第29話 暗闇の二人

「……い……って……えっ⁉」


 うなされながら目覚めたカナセの目に飛び込んできたのは、暗く薄汚れた部屋。

 お尻と背中に冷たくかさついた感触。

 魔炎軒の地下ダンジョン……かと思ったが、向かって右側に見慣れぬ格子状の柵があり、漂う匂いや雰囲気もまるで違う。

 そもそも、どうして自分は眠ってしまっていたのか……?

 壁を背にして座った状態のカナセが、うつらうつらしていると──。


「目覚めたか」


 向かいの壁の方から、どこかで聞いたような声。

 よく見ると、自分と同じような態勢で壁にもたれかかる人影。


「誰……」


 目を細めて相手の姿に注力するカナセ。

 暗さのせいで判然としない。

 それならば……と、右手の指先に小さな炎を灯した瞬間。


「……我堂ゴウバ!」


 威圧感のある鋭い眼差しは、紛れもなく異戸川区立魔法専門学校学長のそれであった。

 咄嗟に、立ち上がろうとしたカナセだったが──。


 ガシャッ!


 左手首に強い痛み。

 目を向けると、鉄製の鎖が巻き付いていた。


「おい、どうなってんだこれ⁉」


 カナセはゴウバを強く睨み付けた。


「捕まってるな」


 なぜか他人事のように、ゴウバはそっと呟いた。


「ふざけんじゃねぇ! あんたがやったんだろ⁉」


 すっかり目が冴えて、それまでの状況を思い出したカナセ。


「ユフミは? フツシは? どこに居るんだよ‼」


 鎖に繋がれた左腕を強引に引っ張るが、ガシャンガシャンと虚しく音が響くだけ。

 外れそうな気配はまったくない。

 カナセは憤る気持ちと憎しみに満ちた眼差しを向けるが、ゴウバは岩のようにピクリとも動かないまま、そっと口を開いた。


「希崎カナセ、お前は何のために我が校へやって来たんだ?」

「……はっ? 何って……あんたが企んでる悪事を暴くために決まってんだろ!」


 この状況になって、もはや隠す理由は無い。

 カナセは何より、仲間たちの動向が気になって仕方が無かった。

 当然のように魔法陣チップは剥がされているのか、二人の声は一切聞こえてこない。


「悪事……だと?」

「ああ、そうだよ! 魔力発電所を爆発させたのも、あんたの仕業なんだろ? もっとヤバいことも考えてるって!」


 カナセは叫びながら、何度も何度も鎖を引きちぎろうと左腕を振り続ける。

 真っ赤に腫れ上がった手首とは対照的に、鎖は何の変化もなく、無情にカナセを縛り続けるのみ。


「クソッ!」


 と、吐き捨てながら、カナセはふてくされた表情でドスンと地面に腰を下ろす。

 沈黙。

 そして……。


「お前……いや、希崎カナセ、君は大きな勘違いをしているようだ」


 カナセを真っ直ぐ見据える我堂ゴウバ。


「なん……」


 意外すぎる言葉に戸惑い、言葉を詰まらせるカナセ。

 ゴウバは、気持ちを押し殺しているかのような、淡々とした口調で続けた。

 

「ここが、どこだか分かっているか?」

「そ、そんなの……イドマホの地下とか……だろ? 自分で、オレを牢屋みたいな所に閉じ込といて、そんなことを……」

「フッ、それじゃあ、なんで私もこの状態なんだろうな」


 座ったまま左手を前に突き出そうとゴウバ。

 ジャラジャラ、ガッ──と、鎖が動きを封じる音が響く。

 暗さのせいで分からなかったが、ゴウバも自分と同じく繋がれた状態であることを知って驚くカナセ。


「どうなってんだ……? ってことは……」

「ああ。私は、自分のことを聖人だなんて言うつもりは毛頭無い。ただ、本当に悪いものがなにか、それをしっかり分かっているつもりだ。君の父親、希崎テイタツの命を誰が狙っているのか……ということも」

「違う……って、言うのか? お前がやったんじゃないのか?」


 カナセは、動揺で声を震わせながら問い詰めた。


「テイタツを殺そうとした真犯人、我々をここに閉じ込めた者、そして、君を騙してそそのかした黒幕、それは……マジェンティア」

「な……なんなんだよそれ! 人の名前なのか⁉」

「いや違う。世界規模で動く悪の組織。今回の件に深くかかっているのは、マジェンティアの幹部──」

「ハッハッハ! 悪の組織だって? 失礼だな、我堂ゴウバ!」


 カツン、カツン、カツン。

 硬い床を思い革靴が歩く音と共に、鉄格子の向こう側がボンヤリと明るくなる。

 カナセが顔を向けると、そこに居たのは茶色いローブを目深に被った細身の老人。

 笑い声を上げた張本人。

 そして、その隣に黙って立っていたのは……。


「ラミカ! 良かった! このオッサン、オレが騙されてるとか何とか言いやがって。ユフミとフツシはどうなってんだ? 無事なんだよな⁉」


 カナセは早口でまくし立てる……が、なぜか、ラミカは目を伏せて黙っている。

 代わりに口を開いたのは、ローブ姿の老人だった。


「ほう、貴様が希崎テイタツの息子か。おしゃべりで、どこまでもバカな所がそっくりだな」


 暗がりとローブのせいで、老人の目元はほとんど見えない。

 ただ、ニヤニヤと笑っている口元だけがハッキリ目に映る。

 カナセは当然、怒りを覚えたが、それ以上に仲間の安否が気になって仕方が無かった。


「なんで黙ってるんだよラミカ! 言われたとおり、イドマホの地下ダンジョンに入って、でっけぇ兵器を見つけたんだぜ! なのに、なんでこんなことになってんだよ‼」

「……黙りなさい」


 とうとう口を開いたラミカ。

 その声は、深い深い地下ダンジョンよりも深く、氷魔法よりも冷たかった。

 唖然とするカナセに向かって、さらにラミカが言葉を投げつける。


「私は、こちらに居られる重辻しげつじドルキラ様の命令に従ったまで。あなたがどうなろうと、知ったことではない……」


 そう言って、ラミカは隣のドルキラに「私は準備があるので、失礼します」と声をかけ、その場を去っていく。

 言葉を失うカナセを見て、ドルキラはいやらしく微笑んだ。


「……と、言うわけだ。なにが悪の組織だ、黒幕だ。この世界に災いをもたらすのは、希崎テイタツをはじめとしたノーマルの魔法使い。そのガキ、そして我堂ゴウバ、貴様らは平和のために死んで貰う。いや死ぬべきだ。すなわち処刑。今から二時間後、それまでせいぜい傷のなめ合いでもしてるんだな……ハッハッハ!」


 高笑いしながら、重辻ドルキラは牢屋前の通路を引き返していった。

 二時間後に殺される……そんな衝撃発言すら、信じていた人間からの裏切りの前では白く霞んでしまう。

 どれだけ窮地に追い込まれても、「それはそれで面白いじゃ無いか」と笑い飛ばして乗り越えてきたカナセの目の輝きは、牢屋の薄暗さに溶けてどこかへ消えてしまっていた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る