第34話 消せない炎

 ラミカ曰く、処刑ホールがあったのはマジェンティアタワーの44階。

 その数字にドルキラのイヤらしさが滲み出てるが、今はそんなのどうでも良い。

 カナセとゴウバが捕まっていた牢屋が41階で、フツシとユフミが捕まっているのは中層部29階の可能性が高いそうだ。

 カナセとラミカはホールの外に出て、非常階段を目指した。

 途中、武装した魔法使いが襲いかかってくるものの、覚醒したカナセが秒で一蹴。

 それほど時間をかけることなく、目的の29階にたどり着く。


「こっちよ」


 と、迷わず進むラミカに付いていくと、ついさっきまで自分が入れられていたのと同じような作りの牢屋にたどり着いた。

 そして……。


「フツシ! それに……ユフミ! おい、大丈夫か⁉」


 鉄格子の向こうに、念願の仲間の姿を見つけた。


「希崎君の声……夢だよね……ううう……」


 壁を背にしてうなだれるユフミ。


「僕も聞こえた……幻聴まで聞こえるとか、いよいよまずいよ……」


 同じくフツシ。


「ったく、夢じゃねーっつーの。よし、とにかく出してやっからな」


 と言っても、もちろんカナセは牢屋の鍵を持っているわけではない。

 ただ、今のカナセには、ある意味どこでも入れる鍵を持っていると言って良い。

 指先に魔力を集中し、鉄格子に向ける。


「うおりゃ」


 と軽く声を上げると、指先から円盤のような光の魔法が飛び出し、猛烈に回転しながら鉄格子をいとも簡単に切り裂いた。

 それを何度か繰り返し、人間が通れる大きさの穴を開ける。


「よっ、お邪魔すっぞ」


 ちょっとお茶でも飲ませてもらおうか、ぐらいの乗りで、カナセはふたりが捕まっていた牢屋の中へと足を踏み入れた。


「……うそっ! 本物の希崎君?」

「……ほんとだ! カナセ君! カナセ君だ‼」


 フツシがカナセに飛びつこうとする……が、案の定、鎖に腕を持っていかれて、「イテテテテ!」ともんどり打つ。


「落ち着けって! ほらっ」


 鉄格子と同じ要領で、カナセはふたりの鎖を切り裂いた。


「希崎君……! 怖かったよぉ~」


 ユフミは目に涙を浮かべながら立ち上がり、カナセに思いきり抱きついた。


「お、おい、いきなりなんだこりゃ……はは……はははは……」


 突然のハグに、顔を真っ赤にして焦りまくるカナセ。


「フッ、青いわね……」


 牢屋の前に待機していたラミカは、呆れたように首を振った。


「カナセ君! 僕も怖かったんだよぉ~!」


 フツシもハグに加わり、カナセは身動きがとれなくなった。


「わかった、わかったから! とりあえず落ち着けって。まだ完全に助かったわけじゃねーんだから!」


 なんだかんだ、カナセだって久しぶりの仲間との再会でもっと抱きしめ合っていたかったが、まだ何も終わっていない。


「うん、色々聞きたいこともあるけど、今はとにかく逃げなきゃだね」

「ああ、それなんだけど……」


 カナセは少し言い淀み、後ろを振り向いてハッとした。

 そこに居るはずの、ラミカの姿が消えていたのだ。

 慌てて通路に出てみると、隣の牢屋の前にラミカが立っていた。


「ん? どうした?」


 カナセが声をかけると、ラミカは目前の鉄格子に向かって顎をクイクイっとさせた。


「そっちにも誰かいるのか?」


 ラミカの元に歩み寄り、隣の牢屋を確認すると……。


「えっ? あ、あんた……」


 そこに居たのは、イドマホの上級生、伊吹ファルマだった。

 地下ダンジョン探しをしていた時に戦った、因縁の相手。

 思わずギョッとするカナセであったが、すぐに気付く。

 あの時は敵だと思っていたが、ゴウバの正体を知った今となっては、それが全くの勘違いであったことを。


「おい、大丈夫か?」


 鎖に繋がれ、壁にもたれかかる伊吹ファルマに声をかけるが、ピクリとも反応しない。

 ……そりゃそうだ。

 入学式を抜け出し、校舎内を嗅ぎ回り、地下ダンジョンを見つけた直後、武装集団がやってきた。

 彼から見れば、カナセはイドマホを襲撃したマジェンティアの一員だと思われても仕方が無い。

 と言うか、騙されていたとはいえ、その行動を取ってしまったことは紛れもない事実。

 カナセは黙って、鉄格子を切り裂いた。

 そして、少し考えたあとゆっくりファルマの元に近づき、一言だけ声をかけた。


「こんなことになっちまってすまねぇ。きっちりカタ付けるつもりだから」


 うなだれたままの彼の手元に手をかざし、魔法で鎖を引きちぎり、カナセは黙って牢屋の外に出た。

 ラミカと目が合ったが、言葉を交わす事は無かった。

 ただ、彼女もまた、自分と同じような感情を抱いているんじゃないか……なんてことを思いながら、カナセは気持ちを切り替えて、隣の牢屋に戻った。


「希崎君、大丈夫⁇」


 何かを察したように、ユフミが優しく声をかけてくれた。


「おう、オレは元気もりもりだぜ! って、ほら、これ見てみ」


 カナセは誇らしげに、左手のブレスレットを見せつけた。


「あー! もしかして魔クセサリー? ってことはカナセ君……」

「さすがフツシ、めざといな! そうそう、魔力完全復活!」


 カナセはニヒヒと笑いながら、ちょっと良いことを思いついた。


「そうだ、フツシ、伝説の魔略士って知ってるか?」

「えっ? 突然? まあ、知っての通り僕は魔略士を目指してる以上、今まで活躍した先人の情報はある程度押さえてるけど……」

「ヘッヘッヘ、驚くなよ。オレはついさっきまで、伝説の魔略士のオッサンと一緒に戦ってたんだぜ!」

「うっそ! えっ、なんで? どういう経緯で⁇」


 フツシは興味津々の眼差し。

 一方、隣のユフミは何を言ってるのかさっぱりわからないといったポカン顔。

 

「それはだな……って、とにかく時間がねーんだよ! 敵のボスも倒したいし、魔略士のオッサンも気になるし──」

「おい、学長は無事なのか……?」


 背後から声。

 カナセが振り向くと、そこに居たのは伊吹ファルマだった。


「おお、元気になったのか!」

「うるさい! 学長は無事なのか、と聞いている!」

「おう、ピンピンしてるから安心しな。ただ、何かやらなきゃいけないことがある、っつて、ひとりでどっか行っちゃったけど……」

「そうか……」


 ファルマは張り詰めていた糸が緩んだように、微かに安堵の表情を浮かべていた。

 よほど、学長である我堂ゴウバのことを慕っているのだろう。


「ねえねえ、希崎君。時間が無いんだよね? 早くみんなで逃げようよ!」

「それなんだけど……オレにもまだ、やらなきゃいけないことがあるんだよな」

「えっ……?」

「ひとりで行動してる学長も気になるし、何より……あの重辻ドルキラを倒さねーと意味がねえんだ!」


 ボルテージマックスのカナセ……が、経緯を知らないユフミとフツシは、何を言ってるのかさっぱりわからないといった顔をしていた。

 さすがに温度差を感じたカナセは、ざっくりと今までの流れをふたりに説明する。


「だったら、私たちも希崎君と一緒に──」


 そう言いかけたユフミの言葉を遮ったのは、意外にも……。


「それはやめた方が良いわ。ここはマジェンティアの主要基地。とんでもない兵器を使ってくる可能性が十分考えられる」


 そもそも、そのマジェンティアに属していたラミカの言葉には説得力があった。


「ああ、オレも同感。だから、ユフミとフツシはとにかくこのタワーの外に──」

「ならば、その役目はこの僕が引き受けようじゃないか」


 颯爽と現れた……いや、こっそりずっと聞いていたファルマが口を開く。


「えっ? ふたりを外に連れ出してくれるって?」


 意外な展開にカナセも驚きながら聞き返す。


「おかしいか? 上級生が、下級生を助ける……当然のことだろ?」


 ファルマは、銀髪を掻き上げながら、フッと軽く息を吐き出した。

 そもそもイケメンのファルマが、そのセリフ。

 ユフミの目が、若干ハートがかってるように見えるのが気になるカナセであったが、男気溢れるその言葉には胸に迫るものがあった。

 というわけで、ファルマの護衛でフツシとユフミがタワーの外をめざし、カナセはドルキラ討伐に向かうことになったのだが……。


「希崎君……本当に大丈夫?」


 ユフミは、不安げな眼差しでカナセを見た。


「おう、サクッと終わらせて、すぐそっちに合流するから安心しろって。ほら、オレが居なくて寂しすぎるなら、これ持っとけ」


 カナセは、石属性の魔法で作った玉をユフミに手渡した。


「うん、大事にする……って、玉⁉ カナセ君の人形とかじゃなくて⁇」

「うっせぇ! そこまで器用じゃねーんだよ!」

「これって、ただ荷物になるだけじゃ……」

「いいよ! 邪魔だったらいつでも捨てて!」

「ははっ、うそうそ! 大切に持っておくよ!」


 ユフミは笑いながら、丸い石をポケットに入れた。

 ふたりのやり取りを見てたフツシはもちろん、ファルマまでもが「くだらん」と言いながらも少し笑っていた。

 そして、「時間が無いぞ」と切り出し、フツシとユフミに外へ逃げるための作戦会議を始めていた。

 そんな中、ラミカだけが神妙な面持ちで黙っているのを、カナセは見逃さなかった。


「で、あんたはどうすんの?」


 さりげなく声をかける。


「私には……果たさなければならない責任がある」


 カナセは黙って続きを待った。


「あなたを騙して、あなた自身、それにあなたの仲間、罪も無い人々の多くを巻き込んでしまった……」


 言葉を詰まらせるラミカに対し、カナセは「気にすんなよ」と言いかけて飲み込んだ。

 騙した側と騙された側、立場こそ真逆だが、結果的に引き起こした事実に対する感情は、ほとんど同じなんじゃないか、そう思ったから。


「そんじゃ、一緒に行く? あのクソジジイを倒しによ!」

「……ええ。そうするわ」


 ラミカが少し笑った。

 ぎこちないが、初めて人間味を出した瞬間だった。

 カナセが思わず「おっ、いいじゃねーか。もっと笑えば良いのに。可愛いんだから」と口走ると、ラミカは顔を真っ赤にして「じょ、冗談じゃないわ。調子に乗るな小僧。殺すぞ!」と両手を構えた。


「うわっ、ごめんごめん! って、今だけだけど相棒だからな、よろしく頼むぜ!」


 カナセの言葉に、ラミカは「フンッ!」とそっぽ向いたあと、小さな声で「こちらこそ」と囁いた。

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