18:二人の男
「いや、別に会話を楽しみたい訳じゃない。ただ考えをまとめる時ってのはアレだ、聞き役がいると具合いいもんだろう? その点あんたはいい線いってる、どこぞの騎士様と違って
家を出て待っていた不良冒険者を気にも止めず、学院に向けて歩き出したダモンと並びアバカスも歩き口を回す。一文字に結ばれた口は形を変えず、隣を歩くアバカスに目を向けもしない。事情聴取の際に相対した時と変わらず、まるで物言わぬ銅像だ。
「昨夜未明にアルサ=ドレインが殺されたんだが知ってたか?」
ダモン=ハグワスは何も言わない。
「第八研究室は随分とまあ危ない研究をしていたようじゃないか? ドランク=アグナスが殺されたのも不思議じゃないなあんまり」
歩く速度を変える事なく、ダモンは周囲に誰もいないかのように歩き続ける。
そんな喋らね聖歌隊員の様子にアバカスは笑みを若干ばかり深めると、学院に向かう道から外れ、真横に伸びる道にダモンを押し込み行き先を変更する。そこで、初めてダモンは顔を歪めた。
「沈黙は金などと言うが、俺はそれを信じちゃいねえ。会話もせずに相手の考えを読める訳でもねえからな。ただ、今回のあんたに限って言えば、沈黙は金だった。正解も間違いも口にしなかったおかげで、自分の身を守れてたって訳だ。そうだろう?」
問いに返事が返って来ない事を承知しながら、一人アバカスは小さく笑いながら頷く。ダモンが道を引き返さないのを確認しながら、回り道をやめ確信をつく。
「あんたは白だダモン=ハグワス。それも信頼できそうなな。掛けられた魔を解く解呪専門のあんたが第八研究室の中で唯一浮いたピースだ。それは無論犯人だからという理由じゃねえ」
言いながら、パチパチとアバカスは指を鳴らす。頭の中で弾けた
「『私が殺した』、あんたが知っているかどうかは別にして、魔女が口にした言葉に間違いはない。だからあんたは犯人じゃないのさ」
そうアバカスは断言する。
「魔法ってのは現象で、発せられる魔力から個人を識別できるのなんざ魔女ぐらいのもんよ。もしあんたがドランク達を殺したなら、マタドールは『私が殺した』などと言わず、一度ならず会い、名前も顔も魔力の質も分かっているであろうあんたの名を出していただろう。だからあんたは白なのさ。ただこれには問題がある」
マタドールの発言に間違いがないのであれば、どう転ぼうが犯人は魔女マタドールから動かない。だからと言って、マタドールがドランクを殺したのかという話にはならない。
鳴らす指を止め、問題の味を変える為に調味料でも振るかのようにアバカスは指を擦り合わせる。
「第二王子派閥に任された研究、今もまだ研究してるらしいが、いつ完成予定なんだ? 本当はもう成功してるんじゃないか?」
アバカスの顔を伺うように、チラリとダモンの目が横に泳ぐ。それに笑みを返し、アバカスは再び指を弾いた。
「これは推測だが、人一人を一人の魔力で全て設えた個体の魔力の質はどうなると思う? 俺は、作り上げた奴の魔力と同質化すると考える。自らが全てを作り上げた個体を魔女は他人だと判断しないんじゃないか? だとすればさっぱり落ち着く」
マタドールが第八研究室との共同研究の中で作り上げた個体がいたとして、もしもそれがドランクを殺したとなれば、魔女の答えは一つ。
『私が殺した』だ。
感情論など魔女には意味ない。あるのは、自らが作り出したモノが何故か人を殺してる事実。
「まぁもう一つ問題として作られた体が誰で、誰の意識が複製され刻まれたのかの問題がありはするが、大した問題じゃねえ。誰が殺ったにせよ、感情は問題じゃねえからな。魔女にはそれがねえ。中にはあたかもあるかのように限りなく人間地味た模倣をする気色悪いのもいるが、若いマタドールにはそこまでの
「…………魔女に詳しいなアバカス=シクラメン」
ゆったりと、重々しくダモン=ハグワスは口を開く。厳つい見た目通りの低い声色にアバカスは目を細めた。
アバカスは自分の名を告げる時、ラストネームを口にしない。変える気はないが嫌いだから。それを知っている者は、暗殺部隊の極秘資料でも覗いたか、相応の地位の者に聞きでもしたか、そうでなければ大戦時代にどこかで会ったか。
アバカスが答えを弾く前に、ダモンは重い口調で答えを告げる。
「君のことは知っている。一方的にだが、四年前の北方戦線を覚えているか?」
「……あぁ、勝気な
「獣人族や魔族まで入り乱れての現世の地獄だ。長らく続いた大戦の末期で数も少なかったにも関わらず聖歌隊員は消費され続けた。北方戦線に派遣された聖歌隊員は一二〇いたが、私を含めて帰れたのは二〇に満たない。『
「まぁ、二〇から三まで減ったな」
懐かしむように吐き捨てながら、二人は肩を
人口六千万を誇る帝国の中で、騎士と呼べる者は千人ばかりで、聖歌隊員も五百程しかいない。残るは一枚落ちる戦士団の者達が純粋な帝国の戦力の大多数を占めるのであるが、最高戦力である騎士団と聖歌隊がそこまで消費される状況がまずありえない。
大戦末期はどの国も無尽蔵に戦力があるのかと勘違いしているのではないかと言う程の消耗戦だった。
「そんな中で魔女が終止符を打った。それは喜ばしい事だ」
「魔女の数少ない良いところだ」
「まあな、だが思わないか? 枯葉のようにただ命が朽ちていくのなら、料理を作るように命を生み出してもいいと」
「それがあんたが研究に賛同した理由であり、口を
眉尻を緩めると、ダモンは大きく一度頷く。
「聖歌隊員が殺され、魔力の流れを追う為に魔女に伺った際に自らが殺したと口にした。それならそれでも構わなかった。魔女に恨みがない訳でもないのでな。それで、これからどこへ向かう? 騎士団の詰所にでも?」
「いいや、問題はまだ全部片付いてねえだろ? まずは答え合わせにさ」
アバカスが前を向いた先、古い家の前に小さな人集りができていた。ざわざわと流れて来る人々の声を追って群衆が目と鼻の先に来る前に、何があったか察したのかダモン=ハグワスは足を止めた。
バム=チャングの自宅。血の滲んだ布に
「……戦友がまた一人減ったか。これが答えだと? では犯人は……それを君はマタドールが作ったと言うのか?」
「だろうぜ。気付かなかったのか?」
「君は一つ勘違いをしている。研究に行き詰まった際に魔女に助言を貰いはするが、研究を形にして貰おうとは思わんよ。我々にも魔法を扱う者としての誇りがある。だが……」
そうは思っていなかった者がいただけの話。誰にも知らせず、研究を形にし、本当なら存在しえない者が一人暗躍している。第八研究室の聖歌隊員の中で、ダモン=ハグワス以外に浮いたピースが一つある。
バム=チャングの遺体を遠目に眺め、笑みを深めるアバカスを横目にダモンは眉間に皺を寄せた。
「君は……私に会いに来る前から気付いていたのではないか? 誰が殺しの真犯人か、ならばなぜ私に会いに来た?」
「依頼された仕事が『真犯人を捕まえろ』じゃあなく『真相を追え』だからだ。全部を知ってる証人が一人は欲しいからな」
そんなアバカスの言葉を踏み付けるように、ガシャガシャと
迫る影は甲冑を
「動くな! 冒険者アバカス! 聖歌隊ダモン=ハグワス! 学院への無断侵入、及びアルサ=ドレイン、バム=チャング殺人の容疑が掛けられている! 大人しく我々に同行していただく! もう一人はどこだ!タオ=ミリメントは!」
「なるほど、傭兵団でもなく騎士団に
何を言われたのか、戦闘用の騎士甲冑まで持ち出す始末。帝国の武力の象徴。普段見ない暴力に身を固めた騎士達の群れに野次馬達は悲鳴を含みながらその場から立ち去るが、刃を突き付けられても、臨戦態勢を取らずダモンに話し続ける不良冒険者の姿に、騎士達は顔を見合わせる。
「真犯人が魔女に執着してんのは元々分かっていた。花だの本だの送るような奴らしかったからな。『心の拠り所』だぁ? 馬鹿らしい。保険で嬢ちゃんを置いてるが、今頃『私が殺した』、『答えられない』の堂々巡りでもしてるだろうからな、あんたの心配がないなら俺も宮殿に向かいたいんだが」
「動くなと言っている!」
ガシャリッ、と重い足音を響かせ一歩詰め寄って来る騎士の包囲網にアバカスは小さく両手を挙げて肩を落とした。隣で同じように手を挙げながら、長い間引き結んでいた口端をほんの少し持ち上げて、ダモンは元暗殺者を肘で小突く。
「私とて死に場所は選ぶさ。北方戦線での借りを返そう」
「なんか貸してたか?」
「少しな。どれ、私も学院に身を置く者として久々に講義といこう。大戦が終わり、騎士団も聖歌隊も急遽人員を補充した所為で質の低下が
「元だ、元。今は気のいい冒険者だ俺は」
「なら行け冒険者」
重い口調でダモンが魔法の呪文を歌い出すのと同時、大地へと崩れたアバカスの体が掻き消える。目前の騎士を踏み台代わりに空に飛び、路地の一画が呪いの魔法の海に沈む。
呪いの
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