第30話 ミレオリアインシデント

 地獄のような沈黙を破ったのは、我堂ゴウバの言葉だった。


「カナセ、心配は要らん。お前はすぐに殺されない可能性が高い。奴らの最大の目的はテイタツだからな」


 しかし、カナセは呆然と遠くを見つめたまま、返事をしようとしない。

 死ぬのはいやだ。

 父親を呼び寄せるための道具として使われるのもいやだ。

 信じた人間に裏切られたショックは計り知れない。

 何よりも、自分が下した決断で、自分が取った行動で、心優しい仲間たちをとんでもない目に遭わせてしまったことは、悔やんでも悔やみきれなかった。

 絶望する理由が、あまりにも多すぎる……。


「……よし、カナセ、少し昔話をさせてくれ。年を取ると、ついつい輝かしい過去を振り返ってみたくなるものだ。そう、あれは今からちょうど三十年前──」


 優しく語り出した我堂ゴウバの”昔話”は、壮絶を極めていた。


 今からちょうど三十年前、太平洋(のちの多異平洋)沖の無人島に、とてつもなく巨大な魔敷獣が突如姿を現した。

 巨大魔敷獣は最初の無人島を一日足らずで破壊し尽くした後、海面ギリギリを浮遊してもっとも近い島を目指す。

 その島には、数こそ少ないものの住民が生活を送っていた。

 人類史上最強最悪の脅威であり、その海域を管轄する日本政府は、当時最強を誇っていた選りすぐりのニーセス魔道士団を結成し、現地へ派遣。

 魔敷獣の次なるターゲットにされた有人島に到着し、住民を避難させ、万全の態勢を整えて迎え撃つ。

 ……が、魔敷獣の強さは誰の想像をも遙かに越え、最強のニーセス魔道士団は半日も持たず、瀕死状態に陥ってしまった。

 魔法陣通信で状況を知った日本政府は魔法庁を中心に、次なる討伐メンバーとなるべく優秀な魔法使いの情報をかき集めるが、最強のニーセスたちが完敗したとあって、難航をを極める。

 並行して、友好的な諸外国に救援を要請するものの、魔法において世界のトップランナー的存在である日本の精鋭が苦戦しているとあっては、中々話がまとまらないのも必然であった。

 巨大魔敷獣は二番目の島を破壊し続け、陥落間近まで迫った時。

 一人の若き魔法使いが、「自分に行かせてくれ!」と名乗りを上げる。

 彼はニーセスではなく、ノーマルで史上初めて〈全国高校魔法能力試験大会〉で優勝した超天才魔法使いとして、脚光を浴びる存在であった。

 しかし、政府(特に魔法事業に関わる)関係者の間では、彼を現地に派遣することに異議を唱える者が少なくなかった。

 理由は、まだ高校生という若さ、そしてノーマルであること。

 当時、魔法を必要とする職業に就くのは、始祖魔法使いの血を引くニーセスのみ。

 時折現れる”ノーマルの魔法使い”に対して、”単なる偶然の産物”という見方が大きく、魔法を使った仕事を任されることは皆無であった。


 ただ、日本に住む大半の人間は当然ながらノーマルであり、自分たちと同じ出自でありながらライバルのニーセスを破り、世代トップに上り詰めた若き天才魔法使いの人気はうなぎ登り。

 テレビなどのメディアが『政府は大いなる脅威に対して、ノーマル魔道士の派遣を渋っている』と報道するや否や、高校生の彼を推す声が加速度的に大きくなっていく。

 世論に推され、ついに政府は彼と、彼の相棒である魔略士、そして何人かの仲間で構成されたノーマル魔道士団を結成し、現地に急行させた。

 巨大な魔敷獣との戦いは熾烈を極めたが、高校生魔法使いの圧倒的な魔力、そして優秀な仲間とのチームワークを武器に、辛くも勝利を収める。

 その勝利は日本を突き抜けて世界に発信し、人類の脅威に打ち勝った英雄として大いにもてはやされた。

 めでたしめでたし……となるほど、この事件は単純では無い。

 命からがら帰国の途についたニーセス魔道士団のエースは治療を受けた後、忽然と姿を消す。

 そして──。


「一部の科学者と手を組み〈マジェンティア〉という組織を創設した」

「……それって……⁉」


 いつの間にかゴウバの話にのめり込んでいたカナセが、ハッとなって思わず口を挟んだ。


「そう、我々を貶めた組織。そして、その創設メンバーのひとりであるニーセス魔道士団のリーダーこそ、他でもないあのローブ姿の男、重辻ドルキラだ」

「マジかよ……って、もしかして、ゼコマで優勝したノーマルってのは……」

「君の父、希崎テイタツだよ」


 ゴウバは微かに笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。

 対するカナセの反応は──。


「すげぇ! 親父、凄すぎじゃねーか! あの親父が英雄だって? 信じられねぇ!」


 絶望の淵に立たされてるとは思えないほど、カナセのテンションが一気に上がった。

 話を聞くまで淀みきっていた瞳には、ギラギラとした輝きが戻りつつある。


「ちなみに、英雄テイタツの名参謀として地味に活躍した魔略士、それが私だ」

「……えー⁉ ちょっと待ってくれよ、頭がまったく追いつかねーんだけど‼」

「私の方こそ驚きだ。テイタツは、自分の子供に一切その話をしてなかったんだな」

「ほんと、ケチな親父だぜ! って、そんな優秀な魔略士さんが、なんでまた、魔法専門学校、しかも区立の学校の学長をやってるんだ?」

「良い質問だな。その理由を一言で言えば……君の父親の影響、だな」

「えっ?」

「ミレオリアインシデントにおいて、テイタツが巨大魔敷獣を倒す瞬間を、私は一番近くで目の当たりにした。彼は本当に強く、正義感に溢れ、何より人生を大いに楽しんでいたんだ。魔法を戦いだけでなく、遊ぶために使ったり、ね。それについてはカナセ、君も心当たりあるだろ?」


 ゴウバからの言葉を受け、カナセは笑いながら「たしかに、ありまくりだ」と何度も頷いて見せた。

 まだ小さかった頃、炎の魔法を使って自分のためだけに小さな花火を打ち上げてくれたこと。

 風魔法で渦を作り、ヤバいぐらいの高さまで”高い高い”してくれたこと。

 カレーに雷魔法を少し足すと刺激が増して美味しくなる、とか言いだし、それを信じてやってみたら口の中がビリビリしまくったが、感動するほど美味しかったこと。

 父親との下らない思い出が鮮明に甦る。


「ニーセスをも上回る魔力を持ちながら、決してそれをひけらかすこともなく、奢ることもなく、ただただ人生を楽しもうとする姿勢に感化され、誰もが魔法を学べる学校、区立異戸川専門学校を設立した、というわけだ」


 まさに、フツシやユフミのような、普通科高校に通い、それまで魔法に触れて来なかった人間であっても快く受け入れる。

 そんな門戸の広いイドマホ設立に、自分の父親が大きく関わっていると知ったカナセは、とても誇らしい気持ちになった。

 と、同時に、後ろめたさも滲み出す。

 優しさで作られた学校を、自分のミスで潰してしまうなんて……と。


「おい、カナセ。お前の父親が持っていた一番のストロングポイントは、どんな時でも諦めなかったこと。類い希なる魔力をも凌駕する強い気持ち。よく聞け。人類史上最悪の脅威と言われる巨大魔敷獣と戦ってた時ですら……テイタツは笑っていたんだ」


 我堂ゴウバの言葉は、魔法のようにカナセの心を真っ直ぐ打ち抜いた。


「……ああ、負けてらんねぇ、絶対負けてらんねぇよ! 親父が凄い英雄だっていうなら、オレはもっと凄い英雄になってみせる! 捻くれたニーセスのジジイもコテンパンにしてやるぜ‼」


 揺らいでいたカナセの心が、カチッと音を立てたように真っ直ぐ収る。


「そう、その目を待っていたんだ。それでこそ、テイタツの息子……いや、希崎カナセ。そうだろ?」

「おう! って、気合いは十分だけど、オレたち相当追い込まれてるよな?」


 カナセは、自分の左手を繋いでいる鎖、そして暗い牢屋を見渡しながら言った。


「おいおい、私の話をちゃんと聞いてなかったのか?」

「えっ?」

「目の前に居るだろ。世紀の英雄を支えた、伝説の魔略士が」

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