第37話 バリアを破れ!

「オレの全力、いけぇぇぇぇぇ!」


 ストレートな言葉同様、カナセの全属性を集約した魔法の塊が、上空のモンスター目がけて飛んでいく。

 あの重辻ドルキラを一撃で倒した攻撃よりもさらに強力だった……のだが。


 ヒュー……プシュン。


 モンスターを包み込む膜のようなバリアに触れた瞬間、カナセの魔法は消滅して夜の闇に散ってしまった。


「嘘だろ⁉ あの攻撃が効かないって……!」


 その隣で魔力を練り続けていたラミカも、全力の氷魔法を放つが、カナセ同様少しもダメージを与えることができなかった。

 うなだれるカナセ。

 魔クセサリーが無いときですら、自分の力を疑ったことがなかったが、ここまで太刀打ちできない経験は生まれて初めてと言っても過言では無い。

 タイムリミットは刻々と迫っているにもかかわらず、二の矢を放つ構えすら取ることが出来ずにいた。

 ……が、ラミカは機械のように、氷の魔法を練っては撃ち、練っては撃ちを繰り返している。

 バリアに阻まれようと、その動きをやめようとはしなかった。

 そして……。


「どうしたカナセ! お前が諦めるとか、らしくなさ過ぎるぞ! 私には分かる。お前の魔法は、あの時のテイタツよりも間違いなく強い!」


 ゴウバの熱い言葉。

 仮に、それが魔略士としてのテクニックだとしても、心に響かないわけが無かった。


「……ありがとうオッサン! 正直ダメかなって思っちまったけど、そんなのもう捨てた。何も考えずに攻撃しまくってやる!」


 そう言いながら、カナセは既に両手を上に構えていた。

 そして、魔法を練っては放ち、練っては放ちを繰り返す。

 ……が、結果はまったく変わらない。

 気合いだけでは乗り越えられない壁が、高々とそびえ立つ。


「……クッ、ダメか。カナセの全力魔法をあやつに直接当てさえすれば、絶対に倒すことができるはず……問題はバリア。もっと戦力となる者がいれば、その者たちでバリアを破壊し、カナセが最後の一撃を決める道筋ができるのだろうが……」


 ゴウバが、小声で囁いたその時。


 タッタッタッタッタ……非常階段の方から、誰かが駆け上がってくる足音。

 姿を現したのは……。


「ファルマ! なぜここに⁉」

「それは……申し訳ありません。学長のことがどうしても気になってしまい──」

「そんなのどうでも良い! 頼む、希崎カナセの力になってやってくれ!」


 ゴウバは早足で、この状況を教え子に伝えた。


「希崎カナセ、仲間は外に逃がしてやったから安心しろ」

「おー、ありがてぇ! やっぱ、良いやつだったんだな!」

「う、うるさい……!」


 喜ぶカナセに照れるファルマ。 

 さらに、他の足音。


「ニャーン!」


 その鳴き声に真っ先に反応したのはカナセであった。


「うわっ、ホノッポじゃねーか! 元気だったか⁉ って、なんでここに⁉」

「ニャーン、ニャーンニャーン!」


 カナセには分かった。

 ホノッポは、自分を助けに来てくれたのだと……!


 さらに、足音。

 姿を現したのは……謎の金髪ロン毛イケメン。

 ここに来て初登場の人物。

 ゴウバもファルマもカナセも、まったく心当たり無かったが……。


「シュレン所長! なんでここに⁉」


 唯一反応したのはラミカであった。


「ああ、大切なスタッフが中々帰ってこないからね……って、驚いた。あれは、ミレオリアインシデントの化け物じゃないか」


 ラミカが所属する探偵事務所の所長、シュレンという名のイケメンは、上空の魔敷獣を見て一瞬でその正体を見破った。


「シュレン……って、もしかして、倉木シュレンか?」


 ゴウバが思い出したように口にした。


「おっと、我堂ゴウバ氏では無いですか。初めまして。伝説の魔略士に会えるなんて光栄です」

「ああ、こんな所で会えるとは……などと言ってる場合じゃ無いぞ。説明は後。とにかく、あの少年の力になってくれ!」

「了解です。あのバリアを破れば良いんですね……って、高難度なんてもんじゃないな。あれは……そう、魔剣で一点突破しなければ無理じゃないかと」


 もの凄い眼力と洞察力を発揮するシュレン。

 その言葉に、カナセとゴウバ、そしてファルマが真っ先に反応した。

 

「どうやら、ここはボクの出番みたいだね」


 春の夜風に銀髪をなびかせながら、伊吹ファルマがカナセの元に駆け寄る。

 そして、両手で魔法を練ると、あっという間に自慢の氷魔剣を具現化させた。


「おっ、やるねキミ。素晴らしい魔剣だ。あのバリアにくさびを打つには十分過ぎる」


 シュレンが率直な感想を口にする。


「おお、さすがオレのライバル! やるじゃねーか!」


 カナセは無邪気に笑いながら、ファルマの背中をバンッと叩いた。

  

「か、勝手な事を言うんじゃ無い! というか時間も無いんだ、行くぞ!」


 ファルマは、右手に持った氷魔剣をやり投げ選手のように構えて、その切っ先を上空のモンスターに向けると、体のバネを活かして思いきり投げつけた。

 猛烈な勢いで飛んでいった氷魔剣は見事に命中!

 どれだけ魔法を打ち込んでもびくともしなかったオレンジ色の膜に、ビリビリといびつな形の亀裂が入った。


「いいぞファルマ! さすがイドマホのエース!」


 自分の事のように喜ぶゴウバ。

 しかし、すぐに顔を引き締め直し、


「カナセ以外の全員で、あの亀裂に魔法を撃ち込め! なんとしてもバリアを打ち破るのだ。カナセはとにかく魔力を溜め続けろ。トドメの一発はお前の魔力にかかってるぞ!」

「おう! 任せろってんだ!」


 カナセは腰を落とし、地面に向かって軽く広げた両手に全魔力を注ぎ始めた。

 亀裂に向かって最初に攻撃を仕掛けたのはラミカだったが、強力な氷魔法を持ってしても、変化を与えることができなかった。

 シュレンが駆け寄って加勢するが焼け石に水。


「あー、ミスった。こんなにも鈍ってしまっていたとは」


 肩をすくめる探偵事務所所長。

 ファルマは氷魔剣に全魔力……いや、限界を超えるほどの魔力を注いだ結果、地面に膝をついて今にも倒れそうになっている。

 そうなると、頼りになるのはもう──。


「ニャーン!」


 愛らしい白猫が、上空のモンスターを見上げて、勇ましく鳴いた。


「ネ……ネコ。これはさすがに厳しいか……」


 伝説の魔略士、ゴウバであってもさすがに諦めかけそうになったその時。


「ウウウウウウウ……」


 ネコ科特有のうなり声を上げながら、全身の毛を立たせるホノッポの体がキラキラと輝き出す。

 左半身が赤、右半身が青いオーラに包まれた瞬間。


「ニャァァァァァァァァァァァン!」


 雄叫びと共にホノッポが大ジャンプ!

 左前肢から魔法の火炎、右前肢から魔法の水が放たれた。

 さらに、ホノッポが自分の体を横回転させると、赤と青の魔法がらせん状に折り重なる。

 とどめとなる魔法攻撃に集中するカナセ以外の全員があっけにとられる中、ゴウバが何かに気付いたように口を開いた。


「あの魔法は……始祖魔法使いニーセが得意としていたものじゃないか……⁉」


 誰もが予想だにしなかった、超絶魔法。

 それを可愛らしい猫が放った衝撃は計り知れないが、それ以上に大きな結果となって現れた。


 ビリビリビリビリ……バァァァァァァン!


 巨大魔敷獣を包んでいた憎きバリアが弾け飛んだ。

 勝利は確実に近づいた……が、タイムリミット、残り1分。

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