エピローグ

 一部の関係者以外誰も知らない”マジェンティアインシデント”の影響で、イドマホの入学式は一週間後改めて行われることになった。

 東氷に住む何百万もの人間の命を救ったカナセは、その疲れを癒やすためゆっくり休む……ようなタマでは無かった。


 火曜の午前八時、東氷都異戸川区に店を構える炒飯専門店〈魔炎軒〉。

 焦げたネギとゴマ油の香りが漂う厨房に、野太い怒号が響く。


「オマエ、魔法の天才っつったよなぁ⁉ やる気あんのかゴラァ‼」


 頭に白い手ぬぐいを巻き、店のロゴがプリントされた黒Tを着た店長、浅川ゴズイチが左手で巨大な鉄鍋を振るう度に、米やネギが美しく舞い踊る。

 紺色のパーカーを着た希崎カナセは彼のすぐ横に立ち、広げた右手を鍋の中の具材に向かってかざしながら叫ぶ。


「うっせぇ! いま出してやるから黙って見とけおっちゃん‼」


 カナセは両足を大きく広げて腰を落とし、左手で右手首を強く握りしめながら気合いを入れる。

 どこかで見たようなやり取り……だが、前回と大きく違うのは、カナセの左手首に輝く輪っか。

 そう、あのモンスターを倒した魔クセサリーは非常に高価なものだったのだが、人類を救った報酬としてカナセに贈呈されていた。


「希崎君、ファイトッ!」


 カウンター越しに、ユフミが笑顔をくれた。


「ホントだったら、私が魔法を覚えてパパの力になりたかったとこなんだけど……」

「良いじゃねーか。オレがいるんだから」


 カナセは炒飯に向けて右手を構えながら、男らしく言ってのけた。


「……えっ? そ、それってもしかしてプロポーズ……⁉


 ポッ、と頬を赤く染めるユフミ。


「はっ⁉ な、なぜ、そう取る⁇」

「えっ? 違うんだ……。遊ばれちゃった……」


 グスングスン、と涙ぐむユフミ。


「あーん? おい坊主、うちの娘をたぶらかしやがって、ただで済むと思うなよ? あーん⁇」


 ゴズイチは左手で鍋を振りながら、右手のお玉をカナセに向け、鬼の形相で睨み付けた。


「い、いや、だからそんなつもりは……!」


 焦るカナセ。


「……ということは、私の代わりにずっと炒飯魔法係やってくれるの? わーい!」


 ユフミの顔がパァァァァと明るくなり、キラキラの目でカナセを見つめてきた。


「ま、まあ、しゃーねーな。嫌いじゃ無いし」

「それって……」


 またもや、ポッ、と頬を染めるユフミ。


「いや……まあ、そうといえばそうだけど……ってか、ユフミってそんなキャラだったっけ……」


 戸惑いながらも一応肯定するカナセ。


「そうか。坊主、今日から俺をパパと呼んでいいぞ」


 ゴツい顔でニンマリと笑顔を作るゴズイチ。


「な、なんじゃそりゃ……って、もう、逆に面白いなそれ。そんじゃ、よろしくな、パパ」

「きもちわりーなおい。殴るぞ」


 本気で怪訝な表情を浮かべて、再びお玉を構えるゴズイチ。


「なんだよそれ! どっちだよ!」


 美味しい魔法炒め炒飯店の厨房が、ネギ油の香りと笑いに包まれた。

 結局、カナセとユフミがどうなるかは分からないが──。


「おい坊主、そろそろ仕上げだ!」

「よっしゃ! 行くぜ。業火の炎ですべてを燃やし尽くせ……モッファイ‼」


 十歳の誕生日に父から教えて貰った魔法の名前を叫ぶ。

 前回は、とろ火ほどの可愛らしい小さな炎しか出なかった。

 が、魔クセサリーにより魔力を解放した今のカナセはモノが違う。


 ゴォォォォォドゴォォォォォン!

 バァァァァァァァァン!

 ドガァァァァァァァン!


 文字通り、業火の炎は炒飯……だけでなく、店をまるごと燃やし尽くした。

 幸い、三人にケガは無し。

 だが、カナセは店の修復代として多額の弁償金を支払うことになり、その金を用意するために大事な魔クセサリーを売却。

 それでもギリギリ足りず、借金を背負う羽目に。

 それを聞きつけた麻生ラミカから「魔法を使った仕事ならいくらでもあるわよ」と声をかけられる。

 ショックが冷めやらず、落胆するカナセを「探偵面白そう! 私も一緒に頑張るよ!」とけなげに応援するユフミ。


「まあ、それはそれで面白いか!」


 と、元気を取り戻し、やる気をみなぎらせるカナセ。

 ついでに、もしもイドマホが無くなったらフツシと3人でやろうと話していた、〈魔法で何でも屋〉もやってやろうぜ、と意気込む。

 

 面白いか面白くないかを基準に生きる人生は、波瀾万丈必至。

 だが、楽しいことだけは間違いない。

 そして、カナセとユフミが今後どうなるかは……また別の話。

 ただ、現時点で間違いなく分かっていることがひとつ。

 それは……若き天才魔法使い希崎カナセは金が無い!

 ということ。

 以上! 完!


 

〈了〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

現代の若き天才魔法使い希崎カナセは金が無い~所持金38円でも魔法があれば何でもできる!~ ぽてゆき @hiroyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ