第31話 伝説の魔略士

「そんじゃ、伝説の魔略士さん、どうすればこの場を切り抜けられるのか、聞かせてくださいよ!」

「フッ、さすがテイタツの息子。生意気な口を聞きやがる。まあ良い。とにかく、重要なのは自分たちが立たされている状況を知ることだ」


 ゴウバの言葉を聞くなり、カナセはキョロキョロと周りを見渡した。


「鉄の壁に囲まれた牢屋。左手に鎖をはめられていて、壁とがっちり繋がってて、力尽くで外すことはできなそう……って感じ?」

「ああ、悪くないぞ。ただ、もっと深く踏み込んでいかなきゃダメだ。材質の表面を見る限り、この壁や鉄格子、鎖に使われているのは〈ジャマジスト〉という魔素材だろう」

「へー、なるほど……って、見るだけでそんなのわかんのかよ⁉」

「驚くことではない。優秀な魔略士に必要なものは考える頭と眼力。あとは知識だな。〈ジャマジスト〉はトップクラスの防魔性能を誇っているから、魔クセサリー無しのお前が破壊することは不可能だろう」


 ゴウバの見事な洞察力を目の当たりにしたカナセは、魔略士という存在に対する必要性を痛感していた。

 しかも、若き日のテイタツのパートナーであったことを聞いたあとで、感慨深さも抱かずにはいられない。


「もっと言えば、この建物は恐らく〈マジェンティアタワー〉と呼ばれるものに違いない」

「タワー?」

「そうだ。空気の濃度や音の反響度合いから察するに、ここはかなりの高層部に位置しているはず。イドマホへの襲撃からそれほど時間も経っていないことから、東氷近郊にあると噂されていた〈マジェンティアタワー〉の内部であることはほぼ間違いないだろう」

「マジかよ? って、スカイツリーと東氷タワー以外にそんな高い塔なんて見たことねーけど」

「このタワーは〈魔光学迷彩〉で覆われている。恐らく、周囲からはただの大きな空き地にしか見えてないだろう」


 カナセは、魔法陣ホログラムを使った時のことを思い出していた。

 透明化する仕組みについて、フツシの口から〈魔光学迷彩〉という言葉を耳にしていたが、高層タワー全体を覆い尽くし、透明化するなんてスケールがとんでもなさ過ぎる。

 牢屋に閉じ込められた状態で、そこまで分かってしまう我堂ゴウバもまた。


「で、どうやってここから抜け出せば良いんだ? ってか、タワーの上の方に居るってことは、とにかく一階を目指すってことだよな?」

「ああ、率直に言って、相当厳しい状況だろうな。ここはマジェンティアにとって重要な施設であり、腕の立つ魔法使いが大勢配備されていることは簡単に予測できる。カナセ、伊吹ファルマと戦っただろ? 結果はどうだ?」

「お、おう、勝った……とは言えねーな。アイテム使ってなんとか逃げられたって感じ。めちゃくちゃつえーよアイツ」

「そう、ファルマは優秀な魔法使いだ。ただ、このタワーの中には、ファルマクラスの敵が数十人、それ以上の力を持つ魔法の使い手も最低数人は居ると思って間違いないだろう」

「……はっ⁉ マジかよ……!」


 今さらながら、カナセは自分がとんでもない場所に捕らわれていることを実感した。


「さらに、マジェンティアは魔法と科学が融合した組織だからな。優秀な科学者もゴロゴロ居て、魔法とは別角度の、危険な兵器を備えている可能性も十分考えられるぞ」

「なんじゃそりゃ……って、そもそも、なんでその科学者連中は、ドルキラみたいなヤバい魔法使いと手を組んでんだ?」


 プライドの高いニーセスたちが、魔法使いの血を持たないノーマルに妙な対抗心を抱く、というのは何となく分からなくも無い。

 それに比べて、科学者たちの動機について、カナセはまったくピンときていなかった。


「お前の言葉を借りるなら、その科学者連中も”ヤバイ奴”ということだ。科学も魔法も、使い方次第で簡単に人や自然に危害を加えることができてしまう。持っている力が大きければ大きいほど、それは平和や良心を踏まえた上で、人々が安心に生活するための補助的役割を担うのが筋。だが、時々、人間ってのは見せつけたくなるんだよ、必死に学んだ知識を、持って生まれた才能を。限界ギリギリ、いや限界を突破してみたいという思いが、心を狂わせる」

「ふーん、そんなもんなのか……。面白くねーけどな。誰かが傷ついたりするのとかって」

「ほう、カナセ、お前が大切にしてることはそれか?」


 魔略士ゴウバの目が鋭さを増す。


「えっ? どういうこと?」

「面白くないことはしたくない……だろ?」

「あっ、そういうこと。うん、そうそう。面白いことをやりたい、面白く無いことはやりたくない。ずっとそうしてきたけど……」

「それなら、今の状況はどうだ?」

「面白くねえな」

「仲間の居所が分からないのは?」

「全っ然、面白くねぇ!」

「ここから脱出するのは?」

「おもしれぇ! あの頭がいかれたクソジジイに魔法を一発食らわしてやりてー!」

「ああ、その意気だ。それに、お前はとても正しい判断ができる人間だと思うぞ」


 ゴウバの口調が少しだけ和らいだ。

 カナセは、自分の心の中に、沸々と何かが湧き上がっているのを感じずには居られなかった。


「テイタツと奥さんに、上手く育てられたな」

「うーん、それはどうだろ? 母ちゃんはともかく、親父に何か教えて貰ったっていったら、魔法ぐらいだし、仕事で家に居ないことも多かったぜ?」

「アイツらしいな。自由気ままな性格は、いくら年を取っても変わらない」

「そうそう! 学長さんよ、今度親父に会ったら、オレの話をもっとちゃんと聞いてくれ、って言ってくれ!」

「ああ、約束する。もっとも、相棒だった私の話も、ろくに聞かないことが多かったが」

「マジかよ! やべーな!」

「そうだな。絶対見つけ出して、私とカナセで根性たたき直してやらないとな」

「うわっ、めちゃくちゃ面白そうじゃねーか! やる気がみなぎってきたぜ‼」


 まさに親子ほど年の離れたふたりであり、なおかつ今日初めて会ったばかりだったが、時間の壁を軽く飛び越えて、深い絆が生まれていた。


「そろそろ話を戻そう。さっきも言った通り、ここから抜け出すのは刑務所から脱走するよりも厳しいだろう。だが、私はある”鍵”の存在に気付いた。それは……あのラミカという名の女性だ」

「えっ? ラミカが鍵⁇」

「そう。カナセを騙した張本人……だったな。さっき、ここへ来た時。あんな口ぶりだったが、迷いのオーラがにじみ出ていた」


 カナセはいつになく真剣な表情で、ゴウバの言葉を一字一句漏らさないように、しっかり耳を傾けて聞き入っている。


「あの子の瞳には、氷の結晶が浮かんでいた。つまり、氷属性の魔法を操るニーセスだろう」

「そこまで分かるのか……」

「それが魔略士の仕事だ。勝利のために1ミリの隙をも見逃さず、勝利のために頭をとことん回し続ける。知識と経験、時には勘も大切。そう、間違いなく、彼女こそ現状を打破するための鍵となるはず。良いか、カナセ。よく聞けよ……」


 ゴウバは、鎖を目一杯伸ばし、ギリギリまでカナセに近づいて、小声で作戦を伝えた。

 カナセはそれを聞き、いくつか気になる点を潰してから、両手で魔法を練り始める。


「カナセ、いつでも始めていいぞ」

「おう、もうちょい……もうちょい……よっしゃ、行くぞ! えいやっ!」


 カナセは鉄格子の方を向き、両手を伸ばし、思いきり魔法を放出した。

 通路の上を炎の玉が踊る。

 警報音が鳴り、すぐに駆けつけてきたのは……。

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