね。勝手にいなくなったりは、しませんよ。なにせ私は、ウェルさんの従者ですから」


 どんな理由であれ、一度口にした約束を反故にするほど私も人でなしではない。

 実家の事については……少し、リルレアさまとかと話し合わなくちゃいけないかもしれないけど。


「あの、一緒にいても良いですか」


 ウェルから視線を逸らし、少し前まで話をしていた精霊に声を掛ける。


『構わない』

「ありがとうございます」


 一緒にいる事はまずいかなって思ってたけど、どうにも杞憂だったらしい。

 もしかすると、先のウェルの反応があったから、許可をしてくれたのかもしれないけれど。


「……あと、ひとつだけ、良いですか」


 精霊に向かって、話し掛ける。

 彼らとお話をする機会なんてものは、きっとこれから先も殆どないだろうから、思い残しがないように言いたい事はダメ元でも言っておく事にした。


「ウェルには、うんと凄い祝福してあげて下さい。誰もが羨むような、そんな祝福を」


 精霊の祝福がどんなものかは知らない。

 一度目の人生は、そんなもの存在すらしていなかったし、二度目の人生ではまだ私は年齢の関係上、精霊の祝福というものを受けていない。


 でも、決して悪いものではないと聞いている。

 だから、それ故の発言だった。


『言われずとも。なんなら、一年早いがお前も一緒に祝福してやろう』



 そこに、一緒に並べ。

 あぁ、そうだ。手でも繋ぐと尚良いな。



 何故かしたり顔で、楽しそうにそんな事を言う精霊の言に従い、その場の流れで私も精霊の祝福を一年早く受ける事になってしまった。

 側にいたウェルが少しだけ嬉しそうな、ただ、どこか申し訳なさそうな複雑な表情を浮かべていたのが気掛かりだったけれど、精霊の祝福は恙なく終わりを迎えた。


 そして、半日ほどの時間をまた掛けて教会からメフィスト公爵家の屋敷へと私達は帰って来ていた。



「————精霊の祝福を二人一緒に受けた? あらあら、仲が良いのね。……あれ。でも、二人一緒に精霊の祝福って、それってまるで結こ————」

「母上は、余計な事を言わないでくれ」


 帰って来て早々、教会であった事を出迎えてくれたリルレアさまに話すと、どうしてか。

 ウェルが途中でリルレアさまの発言を強引に寸断していた。


 何を言っていたのかは気になるところだったけれど、私がメフィスト公爵家に来た頃とは打って変わって明るくなったウェルの様子を見ているとそんな事はどうでも良く思えてしまって。


 心底楽しそうに笑うリルレアさまに倣うように、私もまた、一緒になって笑う事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

前世大魔導師と呼ばれた転生令嬢と、黒髪の公爵令息〜黒髪は不幸を呼ぶと言われる世界にて〜 遥月 @alto0278

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ