第8話 チュートリアル終了

そして迎えた南米フェスティバル当日。


よく晴れた夏の午後、私たち南米音楽研究部は、商店街に到着した。



商店街は、開催が日曜日ということもあって、たくさんのお客さんで大賑わいだった。

いつもは八百屋やパン屋などが軒を連ねている表通りには、さまざまな屋台が並び、多種多様な食べ物や雑貨などが売られていた。南米のCDを売っている屋台もあった。あちこちに南米の国旗が飾り付けられ、熱気の中、風にはためいていた。


「俺たちが演奏するステージは、この通りの先にあるんだよ」

部長に案内されて商店街を歩きながら、私は屋台をのぞき見た。

タコスにシュラスコ、ケバブにたこ焼き、クレープ、唐揚げ、かき氷……。屋台は南米じゃないもののほうが多いぐらいだったが、お客さんたちはそんなことは気にせずフェスティバルを楽しんでいるようだった。


「去年のフェスティバルには部長も出場したんですよね。同じ場所で演奏するんでしょうか」

私がそう尋ねると、部長は首を振った。

「去年、俺は出たけれど、路上演奏だったんだよね。特設ステージができたのは今年から。商店街の人たちが特別にステージをつくってくれたんだよ」

「特設ステージ……」

なんだろう、すごいステージを想像してしまう。「特設」なのか。緊張しちゃうなあ。

「あっ、見えてきた。あれかな」

部長が声を上げた。


部長の指さすほうに見えたのは、ベニヤ板を組み合わせてつくった手づくり感満載のステージであった。アーチ状の看板が上部につけられており、「南米フェスティバル 音楽ステージ」とペンキで書いてあった。

舞台に壁はなく、ちょっとした台という感じで、非常に開放感があった。お客さんはステージの背後に回ることもできそうだ。そんな台とアーチが、商店街の一角にある空き地にぽつんと置かれていた。あたりには誰もいない。


川上先輩がステージのベニヤ板を触り、「いかにも商店街のステージといった感じだな……。予算もないんだろうな……」とつぶやいた。

「全方向から……面白い……」長谷川先輩は気に入ったようである。


「それじゃ、きょうの予定だけれど」

と部長。

「音楽ステージは正午スタートで、地元高校生の俺たちはなんとトップバッターだ。というわけで、正午スタートだと思ってね」

「はい」今は午前11時過ぎだから、開始まであと1時間ほどある。

「じゃあ、それまで自由行動ってことで。俺は商店街の人に挨拶してくる。みんな、10分前には戻ってくるようにね。はい、解散」

そう言うと、部長は人混みの中に消えていった。

「……せっかくだから、屋台でも見て回らないか……」

長谷川先輩からそう提案されて、私たちは屋台を見てまわることにした。私は自分自身にリラックス、リラックスと言い聞かせながら、意識して屋台を楽しむことに努めた。



そして、正午となった。


私たちのステージがいよいよ始まる。


ちなみにステージ衣装はない。南米風の服を買う予算がなかったのである。だから、おのおのの私服の中からジーンズとTシャツを着てくるということになった。


まず1曲目。『コンドルは飛んでいく』だ。有名なこの曲は、私の力量ではまだ難しい。よって部長と川上先輩が前面に出たアレンジとなった。

前奏部分のギターが始まった。ポロポロともの悲しく響く。川上先輩のサンポーニャがギターに寄り添うように響きだした。長谷川先輩が、レインスティックを鳴らして華を添える。


先輩たちの演奏に誘われて、ステージ前には少しずつ人が集まってきた。


私はどきどきで震えながら、ケーナを唇に当て、目を閉じて演奏を始めた。やっぱり高音はかすれる。うまく出せない。思わず目を開けて川上先輩のほうを見てしまった。先輩はサンポーニャを吹きながら頷いた。楽しめ。楽しいという気持ちを観客に届けろ。そう言われた気がした。私は今できることを全力で頑張ろうと気持ちを切り替え、とにかく前向きな気持ちで吹いた。乾いた空をコンドルが飛んでいく。その空のはるか上を飛んでいくような澄んだ音を届けたい。


演奏が終ると、10人ほどに増えた観客たちから拍手をもらった。

それは私が全くの赤の他人からもらった人生初めての拍手だった。知り合いでも友だちでもない人が、認めてくれたのだ。嬉しかった。



感動に浸る間もなく、2曲目が始まった。『美しいウマウアカ娘』だ。こちらは明るい曲で、なんといっても私の高音パートが少ないのが特徴である。ウマウアカとはアルゼンチンにある町の名前らしい。ちなみにウマウアカは観光地として有名だそうで、つまりこの曲は日本で言うと「美しい沖縄娘」とか「美しい北海道娘」みたいな感じだろうか。全然違うかもしれないが、私はそういうイメージで吹くことに決めた。有名な観光地にいる美少女。きっと朗らかで笑顔の似合う健康的な美少女だ、多分。

この曲は、合いの手を叫ぶという長谷川先輩の見せ場もあった。先輩はときおり声を上げながら華麗にステップを踏む。スタイルがいいのもあって、先輩の踊る姿は格好よいのだった。


この曲は楽しく演奏できた。本当に楽しかった。この楽しさのために私は入部したのだ、この楽しさを届けるためにケーナを頑張ったのだと思えた。恥ずかしいとか、失敗したら恥ずかしいとか、そういうったネガティブな気持ちは完全に頭から消えていた。引っ込み思案の私がステージに立って演奏して、そして楽しさを届けたいと思う日が来るなんて、入学時には思ってもみなかった。


吹き終わると、たくさんの拍手をもらった。演奏中は夢中で気づかなかったが、ステージのまわりには人だかりができていたのである。私はびっくりするやら嬉しいやらで、何度も何度も観客に向かっておじぎをした。私は誇らしいような、ちょっと自慢なような気持ちで胸がいっぱいになった。


舞台からはけるとき、川上先輩が近づいてきて、「どうだ。南米音楽研究部に入って良かっただろう」と声を掛けてきた。私は笑顔で頷いた。



そうして、南米フェスティバルは盛況のうちに幕を閉じた。



――

南米フェスティバルの翌日。

学校は休みだけれど、川上先輩と会う約束をしていたので校舎の非常階段の踊り場にやってきた。

手すりにもたれ、ぼんやりしていたら、川上先輩が階段を上ってきた。

「南米フェスティバル成功おめでとう。よくやったな」

「川上先輩……」

「いい音色だった。それに何より演奏する楽しみを知ってもらえてよかった。次は、コンクールで賞を取る喜びを教えてやるから覚悟しておけ」

「えっ」

私は驚いた。急に何の話だろう。

「南米音楽にコンクールがあるんですか? というか出るんですか?」

川上先輩はにやりと笑った。

「これで終わりだと思ったか? ここまでは南米音楽研究部のチュートリアルに過ぎないぞ」

「えええっ?」

「今日からビシビシ鍛えていくから覚悟しろ。ここからが本編だ!」

「ええええええええっ!」


そんな。


そんなのって。


私は大きく息を吸って、

「頑張りますので、よろしくお願いします!」と大きな声で返事した。


川上先輩は、びっくりした顔をした。でも、すぐに笑い出した。先輩はとても嬉しそうだった。

「桜木」

「はい」

「もう一つ、伝えたいことが……」




「あのう、こちら、南米音楽研究部でよろしかったかしら?」


女性の声がしたので、振り返ると、制服姿の小柄な女性が立っていた。腰まである長い黒髪を後ろで一つに結んでいる。

その後ろには、肩幅の広い金髪の男性が立っていた。ゆったりしたシャツを着ているが、服の上からでも肩や胸の筋肉が盛り上がっているのがわかった。彼はなぜか木箱を肩に担いでいた。わりと大きい木箱だ。段ボール箱ぐらいあるのではないだろうか。


川上先輩が前に出て、二人に尋ねた。

「うちの部に何か御用ですか」


女性は優雅に一礼し、

「申し遅れました。私、清宮深雪と申します。学年は2年です。ブラジルのタンバリン――パンデイロを極める道の途中ですの」と名乗った。猫を思わせる大きな目を細めて、にこっと笑った。


後ろにいた金髪男性が身を乗り出し、

「俺はペルー流カホンのパフォーマーだ。名前は赤井勇翔。1年だ。商店街でライブやってたのを見て、俺もセッションしてみたくなったから来てやったぜ。カホンってこいつのことだが、説明は要らねえだろ?」と自己紹介し、かついだ木箱をタタタタンッと軽やかに叩いた。


ブラジルとペルーの楽器の奏者。この二人はもしや……。


「もしかして…………入部希望者……ですか?」


「ええ」

「ああ、そうだ」


私と川上先輩は顔を見合わせて、手を取り合った。

「やったー!」

「南米音楽研究部は6人になったぞー! 演奏の幅が、編成の幅が広がる! やれる曲がぐっと増えるぞー!!!」


忙しいけれどわくわくする日々はこれからも続きそうだ。



<おわり>



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ここは南米音楽研究部! ゴオルド @hasupalen

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