第36話 最悪の敵

 まだ何一つ理解できず、呆然とするカナセに向かって、ゴウバが力強く語りかける。


「牢屋で私が話したことを覚えているか? ミレオリアインシデント。三十年前の大事件」

「……おう、もちろん。巨大な魔敷獣が現れて、無人島をぶっ壊したってやつ……だろ」

「そうだ。とてつもなく巨大で、凶悪な魔敷獣。それは、突発的に現れた……と、《思われている》」

「……えっ? 違うのか……?」

「分からない。ただ、”魔法陣を使って何者かが召喚した”という噂が流れたことがあってだな……」


 ゴウバのその言葉で、ラミカはもちろん、さすがのカナセでもピンと来た。


「もしかして……この魔法陣が……⁉」

「ああ。間違いない。あのドルキラが、命と引き換えにして発動させたんだからな」

「現代ではタブーとされている、生け贄式魔法陣。死へと誘う衝撃が強ければ強いほど、発動する魔力は指数関数的に増大する」


 珍しく饒舌なラミカ。

 何よりもその内容に、ゴウバが反応する。


「ラミカ……と言ったな。なぜそこまで詳しく知っている?」

「ちょっと興味があっただけ……。ミレオリアインシデントの直前に、ある偉大な魔道士が死んだことを聞いて……ね」


 意味深な会話をするふたり……の間に、カナセが割って入る。


「ちょっと待ってくれ! 話が飛びすぎてわけわかんねーどころの騒ぎじゃないんだけど! とにかくオレはどうすれば良いんだよ⁉」


 ドルキラというボスを倒して、てっきりヒーロー扱いされるかと思いきや、想像だにしなかった謎展開に、カナセの不満が爆発した。

 

「我堂ゴウバ、この子は直接的な言葉で言ってあげなきゃ」

「そうだな。ごめんよカナセ。難しい話をしてしまって。よしよし」

「うん、ありがとう……じゃねーよ! 子供扱いしてる暇があったら、とにかくこの状況を分かりやすく説明してくれっつーの!」


 どう考えても、そんな下らないやり取りをしている余裕は1ミリも無い。

 だが、カナセの持つ天真爛漫さというか、光の玉のように明るい性格が、緊迫感を良い意味で緩めていることは確かだった。

 彼の父、テイタツもそうであったように……。


「そう、一言で言えば、この魔法陣はミレオリアインシデントの巨大魔敷獣を──」


 と、ゴウバが分かりやすく説明しようとした途端。

 魔法陣から、サーチライトのような強烈な光が、夜空に向かって放たれた。

 まるで、新しい月が生まれたかのような円形の光は一気に収束し、そして……モンスターが現れた。

 遙か上空に浮かぶその巨躯の影は本物の満月の光を遮り、マジェンティアタワーの屋上を漆黒の闇に染める。


「で……でけぇ! なんじゃありゃ⁉」


 夜空を見上げて、唖然とするカナセにゴウバが一言。


「そういうことだ」


 難しい言葉など最初から必要無かった。

 その、圧倒的な大きさこそが何よりの答え。


「あれが、ミレオリアインシデントの巨大魔敷獣……」


 ラミカが呟く。

 その見た目の特徴は、ゲームなどでよく登場するドラゴンが一番近い。

 全体的に灰色で、ぶくぶくと太ったドラゴンの背中に、巨大なふたつの翼。

 さらに巨体の周囲には、半透明の薄い膜のようなものが球状に張られている。


「……いやいや、ちょっと待ってくれよ。なんだよあれ? デカすぎるなんてもんじゃねーぞ? 下手したら、このなんちゃらタワーよりデカいんじゃないか⁉」


 カナセの言葉は、決して大げさなどでは無かった。

 比喩ではなく、山のような大きさ。

 しかも、魔敷獣はさらに大きくなっていく……いや、カナセたちの居る場所に向かってゆっくりと落下してくる。


「押しつぶそうとしてる……ってことか⁉」


 カナセの予想を、ゴウバが「違う」とあっさり否定。


「そんなケチ臭いやり方をするわけがない。あの魔敷獣の攻撃は、蓄積全解放型。つまり、力を貯めてからとてつもない一発を繰り出してくる。そうだな……ここから見える景色、すべては焼け野原と化すだろう」


 ゴウバは、マジェンティアタワーの屋上から見える大都会東氷の美しい夜景に眼差しを向ける。


「回避する術は?」


 ラミカが冷静に問いかける。


「無い。倒さない限り、確実に攻撃を行う。ヤツの習性に関しては、誰よりも知っている自信がある。なぜなら、三十年前、実際に戦ったんだからな」


 その言葉のとおり、肌で体感しているゴウバの言葉は重みが違う。

 まさに落下を続けていた魔敷獣は、タワー上空数十メートルの距離まで来て、ピタッと動き止めた。

 そして、巨大な体を丸めると、微かに赤く輝きだす。


「おい、オッサン、もしかしてあれが……」

「そう。蓄積態勢に入ったな。三十年前に測った時は、平均して十分程度でフルチャージされる。そしたらもう終わり……ってわけだ」

「おいおい、ちょっと待ってくれよ! 本当にもう、何しても無駄だっていうのか?」

「だから言ったろ。倒す以外にない……ってな。それにカナセ、もっと大事なことを忘れてないか?」


 ゴウバに言われ、カナセは少し考えてからピンと来た。


「……そっか。前の時は結果的に勝ってるんだよな?」

「そう。しかも──」

「親父だ! オレの親父があいつを倒したんだ! だったら……オレにも出来ないわけがない!」


 カナセの目に、希望の光が灯った。


「やるしかねぇ。とにかく攻撃するしかねぇ‼ そうだろオッサン!」

「ああ。攻略法なんて無い。全力で攻撃して、勝つのみ、だ」

「オッケー。その方がシンプルでやりやすいぜ! よっしゃ、やってやるぜ‼」


 カナセは屋上の中央部分に移動し、上空を見上げた。

 綺麗な星空は、恐ろしいほど巨大なモンスターによってほとんど塞がれてしまっている。

 裏を返せば、それだけターゲットがデカい、ということだ。


「うおりゃぁぁぁぁぁぁ!」


 カナセは両手を大きく掲げると、自分が使えるあらゆる属性の魔法を手のひらから出していき、七色に光る巨大な玉を練り上げていく。


「私も加勢する!」


 ラミカがその隣に立ち、左手を添えた右手をモンスターに向けて高く伸ばした。

 全方位を焼け付くす破壊攻撃まであと……七分。

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