第35話 光の玉と罠
ラミカの知る限り、マジェンティアタワーは上層階に進むほど、セキュリティの厳重さが増していくという。
出口を目指すユフミたちは当然下層階に進む上、伊吹ファルマという頼れるボディガードもいることも考えれば、無事ミッションを成し遂げられるはず、とカナセは安心して送り出した。
「そんじゃオレたちは……って、やっぱり上か?」
カナセは、元マジェンティアのラミカにアドバイスを請う。
「ええ。このタワーの最上階が彼のプライベートルーム、ペントハウスになってるという噂を聞いたことがあるわ。もし逃げ込むとしたらそこしか考えられない」
「よっしゃ、そんじゃ決まりだな! とにかく上を目指そうぜ!」
二人揃って走り出す。
魔力に満ちたカナセの足取りはとてつもなく軽やかだったが、ラミカは涼しい顔でそのスピードに付いていく。
共通の目的に向かう二人の間には、ノーマルとニーセスの溝など微塵にも存在していなかった。
監視カメラや魔法陣感知器などでカナセたちの動きは筒抜けなのか、非常階段を上がっていく二人の元に、次から次へと科学的な武器や魔法を使う刺客が戦いを挑んできた。
しかし、全魔力を解放したカナセと、生まれながらにして氷魔法を極めるラミカの前では、切ないほど一瞬で蹴散らされていく。
「ちっ、手応えなさ過ぎて退屈なんだけど」
カナセは、階段を駆け上がりながらぼやいた。
「安心しなさい。あのドルキラが、このまま簡単に引き下がるわけないから」
「そりゃ楽しみだぜ……って、最上階着いたのかこれ?」
途切れた階段のすぐ横に、Rのプレートが貼られた扉。
「いえ、これってむしろ──」
ラミカが言いかけたその時。
ゴゴゴゴゴゴゴ──。
地鳴りのような轟音が押し寄せ、床が小刻みに揺れ始めた。
「ちょっ、なんだこれ?」
「わからない。とにかく行ってみましょう」
「お、おう」
カナセが扉を開けると、強い風が一気に吹き付けてきた。
そこは屋上。
空は闇に包まれていて、初めて今が夜だと知る。
そして、ドルキラが……居た。
いや、《浮いていた》と言った方が正しいだろう。
コンクリートの地面から離れること十数メートル。
茶色いローブをまとった重辻ドルキラが、ここへやってきたばかりの二人を見下ろしている。
「やっぱり来たな、クソガキ。それに裏切り者め」
カナセは、咄嗟に隣に立つラミカの方を見た。
が、一切動揺せず、いつもの涼しい眼差しで真っ直ぐドルキラを見上げるラミカの顔を見て、無駄な心配だったと気付く。
「よくも恥をかかせてくれたな。死ね! 死ね、死ね、死ね!」
直球過ぎる悪意の言葉と同じ数だけ、ドルキラの手のひらから黒い魔法の玉が放たれた。
身構えるカナセとラミカ……だが、漆黒の玉はどれもこれも屋上の地面に落下。
「おいジジイ! 下手くそ過ぎだろ!」
カナセが茶化すも、ドルキラの動きは止まらない。
「死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね‼」
ドンッ、ドンッ、ドンドンドンドンドンドンッ!
どす黒い魔法の玉が、次々とコンクリートの地面を
老いぼれたせいでコントロール出来なくなったのか……という風には見えなかった。
カナセが、得体の知れない違和感を覚え始めたその時。
誰かが非常階段を駆け上がってくる音。
それに気付いたカナセが後ろを振り向くと、ちょうどその誰かが姿を現した。
「──カナセ、来てたのか!」
「えっ? オッサン……⁉」
「おい希崎、余所見してるとやられるぞ!」
ラミカが釘を刺す。
「お、おう……って、よく分かんねーけど、オレがアイツを倒せば良いんだよな!」
カナセは余計な事を考えるのをやめて、原点に立ち返った。
重辻ドルキラの不気味な行動も、ムカつく言動も、全部ひとまとめにしてやっつけてしまえばいい。
その間も、飽きずに黒魔法を誰もいない屋上の地面に打ち込み続けているドルキラに向かって、カナセは両手をかざした。
魔法バトルにおいて、立ち位置に上下の差がある場合、圧倒的に有利なのは上に立つ者と言われている。
が、カナセにとってはそんなものすら関係無い。
みなぎる魔力をすべて注ぎ込めば、倒せない者などこの世には無い……そう言い切れるほど、自信に満ちあふれていた。
それは両手の間に、形となって現れる。
「うおぉぉぉぉぉ」
風船を膨らますように、気合いを注ぎ込んで光の玉を大きくしていく。
ただ大きいだけではない。
処刑場ホールで放った光の玉よりも密度が濃い上に、大きさは既に自分の体を上回っている。
「いいぞ希崎、そのままいけ!」
ラミカの想いも乗せて、カナセは光の玉に魔力を込めていく。
……が、しかし。
あとからやってきたゴウバだけ、なぜか浮かない顔をしている。
カナセもラミカもそれに気付かない。
「うおぉぉぉぉぉ」
腰を落として気合いを入れ続けるカナセ。
「ダメだカナセ。これはアイツの──クッ!」
ゴウバがカナセの肩に手を置いた瞬間、その手が強く弾かれた。
漏電ならぬ”漏魔現象”。
超集中状態に入ったカナセのは両手に集中してるつもりでも、知らず知らず体のそこかしこから魔力が漏れ出てしまっていたのだ。
その様子が間違いなく目に入っているにも関わらず、ドルキラは屋上の誰もいないスペースに魔法を撃ち続け、カナセの攻撃を避けようとする気配は一切無い。
カナセの光の玉は爆発寸前。
そしてついに──。
「これで終わりだぁぁぁ! てりゃぁぁぁぁぁぁ‼」
咆哮にも似た叫びと共に、カナセは全身の魔力ごと光の玉を上方に打ち出した。
狙いはもちろん、重辻ドラキラ。
特大サイズでなおかつ魔力密度の高い光属性の玉は、その大きさに見合わぬ猛スピードで飛んでいく。
「カナセ! もう手遅れだ。ラミカって子も、とにかくここから引き上げるぞ!」
ゴウバの声が、ようやくカナセの耳に届いた。
「な、なに言ってんだよオッサン! あれでもうオレの勝ちだぜ?」
ラミカも、ゴウバを横目に見ながらコクリと頷いた。
光の玉が、今にも悪の老兵を飲み込もうとする直前。
「……ハッハッハ! これでおしまいだ‼ よくやってくれたクソガキ。感謝するぞ! お前のバカげた力のおかげで、この愚かな世界を──」
意味深すぎる言葉を吐きすぎてながら……重辻ドルキラの体はカナセの魔法に飲み込まれた。
そして、そのまま重力に引かれて、マジェンティアタワーの屋上に落下。
「や……やったぞ! 倒したんだ‼」
無邪気に飛び跳ねるカナセ……の頭を、ゴウバが思いきり叩いた。
「いってぇっ! 何すんだよオッサン!」
そりゃそうだ。
悪の親玉を倒した直後、褒められこそすれ、殴られる意味が分からない。
「カナセ、お前と別れるとき、私は言ったな。『やることがある』って」
ゴウバは魔略士らしく、感情を押し殺すように語り出した。
「見つけたんだよ。アイツの私室で、これを」
ゴウバがジャケットの内側から取り出したのは、古びた本。
辞書のような分厚さで、黒い表紙には所々カビが生えている。
「な、なんなんだよ……それは……」
「魔導書……よね」
カナセに変わってラミカが答える。
「ご名答。これは、”ある魔物”を召喚するための方法が書かれた魔導書。ほら、見てみろ」
ゴウバが指さしたのは、ドルキラの攻撃によりデコボコになったコンクリートの地面。
その中央あたりに茶色いローブが落ちているのだが……。
「……えっ? アイツはどこに消えたんだ……⁉」
そう。
ローブだけが落ちていて、その《中身》が無い。
「まさか……生け贄……!」
ラミカがその言葉を口にした瞬間。
無機質な地面が生きているように波打ちはじめた。
さらに蒼白く光り輝き、何かの模様が浮かび上がっていく。
巨大すぎて、カナセたちの立っている場所からそれが何かを見分けることができないが、真上から見ればすぐに分かっただろう。
その光が、禍々しい魔法陣を描いていたことを……!
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