第38話 決着の時
巨大魔敷獣のバリアは破れた。
が、それは、魔敷獣が蓄積している膨大な魔法エネルギーが外に漏れることも意味する。
東氷が焼け野原と化すほどの超魔法攻撃発動まで残り57秒。
収まりきらない細かな魔法が雨のように降り注ぎ、ラミカ、ファルマ、ホノッポ、シュレン、そしてゴウバまでもが、マジェンティアタワー屋上の硬い地面に倒れ込んでしまった。
残り48秒。
戦える状態にいるのはもうカナセただ一人。
しかし、とてつもない強敵を倒すことができるのもまた、カナセだけ。
仲間たちが倒れていることにすら気付かないほど、限界を超えた集中力で魔力を溜め続ける。
残り39秒。
巨大魔敷獣の赤い輝きが、どんどん激しくなっていく。
負けじと、カナセ自身もほのかに白く輝き出す。
残り24秒。
カナセは、ほぼ無意識に、ブツブツと呟きだした。
「もうちょい……もうちょい……もうちょい……もうちょい……」
残り12秒。
「もうちょい……もうちょい……もうちょい……よっしゃ! 行くぞぉぉぉぉぉぉぉ!」
残り9秒。
魔敷獣に向かって雄叫びをあげるカナセの体が、強烈に光り輝く。
まるで幽体離脱したかのように、カナセの体からカナセの形をした魔法の光がボワンと飛び出し、巨大魔敷獣に向かって上昇する。
残り6秒。
それは幻想的で、光をまとった勇者が、その身を挺してモンスターを立ち向かっていくような光景。
残り1秒。
カナセの光が……恐ろしく巨大な魔敷獣の体を完全に貫いた──。
超絶攻撃発動寸前、真っ赤に燃えたぎり、僅かに膨張すらしていた魔敷獣の体から生命力が消え失せ、灰色に戻っていく。
どれほどの攻撃を加えてもびくともしなかったのに、ふいに吹き抜きた春の夜風によって所々にヒビが入り、瓦解し、サラサラと砂状になって霧散した。
カナセは、最後の魔法を放った姿のまま固まっていたが、見上げた夜空に敵の姿が無いことに気付くと、右手で小さくガッツポーズ、「よっしゃ」と小声で囁きながら、静かに地面に倒れ込んだ。
「……おい、カナセ起きろ。いい加減、目を覚ませ……」
閉じた瞼の向こうから、誰かの声が響くと同時に、体を軽く揺さぶられた。
「……ちょ……待ってくれよ母ちゃん、もう少し寝させてくれ……」
カナセは伸ばした右手を左に右に動かして抵抗する。
「……ねえ、希崎君、こんなとこで寝てたら風邪引くよ! ほら、みんなのヒーローなんだから!」
「……えっ? この声は……」
パッ、と瞼を開くと、目の前に居たのは……。
「ユフミ! ユフミじゃねーか! なんでオレんちにいんの?」
焦って立ち上がるカナセ。
だが、そこには壁も無ければ天井も無い。
「……あっ、そっか。オレ、ヤバいモンスターと戦ってて……」
もちろん、ここはマジェンティアタワーの屋上。
だが、ついさっきまでとは打って変わって、やたら色んな人が行き来している。
「なにが『母ちゃん』だ。ったく、あの化け物を倒した男とは思えんな」
伝説の魔略士、我堂ゴウバがあきれ顔で肩をすくめた。
「うっせぇ! って、オレ、倒したのか? 死ぬほど疲れて、まだ頭がボンヤリしてんだけど」
「ああ。間違いない。私は倒れながら、何とか見届けていたぞ。カナセ、お前の魔法があいつの体を貫くのをな。人類を救ったヒーローだ」
「そっか! やった! やったぜユフミ!」
無邪気に飛び跳ねるように喜びを露わにするカナセ。
「うん! 希崎君ならやってくれるって信じてたよ!」
ユフミも、まるで自分の事のように喜んでくれている。
「ってか、なんでここにいんの? 逃げたんじゃ無かったのか?」
「それは……希崎君が心配で仕方なくて。フツシ君と一緒に、『ここで待ってよう!』って。タワーの裏口のあたりに隠れてたの。あっ、そしたら、ホノッポちゃんが突然やってきて!」
「おお! そういや、ホノッポのやつここに来たぞ! しかも、めちゃくちゃすげぇ魔法を……って、フツシ!」
カナセは、屋上の出入り口のあたりでキョロキョロしている仲間の姿を見つけ、「こっちこっち!」と手招きした。
フツシがホッとしたような顔を浮かべながら、カナセたち方に駆け寄ってくる。
「カナセ君! 生きてた! 生きてたんだ! もう、誰に聞いても『よく分からなくて』とか言われるし。ユフミちゃんともはぐれちゃうし」
「ごめん! 矢島君こそ、『こんな施設に入れる機会は滅多にないから、じっくり見学しておかないと……』とか言って、エレベーターで急に途中の階で降りたりするから」
ユフミからの反撃に、「あっ、そ、それは……」とドギマギするフツシ。
カナセとユフミ、それにゴウバも笑い出す。
「あっ、そうだ。フツシって魔略士志望なんだよな?」
「えっ? ま、まあそうだけど……」
「ほら、このオッサン。オレの親父とパーティー組んでた魔略士だって」
「あっ、それはどうも……って、えーっ⁉ も、も、もしかして、ミレオリアインシデントで大活躍した、伝説の魔略士……⁉」
フツシは我堂ゴウバの存在に気付き、目玉が飛び出しそうなほど目を大きく見開いた。
「そうだ。その伝説の魔略士だよ」
我堂ゴウバはまんざらでも無い様子。
カナセからはオッサン呼ばわりされ、久しぶりに尊敬の念で見られて嬉しかったのだろう。
「と、というか、イドマホの学長さんの名字が”我堂”って聞いてて、もしかしたらと思ってたんだけど、まさかまさか、本当に我堂ゴウバ氏本人だったとは……あ、握手してください!」
「もちろん。もちろんだよ、矢島フツシ君」
「ありがとうございます! 僕、この春からイドマホに入学するんです!」
「ああ、知ってるよ。ただ、晴れの日が、こんなことになってしまって申し訳ないね」
すっかり学長の立場に戻った我堂ゴウバは、フツシだけでなく、カナセとユフミに対しても軽く頭を下げた。
「とんでもない! ねえ、カナセ君、ユフミちゃん! 直接こうしてお話させて頂けただけで満足です! その上、入学するなんて滅相も無い。これでもう、何の悔いも無い──」
「おいおい、そりゃねーだろフツシ。オレはちゃんとイドマホに入って、腐るほどやりたいことあるんだからよ!」
「うん、私も! ……でも、こんなことが起きてしまったら、学校はしばらくお休み状態になってしまうんでしょうか……」
ユフミは悲しげな眼差しで、我堂ゴウバを見た。
「そんなことはない。結果的にイドマホの校舎に大きな損害があったわけでもなく、学長の私も無事で、君たちも無事。学校運営を休止する理由が何一つ見当たらないじゃないか」
「そ、それじゃ……?」
「ああ、事務的な処理を済まさなければいけないから、明日すぐに……とは言えないが、少なくとも一週間後にはきちんと学校を再開するつもりだ。もちろん、中断せざるをえなかった入学式も仕切り直しでな」
他でもない、学長である我堂ゴウバの説得力は格が違う。
カナセたちは「よっしゃー!」「やったー!」「わーい!」と大喜び。
わぁわぁわぁ、と抱き合って喜んだ。
「私、今回全然力になれなくて悔しかったから、イドマホで頑張って勉強して、絶対魔法が使えるようになる!」
ユフミの決意表明。
「僕は……まさか、学長さんが伝説の魔略士だったとかもう、それだけで……」
「良いのか? 矢島君」
「えっ?」
「希崎カナセという天才の相棒になるのであれば、並大抵の学習ではすぐに置いていかれるぞ。もし良ければ、この私が直々に魔略士とはなんたるかを、教えてやってもいいのだが……」
「えーっ⁉ そ、そ、そんなの恐れ多い……いや、ぜひぜひよろしくお願いします! お願いします、お願いします!!」
フツシは壊れたロボットのように、ゴウバに向かって何度も何度も頭を下げ続けた。
「分かった分かった! 頼むからもうやめてくれ」
本気で困るゴウバ。
ユフミがクスクス笑う隣で……。
「あっ、そう言えば、ラミカの姿が見当たらねーけど?」
カナセは、キョロキョロ顔を動かして屋上を見渡したが、どこにも見当たらない。
「あと、伊吹ファルマも、ホノッポも! なんかよく分からない探偵のヤツも……」
「麻生ラミカ及び倉木シュレンに関しては、後始末があるとか何とか言って、どこかえ消えてしまったな。伊吹には私からイドマホの様子を確認して貰っているところだ。あのとんでもない魔法を使った猫は……いつの間にか居なくなってたようだ」
さすが魔略士だけあって、観察力と洞察力に長けたゴウバの的確な説明。
ついでに、イドマホの地下で見かけた”謎の魔法陣兵器”は、魔クセサリーを生成するために必要な素材を集めるための装置であることも教えてくれた。
「そっか。みんなと色々話したいことあるけど、まあこれからじっくりやってけばいっか。とにかく今は、うち(地下ダンジョン)に帰ってぐっすり眠りたい──」
と、その時。
カナセのスマホから受信音。
「こんなタイミングで一体なんだ? どうせスパム広告とか──」
面倒くさそうにスマホを取り出して、画面を見た瞬間、カナセの顔つきが変わった。
「えっ? 親父……?」
そう、メッセージの宛名は《クソオヤジ》。
つまり、希崎テイタツである。
「あっ、そういや、すっかり忘れてたな……」
と、本人が聞いたら泣いてしまいそうなセリフを吐きつつ、カナセは中身を確認した。
『やっほー、息子! 元気でやってるか?
愛しの父ちゃんは今、とある地下ダンジョンに潜伏なう!
ほら、めっちゃ命狙われまくってるみたいだからな。
そのついでに魔クセサリーの素材もバンバン集めてるから、もし”我堂ゴウバ”って人に会ったら、バンバン集めてることを伝えておいてくれ。
そんじゃな……って忘れてた。
母ちゃんも一緒だぞ。
新婚気分で、毎日アツアツだ。
楽しい……楽しいぞ……怖いくらい楽しいぞ……というわけで、またな息子!』
そのメッセージに続けて、ダンジョンの中でバカみたいに笑う父と母の自撮り写真が送られてきた。
それを見たカナセの顔は、まるであの魔物を倒した直後のように固まっていた。
「ん? 希崎君、『おやじ』って言ったよね? ってことは、お父さんから連絡来たの?」
ユフミが、興味津々でカナセのスマホをのぞき込もうとする。
「い、いや、全然。ただのスパム広告」
ごまかそうとするが、ユフミはのぞき込もうとし続ける。
「テイタツからか? 生きてるのか?」
ゴウバも、興味津々でのぞき込もうとする。
「お、おい、オッサンやめろって! 生きてる、生きてるから……!」
「あっ、カナセ君、やっぱり希崎テイタツさんからのメッセージだったんだ! すげえ、あの英雄からメッセージが届くとか。見せて見せて!」
フツシも、興味津々でのぞきこもうとする。
「うわっ、ちょっと、マジでやだから! これは……これだけは見せたくねーんだよぉぉぉぉ!」
カナセの本気の雄叫びが、東氷の夜空に響き渡る。
結果的に、今回の事件に起きる被害者は、ほぼゼロ(重辻ドルキラ除く)。
一歩間違えれば、その数は数百万、下手したら数千万規模、長期的に見ればさらに増えてた可能性を考えると、カナセは紛れもなくヒーロー、それも歴史に名を残すほどのスーパーヒーローであった。
……が、しかし。
この件が、外部に漏れることはなかった。
奇しくも、マジェンティアタワーが誇る強力な魔光学迷彩により、巨大魔敷獣が現れたことすら、誰の目にも触れなかったのだ。
ただ、これで真の平和が訪れたかと言ったら、必ずしもそうは言い切れない。
人類の歴史において、戦いが途絶えた試しが無いという事実が、それを証明している。
事実、重辻ドルキラはマジェンティアの”一幹部”に過ぎない。
仮に、今回をきっかけにマジェンティアが失墜したとしても、違う悪の組織が台頭してくることは十二分に考えられる。
だが、この世界、この時代には、魔法の天才であり、その力を正しいことに使える人間がいる。
しかも、その人間は若く、まだまだ成長し続けるだろう。
同じ時代に生まれてしまった悪党にとっては、少々やりずらい世界であることは間違いない……!
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