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 土曜日の午後2時ごろ。私は、高校からの友人と青い屋根が特徴的な小さなカフェにいた。高校時代から私たちが集まる場所は、いつだってこのカフェだった。毎週集まっては、好きなアイドルの話や気になっている人の話、バイト先のムカついた客の話をしていた。それは、社会人3年目に突入しても変わらなかった。好きな俳優の話や他部署のイケメンの話、お局様の話。集まる頻度は減ったけど、このカフェの隅っこに座った私たちは、確実に学生に戻っていた。


「ねえ。この前話した上司覚えてる?」


 彼女の話は、いつもこの言葉から始まる。親子ほど歳の離れた上司、つまりは“おじさん”に下の名前で呼ばれることが気に食わないらしい。


「まみちゃんの髪は、今日も綺麗だねぇ。だって!今のご時世、それがセクハラになるってわかってないのかな。」


 彼女の1番の魅力は、艶やかなロングヘアだ。丁寧にカラーリングされた茶髪は、胸のあたりまで伸びている。


「わからないんでしょ。てか、そんなの言われたらなんて言い返すの?」

「無視。」

「はは。まみらしい。」


 彼女は、たれ目がちでおっとりした顔立ちの割には、性格がはっきりしている。そのギャップが、彼女の魅力をより引き立てているのだ。だから、彼女の魅力に目が眩む男性が多いのも事実。彼氏がいる間も順番待ち列ができてしまっているのだ。しかし、彼女の興味のない男を追い払う能力が上がるだけで、そこから何も発展しないことが多かった。


「そういえば、ゆっこは彼氏とどうなの?旅行の件どうなった?」


 まみは、私のことをゆっこと呼んでいる。本名のゆうこから言いやすいように改変されてゆっこだ。私は、このあだ名を気に入っている。合コンなどであだ名を聞かれた時は、必ずゆっこと呼んでもらうようにしているし、最近始めたスマホゲームの名前もゆっこだ。しかし、1年近く付き合っている彼氏には、ゆうこと呼んでもらっている。理由は、好きな人には本名で呼んでもらいたい。ただそれだけである。


「それが全然話進まなくって。まあでもゆっくり決めていこうって話になってる。」

「それってまた話流れちゃうんじゃないの?チケット取ろうとしたら、売り切れでした!ってならないようにだけ気をつけなよ。」

「わかってるって〜。」


 それから、いつも通り近況報告を終わらせた私たちは、午後6時すぎに解散した。




 その夜、私はまたあゆくんのことを思い出していた。あゆくんと会う日は、必ず覚えたてのメイクをしていたし、制服にシワがついていないか年密に確認していた。香水なんてものは、まだ持っていなかったので、柔軟剤がいい具合に香っている下着やシャツを選ぶ作業に時間を費やしていた。今思えば、甘酸っぱいひとときで、心にしまっておくことで輝きを放つ青春そのものだった。あゆくんは、私の中の青春。それをいつまでも手のひらの上で大切に握りしめておきたかった。


 一方、あゆくんはというと、寝癖がついていたり、メガネが少し曲がっていたり。男の子特有のいい匂いもした。もうそれが愛おしくて仕方がなかったのだ。毎日のメッセージのやり取りや月1のデートで、私たちの距離は確実に近づいているはずだった。


 そんなふたりの曖昧な関係を完全に引き裂いたのは、受験である。どう足掻いたって逃げられはしないし、学校が違う私たちにとって最大の壁であった。そして、受験に専念するため、連絡を取るのをやめた。

 

 それから、音沙汰なしである。「連絡してみようかな。」何度もそう思った。しかし、その勇気がなかった。勇気がなかったおかげで、社会人3年目の今でも引きずってしまっているのだ。だから、受験前の記憶を思い出し、ニヤニヤする。いつかまた、どこかで会える。そう思いながら、眠りについたのだった。

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また逢えたときには ナジ @ashino_yubi

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