第33話 ふたつの魔法のメッセージ

 ラミカもまた、カナセを見つめ返してくる。

 その瞳は氷のように冷たく、カナセは背筋がゾッと凍り付くような感覚に襲われた。

 ここへ来て、初めて死の恐怖を覚えた刹那。

 ラミカの右手が入ったポケットが、蒼白く光り出す。


「なあ、オッサン、もしかして……上手くいってなかったらごめんな」


 カナセはラミカに目を向けたまま、隣のゴウバに声をかけた。


「気にするな。私は十分生きた。むしろ、若いお前が死ぬことの方が悔しい」

「へへっ、ありがとな──」


 ついに、ラミカがポケットから手を引き抜く。

 魔法の光に包まれた右手をカナセに向けると、眩く輝く氷のたまが一直線に飛んできた。


「うわっ、やっぱり死にたくねぇ──」


 初めて、生への執着を見せたカナセの体に、ラミカの魔法が直撃。

 冷たい感触が体の表面を伝い、なぜか鎖で縛られた手元に移動する。


「えっ……どういうこと──」

「カナセ!」


 名前を叫んだのは……ラミカ!


「橋の下でのバトルを思い出しなさい!」


 彼女は、カナセに向かって思いも寄らない言葉を投げかけた。


「橋の下って……あの国立生との……そういや、あの時もラミカが……って、まさか⁉」


 カナセは何かに気付き、冷たい手元に意識を集中させた。

 魔法の氷の粒の中に、硬い輪っかの感触。

 ……ブレスレット!

 それだけで、ラミカが何を言わんとしているのか、カナセはハッキリと分かった。

 右手に持ったブレスレットを、左手に通した……瞬間。

 それまでずっと体の中で燻っていた巨大なエネルギーが一気に解放され、カナセの体がオレンジのオーラに包まれた。


「フンッ!」


 少し気合いを入れただけで、両腕を縛り付けていた防魔性の鎖がいとも簡単に砕け散る。

 あれだけ盛り上がっていたオーディエンスは、時間が止まったように静まりかえって呆然と立ち尽くすばかり。


『バ……バカな……! ラミカめ……くそっ! 誰でも良い、アイツらを……ラミカを含めた三人を魔法で攻撃しろ‼』


 焦りに満ちたドルキラの声がスピーカー通ると、ステージの袖に待機していた武装集団がカナセたちに襲いかかってきた。


「ラミカ、オッサンを頼む! こいつらはオレに任せろ」


 そう言いながら、カナセは前後から襲いかかる武装集団に向けて、恐るべきスピードで水魔法を放っていく。


「よっしゃー! 完全に力が戻ったぞ‼」


 大はしゃぎのカナセ。

 その言葉のとおり、強烈な威力と速度を怒る水魔法は一瞬にして武装集団を撃退。

 その間、ラミカはゴウバに駆け寄り、鎖から解き放つ。


「サンキュー、ラミカ! あのメッセージ伝わったんだな……!」


 カナセは嬉しそうに笑った。


「ええ、びっくりするほど汚い字だったわ」


 その言葉とは裏腹に、ラミカは珍しく微かに笑っていた。

 牢屋でのボヤ騒ぎを起こした時、カナセは炎魔法とは別に、炎では燃えない無属性の魔法で練り上げた紙に、メッセージを書いておき、炎と一緒に放っていたのだ。

 我堂ゴウバの卓越した戦術と、あらゆる属性を使いこなすカナセのふたりだからこそ出来た芸当。

 

「やるじゃねーか、カナセ! さすがテイタツの息子……いや、希崎カナセだな!」


 ゴウバも無邪気に笑いながら、カナセの頭を両手でグシャグシャとしてきた。


「オッサンそれやめてくれって……ヘヘッ」


 そこが処刑場だと思えないほど、余裕の表情で談笑する三人。

 その様子を、あっけにとられた観客たちが見守るという奇妙すぎる構図……だが。

 それを打ち破ったのは、やはり薄汚れたダミ声であった。


『うすのろ共が! 何をボケッと見てる! 魔法が使える者は、なんでもいいからステージに向かって攻撃しろ‼』


 ドルキラの怒号に目を覚ましたように、呆然としていた観客たちの一部が、カナセたちの居るステージに向けて手をかざす。

 が、三人とも余裕の表情。

 その理由はもちろん……。


「希崎、そのブレスレットはこの前の一回きりとは違うぞ。思う存分使い倒すがいい」


 ラミカはカナセに声をかけつつ、観客席からの攻撃に備えて魔法を練り始める。


「そのブレスレット……イドマホに置いてあったものじゃないか?」


 ゴウバが何かに気付いたように、ラミカに話しかけた。


「ええ、学長室の近くで見つけたもの……って、聞いてるわ」

「やはりそうか。なら、性能は折り紙付きだ。カナセ、安心して使い倒せ」

「おうよ! それもしかしてユフミたちが言ってたやつか? そういや、今さらだけどイドマホの地下で見つけたあの兵器も気になる──」

「カナセ、これが終わったらいくらでもじっくり説明してやる。今はやるべきことがあるだろ?」

「おう、言われなくてもそーするつもりだぜ! って、あいつら、ラミカからしたら仲間じゃねーのか?」

「そうね。仲間だった……という方が正しいかしら。色々事情があるのよ。あなたに手を貸した。それで分かって貰えると助かるわ」


 そういうラミカの目は、ドルキラと居た時とは明らかに違う、清々しさが見て取れた。


「だな! 気にせず戦わせてもらう。ってことで、オッサン、ここからはオレの戦場だ。ケガしないように後ろに隠れてな」

「ああ、言われなくてもそうするつもりだ。思い返せば、ミレオリアインシデントの時も……」

「分かった分かった! 昔話はあとでじっくり聞いてやるから!」

「言うじゃねえか。好きなだけ暴れてこい」


 ゴウバは、ガハハと豪快に笑いながら、カナセの真後ろに移動し、腕を組んで構える。

 その間、観客席の魔法使いたちの準備が整い、ステージに向けて一斉に魔法攻撃を仕掛けてきた。

 炎、水、雷、氷、土、木、石、七色の光球が襲いかかるが──。


「うおぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁ‼」


 カナセは大きく広げた右手から光属性の魔法を放つ。

 超巨大な光の玉は、敵の魔法使いたちが放出したすべての魔法を一瞬で消し去った。


「ば……化け物だ!」

「に……逃げろ逃げろ!」


 観客席はパニックの渦。

 魔法が使えない者は踵を返して一斉に出口を目指す。

 敵の魔法使いたちは人の波に巻き込まれ、すぐに二の矢が来ることは無かった。

 カナセとしては、逃げ惑う者たちに追い打ちをかけるつもりは毛頭無い。

 叩くべきは……。


「お前だ! 重辻ドルキラ! 遠くに居るからって、余裕ぶっこいてんじゃねーぞ!」


 カナセは右手という名の銃口を、一番向こうの二階席に向けた。


『クソ……ガキがぁ! ノーマルの若造が、調子に乗るんじゃねえ! このドルキラ様に、魔法で勝てると思うのか‼』


 怒りに震えるダミ声が、スピーカーを通して増幅する。

 二階席の中央で、立ち上がったドルキラが手をかざしている姿が見えた。


「おもしれぇ! 真っ向勝負だ!」


 三十年前とは言え、一時は世界一の魔法使いと言われた相手。

 それをゴウバから聞いていたカナセは、さっきまでとは比べものにならないほど、自分の右手に魔力と気合いを込める。


「オッサン、ラミカ、ステージから降りといた方が良いんじゃね? 巻き込まれてもしらねーぞ」


 カナセは正面を向いたまま、二人に向かって注意を促す。

 ……が、ゴウバもラミカもまったく動こうとしない。


「あなた、そんなに自信が無いの?」

「ああ、カナセ、お前にしちゃ弱気発言じゃないか?」

「……ぷはっ! んなわけねーだろが! 万が一ってことで、珍しく気を遣ってやったのに、ひどい言われようだぜ」


 カナセはこんな状況にもかかわらず、心から楽しそうに笑った。


「わかったよ、特等席で見とけ。オレの勝利をな!」

『……全部聞こえてるぞ! 勝手なことぬかしやがって、死ねノーマルのガキ‼』


 ドルキラの叫びと共に、二階席から漆黒の玉が放たれた。

 闇属性の玉は、亡者のうなり声にもにた禍々しい音を上げながら、カナセに向かって一直線に飛んでくる。


「知るか! いつまでノーマルだのニーセスだのにこだわってんだクソジジイ! こいつで頭を冷やしやがれ!」


 カナセの右手から、先ほどの攻撃に比べると遙かに小さい光の玉が放たれた。

 ただ、その輝きは直視すれば目をやられそうなほど強く、とてつもない魔力が凝縮されていることは一目瞭然。

 速度はカナセの魔法玉の方が早く、ちょうどホールの中間地点で2つの魔法がぶつかりあった。

 そして、一瞬たりとも拮抗することなく、闇の玉はカナセの魔法に当たった瞬間に割れた風船のように弾け飛ぶ。

 カナセの圧倒的な魔力を内包した光の玉は、そのままドルキラ目がけて真っ直ぐ飛んでいく。


『……ド、ドルキラさま、急いでお逃げにならないと……』

『うるさい! 奴らに聞こえるではないか!』

『……も、申し訳ございません。ただ、話し合ってる余裕も無い状態でして……』

『だから、黙れ! とにかく屋上に……屋上に行きさえすれば……』


 プツンッ。


 スピーカーのスイッチが切れる音がした直後、カナセの魔法が二階席に到達。

 ほぼすべての座席を弾き飛ばした……が。


「ちっ、逃げやがった!」

「あなたの勝ちね」

「くっそ、追いかけるか……って、違う。その前に、ユフミとフツシを助けなきゃ! ラミカ、居場所知ってるか?」


 いまだ興奮冷めやらぬ状態のカナセだったが、ずっと気にかけていた仲間への想いが、冷静さを取り戻させてくれた。


「確実……とは言えないけど、大体予想はつく」

「それで十分! 急いで行くぞ。オッサンも──」

「いや、すまんがここからは別行動だ」


 ゴウバから、意外な言葉が返ってきた。


「えっ? なんでだよ?」

「私にとって、マジェンティアは長年の敵。その主要基地の中にせっかく入ることができたのだ。やるべきことをやらずにはいられない……分かってくれるな?」


 ゴウバは、達観した表情を浮かべると、カナセの肩に優しく右手を置いた。

 牢屋で深い会話を交わしたカナセにとって、ゴウバの思いを理解することはもちろん出来た。

 ただ……。


「オッサンひとりで大丈夫なのかよ?」

「フッ、ひよっこが偉そうなことを言う。私を誰だと思っているんだ? 伝説の魔略士、我堂ゴウバだ。自分ひとりの命ぐらい、余裕で守ってみせる。それに加えて、誰かさんの一撃で、タワーの内部は大きな動揺が走っているだろう。これはまたとないチャンスだ。やらせてくれ」


 ゴウバは、カナセに向かって頭を下げた。


「うわっ、分かった分かった! 伝説の魔略士がそんなことすんじゃねーよ! もう口は挟まないから安心してくれ。ただ……キツかったら、逃げることを優先してくれよな」

「ああ、約束する。絶対に生きて戻ることを。なんせ、明日からイドマホの学長として、とんでもない学生を引き受けなきゃならんのだからな」

「へへっ、よろしく頼むぜ!」


 カナセとゴウバは、どちらからともなく手を差し出して、がっちりと握手を交わした。

 そしてゴウバは、想像以上の素早さでステージの袖へと姿を消していった。

 カナセはラミカの先導で、大切な仲間の救助ミッションを開始した。

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