第32話 処刑ライブ

「ドルキラの性格を考えると、カナセを処刑する執行人は顔見知りのラミカに任せる可能性が高い。となると、この牢屋の近くで待機しているはず。さらに、氷属性の使い手とくれば、ボヤ騒ぎを起こして駆けつけてくる確率はほぼ100%に近い──」


 そんなゴウバの予想が見事に的中。

 ラミカがヒールの音と共にやって来て、手のひらから氷の粒を放出すると、あっという間に火が消えた。

 その様子をじっと見つめていたカナセ。

 白い煙が広がる中、一瞬、鉄格子越しにラミカと目が合う。

 その瞳は、心なしか昨日河原であったラミカのそれと同じように思えた。

 続けて、揃いの制服を着た人間が何人かやって来たが、ラミカが「大丈夫。大したこと無いわ。ドルキラ様には私の方から報告しておくから、あなたたちは持ち場に戻りなさい」と言うと、すぐに帰って行った。

 ラミカも、再び振り向くこと無く、廊下の奥へ立ち去っていく。

 牢屋の中には、焦げ臭い匂いが微かに残っていた。


「いけると思うか……?」


 ゴウバが問いかける。


「オレは……あいつを信じてる」


 カナセは、その言葉を噛みしめるように答えた。


「こう言っては何だが、ニーセスの魔法使いだぞ? しかも、知り合ったばかりで、裏切られ、正体はあのドルキラの手下。それでも信じられると言うのか……?」

「知らねーよ。魔法使いの血だとかなんだとかなんて関係ねぇ。ラミカはラミカだ」


 その言葉に、論理的な根拠などは皆無。

 だが、その声には、確かな気持ちがこもっていた。


「……ああ、さすがテイタツの息子だな。嫌いじゃ無いぞ、その考え方は。カナセ、お前の心にオレも乗るぞ。信じて待とうじゃないか」

「おう! こう言っちゃなんだけど、オッサンのくせにめっちゃ頭やらけーよな。おもしれぇ!」

「それは……学長に対する言葉使いとして、アウト以外の何ものでも無いな。停学三日ってところか」

「……いっ⁉ マジかよ、勘弁してくれよ。学校入って即三日休みとか、いじめられちゃうじゃねーか」

「それも青春だ」

「やべーなおい。学長のセリフとは思えねぇ!」


 カナセの鋭いツッコミに、ゴウバは堪らず吹き出してしまった。

 それを見て、カナセも笑い出す。

 もうすぐ処刑を控えているふたりであることは、誰が見ても信じられないだろう……牢屋の中にいるという状況以外。




「ハッハッハ! ついにこの時が来たな」


 心の汚さがそのまま滲み出たようなダミ声が、廊下の向こうから近づいてくる。

 ゴウバの予想では処刑する際、きっとどこか別の場所に移動させるはずだという。

 この中で処刑するのであれば、時間をおく必要がない……というのが、その根拠。

 で、結果は見事的中。


「さっさと開けて、こいつらを出せ」


 ドルキラの指示により、連れの部下たちが牢屋の鍵を開け、ぞろぞろと中に入ってくる。

 カナセはゴウバとアイコンタクトを取り、予め取り決めていた通り、何もせず、大人しく彼らの指示にしたがって動いた。

 左手にされていたのと同じ鎖を右手にも巻き付けられ、後ろ手にされた状態で立ち上がる。

 向かいのゴウバも、鏡に映されたように同じように動いていく。


「おや。もう観念したのか? つまらん。実につまらん奴らだ。これだから、ノーマルの人間はいけ好かないのだよ。さきに向こうで待ってる。さっさと連れてこい」


 ドルキラは、カナセとゴウバを苦々しい目で一瞥し、ペッとつばを吐きすぎてながら、その場をあとにした。


「さあ、無駄な抵抗をするんじゃないぞ。さっさと前に進め」


 強気な言葉とは裏腹に、ドルキラの部下たちはカナセとゴウバ、ひとりにつき六人もの人数で取り囲みながら、牢屋を出て処刑場へと向かう。

 カナセにとって、ラミカの姿が見当たらないことだけが、唯一の気がかりであった……。




 牢屋のあった階から数フロア上がると、微かに歓声が聞こえてきた。

 何となく、そっちの方に向かっていくんだろうな……と、カナセが思った通り、歓声がどんどん近くなる。

 そして、廊下の突き当たり、両開きの扉を開けると、そこはまるで体育館のような、大きなホールで、カナセたちを取り囲んでいたドルキラの部下と似たような格好をした人間が「おー!」だの「わー!」だの大騒ぎ。

 まるで大人気アーティストになった気分だぜ、とポジティブに考えるカナセ。

《花道》を通って進んでいくと、そこにあったのは大きな半円形のステージ。

 向かって右側に、二本のポールが並んで立てられている。


「オレとゴウバのオッサン……なるほどな」


 カナセの予想どおり、ふたりはステージ上に上げられると、ポールにひとりずつ、後ろ手の状態のまま鎖で繋がれた。

 カナセが左に顔を向けると、狂ったように腕を突き上げながら叫び続けるオーディエンスの姿があり、それとは対照的に、右に向けた先に立つゴウバの横顔は冷静そのものだった。


「へへっ、さすが肝が据わってるわ」


 そういうカナセもまた、まもなく処刑される人間とは思えない余裕を見せていた。

 しかし、少し遅れてゆっくりと壇上に上がってきた人間の顔を見て、カナセの表情がグッと引き締まる。

 ポールに縛り付けられたふたりの向かいに立ったのは……ラミカだった。

 両手をジャケットのポケットに入れたまま、冷酷な眼差しでこっちを見ている。


『やっと準備が整ったな』


 スピーカーから通したような声がホール内に流れると、オーディエンスがさらに盛り上がりを見せる。


「ほら、カナセ、あそこに居るぞ」


 ゴウバから声をかけられたカナセは、彼の視線の先に目を移す。

 ステージの反対側に作られた二階席。

 ライブで言えば”関係者席”と言ったおもむきの、いかにもVIPな場所に、マイクを持った重辻ドルキラの姿が見えた。


『処刑されるふたりを紹介してやろう。年を食った方が我堂ゴウバ。あの、ミレオリアインシデントで希崎テイタツのパートナーだった魔略士。つまりヒーロー様だが、晩年は悪事に手を染め、あろうことか国家転覆を企てる始末。下してやろうではないか。我々が、正義の鉄槌を!』


 お前が言うか!

 と、思わずには居られないカナセであったが、オーディエンスはバカみたいに歓声を上げている。


『皆の者、驚くがいい。もうひとりの若造は……希崎テイタツの息子! 自ら所長を務める魔力発電所を爆破し、我が国の重要なインフラを潰すという世紀の大犯罪者の家族である。雲隠れする卑怯者の代わりに、我々が正義の鉄槌を!』


 ドルキラの言葉に、オーディエンスはさらにボルデージを上げる。


「すげー言いようだなおい。まあ、親父が雲隠れしてるのは事実だけど……って、もしかして、こいつら何も知らないのか?」


 カナセは呆れた顔でゴウバを見た。


「そのようだな。マジェンティアは、表向きには”魔法と科学の友好団体”で通っている。上層部のごく少数以外、何も知らないまま悪事に荷担しているのだろう」

「そりゃやべーな……」


 などと雑談を交わしていると、急に観客席が静まりかえる。


『……無駄話はここまでだ。さっさと済まそうではないか。処刑担当の魔道士は、誇り高きニーセス、麻生ラミカ! 彼女の手柄により、そのふたりを捕まえることができた。報奨として、処刑の任を命ずる。さあ、やりたまえ……!』


 引いた波が戻ってきたかの如く、観客席から再び歓声が上がった。

 カナセは、真っ直ぐラミカの目を見た。

 そして……。

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