19:人形劇
「アルサ=ドレインもなの⁉︎」
「私が殺した」
タオ=ミリメントは困惑の迷宮に
脳内はもう意味が分からないの大行進。百面相しだすタオを前にしても澄ました無表情のままの魔女が何を考えているのか、それさえタオには分からない。
それなりの地位が与えられているマタドールを前にして、失礼がないようにとタオも
何度来ても第三図書室の様相は変わらず、それぞれの本の塔の高低差が変動しているくらいのもので、花瓶に飾られた赤い薔薇と同じように、魔女マタドールは色褪せずに静かにそこにいる。
「な、なんで?」
「分からない」
「なら、なんなら分かるのよ……っ」
「タオ=ミリメント、貴女には
「それぐらい私にも分かってますっ!」
全くタメにならない助言にタオは頭を抱えた。マタドールとの会話は不出来な
こんな時にこそ魔女の御機嫌伺いが得意らしいアバカスに居て欲しいとタオもちょっぴりは思うが、必要な時に限って近くにいない。
「……第八研究室の研究と関係あるんですよね?」
「それは絶対に教えることはできない」
「なんで⁉︎」
「研究内容の開示に関しては聖歌隊の隊長ないし、大臣の承認が必須だから」
「……その内容を私が既に知っていてもですか?」
「ならば余計に話す必要はないと私は判断する。問題の解明は貴女達の管轄であり、私に任されたモノでもない」
「……このままだとマタドール卿が犯人にされてしまいますよ?」
己の状況を理解しているのかいないのか、タオが何を言おうとも暖簾に腕押し。自らが殺したと口にしながらも、罪の意識のようなものを微塵も抱いていないらしい。良い知らせを聞き喜ぶ事もなければ、悪い知らせを聞いて悲しむ事もない。
無色透明の感情が色付くことはなく、投げられた問題をただ自ら得た知識、情報から構築した判断基準の元解いてゆくだけ。また一つ投げられたタオからの問題を咀嚼するように、マタドールは
「それが? 殺人に対する法律は帝国に住まう人々に適応されるモノであって、魔女には適応外」
「なッ、それはッ」
「私が気にしているのは事実だけ。不思議の中身が知りたいの。貴女との会話は効率性を欠いている。アバカス=シクラメンは来ないのかしら?」
「ッ、ええまだ来ないみたいですね‼︎」
言外に役立たずと言うような魔女に怒りを押し殺しタオは身を
カフッ、カフッ、と赤い
「待て⁉︎」
踏み込んで来る聖歌隊員を前に、タオは剣の柄を右手で掴み構えた。
「ダルク=アンサング⁉︎ なぜ来た⁉︎ 学院に居ろとアバカスが」
「待って! 違うんですタオさん!」
「いいや貴様が待て!」
刃を引き抜き、タオはダルクの顔先にそれを突き付ける。第八研究室の聖歌隊が来たら迷わず剣を抜け。ダルク=アンサングも例に漏れない。
「どんな理由があるにせよ、貴様が宮殿に来る理由にはならないはずだ! 違うか?」
「ダモン=ハグワスとバム=チャングが魔女様を狙っていて心配で」
「その二人はアバカスが確保しに向かった。なんの心配がある!」
「これを見れば分かります!」
そう言って、右の手のひらをダルクは女騎士へと向ける。眉を
ダルクが唇を動かした次の瞬間、魔法陣が光り輝き、閃光がタオの視界を潰す。爆発音に聴覚がやられ、思わず剣を掴む腕で顔を覆ったタオの反対側の腕が握られる感触。力任せに左腕を振るい、その感触が剥がれ落ちるのに合わせて再び剣を構える。
朧げな焦点を頭を振って正す先にダルクはおらず、少し離れたチェストに飾られている薔薇の花弁に指を這わせていた。その手は血に濡れている。
「この魔法は別に魔力器官にのみ作用する訳じゃない。正確には魔力に反応し破裂する。だから体外にも効果を及ぼすんだが、手のひらが傷つくのがね、他にも使い方は幾つかあるが、多くを治療した成果としては扱いづらく微妙なところだ。人知れず誰かを殺すのには使えるんだが。
唱えたのに合わせ、血濡れだったダルクの右手が泡立つと、傷は綺麗さっぱり塞がった。先に溢れ残された血液だけが薔薇を伝い滴り落ちる。
「貴様……ッ⁉︎」
「そう怖い顔をするなタオ=ミリメント卿。マタドールが怖がるだろう? 危ない
言いながら、ダルクは左の手首を右の人差し指で叩くように見せつける。己が左手首へとタオがチラリと目を落とせば、刻まれている魔法陣。口端をへの字に落とす少女に笑みを浮かべ、ダルクは手を叩き合わせた。一度ならず何度も。祝福するように拍手を贈る。
「ここまで諦めなかったのは見事と言っておくよ。だが、あー、いい加減鬱陶しい。放っておけばいいのに。おかげで最悪だ」
「最悪だと! ダルク=アンサング貴様が」
「おかげでマタドール以外の婦人に触れてしまったよ
ボンッ!
「づあッ⁉︎ あああああああああッ⁉︎」
左手首に万力に潰されたような圧力が掛かったと感じた途端、小さな音を立てて呆気なくタオの左手首から先が千切れ飛んだ。
右手から滑り落ちた剣が
「許しておくれよマタドール。私はきみだけのものだ。同期だなんだと馴れ馴れしかった勘違い女ももう処理した。私はもう私だけだ」
「っ、ぁ、マタドール卿っ、逃げ」
「誰に言っているのだそれは? 逃げやしないさ。私が危害を加えたりしないと心の底からマタドールは信じてくれている。その証拠にほら」
伸ばした右手でダルクはマタドールの手の一つを掬い上げる。手から落ちた本を目で追う魔女の顔を嬉しそうにダルクは覗き込み笑い声を
「マタドール、もう私ときみとを邪魔する者はいない。知る者もじきに全員いなくなるよ」
「なぜ殺したの? しばらく来ないと言っていたのに」
「ごめんよマタドール。それは私ときみのためさ。殺したのは他でもない、必要ないだろう? 邪魔者も、不完全な肉体も、きみが作った永遠がいるのだから」
「マタドール卿が……作った?」
小さな疑問の声を拾い上げ、ぐるりとダルクの顔が左腕を抱え
「そうだとも。この世で永遠なのは魔女だけだ。そんな彼女が私も永遠にしてくれた! もう死を恐れる必要はない! あぁ愛しのマタドール! 秘密を守り! 嘘を吐いてまで私を守ってくれるなんて! もう耐える必要はないよ!」
「ま、てッ、ではッ、おまえはッ、誰だ?」
「誰? だれ? これだから脳筋の相手は御免被る。マタドールが愛する男など一人しかいない。私は最初から他の誰かになった覚えはない」
ダルクの指先が魔力で宙に文字を刻む。
『
目を見開く騎士を小馬鹿に笑いながら、顔を笑顔に戻しマタドールに向き直ると、両手でマタドールの手を包み込む。
「きみは瞬時にそれを理解してくれたね。最初試すような真似をしてすまなかった。でもきみは分かってくれた。娼館街に通っていたのもきみの気を惹きたかっただけなんだ。その古ぼけた体ももうない。許しておくれよマタドール」
ドランク=アグナスを殺したのは、他でもないドランク=アグナス。魔女に作らせた肉体に己が意識を複製し張り付け元の肉体を破棄しただけ。転がり出た真実に、タオは口を引き結ぶ。
「じゃあ、おまえっ、全部嘘だったの? 大戦孤児でっ、拾われたってッ」
「そうだがなにか? よくある話で同情を引け素性も隠せる。最高だろう?」
「さいこう? 最高な訳ないでしょ‼︎ そんなッ‼︎ 最高な訳ッ‼︎」
床の剣を掴み上げ、タオ=ミリメントは顔を上げる。大戦で家も家族も失い、騎士や聖歌隊に拾われた。よくある話。よくある話でも当事者からすれば冗談では済まされない。
焼け焦げた大地と転がる死体。眠れば何度も夢見る悪夢。泣き喚くタオに手を伸ばしてくれた者を侮辱するような物言いを許しておけるか? 許せる訳がない。
帝国の陰謀も、誰の思惑も関係ない。
「永遠? そんなもので? 違う、永遠なのは不変の正義だ。正しき優しさに勝るものはない。私はそれを知っている。おまえはそれを侮辱した。他でもない私利私欲でよッ」
「私達の愛を否定する気か?」
「構えろ下衆、オーホーマー騎士団、第三騎士団所属、タオ=ミリメント。我が名に誓いおまえを討つ‼︎」
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