第7話 合宿を南米料理とともに

1学期も終わり、明日から夏休みだという終業式の放課後。


いつもの非常階段で、部長が「明日から一泊二日でキャンプしようよ!」と言い出した。


「えっ、こんなときに遊びに行ってもいいんでしょうか」

私は思わず声を上げた。フェスティバルまでもう1週間ほどしかないのにいいのだろうか。そりゃ先輩たちは遊んでも平気そうだけれど。

「……うちのキャンプって……練習のために山小屋に泊まることだから……」

長谷川先輩からの説明を受けて、私は少し赤面した。なんだ、そういうことか。遊びにいくのかと勘違いしてしまった。


「この近所に市民キャンプ場があるんだけど、そこにコテージがあってね。長谷川に言わせたら山小屋だけど、それを借りて練習合宿といこうじゃないか!」


キャンプ場、コテージ、合宿。どれも人生初である。私の人生ってこういうものとは無縁だとばかり思っていた。楽しみだ。


しかし、川上先輩が異議を唱えた。

「部長、明日からってのは急じゃないか? コテージの予約だって……」

「もう取ってある!」

「じゃあ食料の買い出……」

「はい、買う物リスト!」

「ほかに準備も……」

「これキャンプのしおり! ちな俺の手作りだから大事にしてね!」

「うわあ、完璧ですね、部長!」

「はっはっは」

「さすがだ……竹内……」

「まあね~!」

「……はあ」



そんなわけで、練習合宿に行くことが決まった。



――

翌朝、私たちは一度学校で待ち合わせてから、一緒にキャンプ場へ向かった。

学校の近くにあるオリーブの森公園の入り口を抜けて、案内看板に従って遊歩道を歩いていった先に、木造の小さな山小屋――木造平屋のコテージが2軒並んで建っていた。1棟は6畳ぐらいの広さだろうか。こぢんまりとしているが、屋根もあるし、電気も通っている。調理場もトイレもある。正直ここを部室にしたいぐらいだと思った。


私たちは楽器と食料、調理器具、クーラーボックスやら椅子やら敷物等、わりと大荷物をコテージに運び込んだ。

ちなみに部長は2棟借りてくれていた。女子棟と男子棟ということらしい。ありがたい。こういう気遣いをしてくれるところが部長だなあと思った。

「あ、そうそう、食事だけど、桜木さんは夕飯の準備はしなくていいからね」と部長。

「そういうわけにはいきませんよ」

「いいんだって。これ歓迎会も兼ねてるから」

「えっ、そうなのか!?」

川上先輩が驚いたような声を出した。

「川上くん~。しおりに書いてあったはずだけどな~。ちゃんと読んでくれてないのかな~?」

「い、いや、だって、急だったし、読む暇なかっただろ……」

川上先輩は目が泳いでいた。

「……俺は全部読んだ……」

長谷川先輩は律儀である。


――

荷物が片付くと、私たちは早速、練習に取りかかった。


まずはストレッチ。体を動かして、それからドレミファソラシド~の練習だ。正式名はわからないが、一番最初にまずやるのがこれなのだ。

私はいつものようにドレミを吹いてみた。ケーナは朝の森によく響いた。響きすぎて不安になったほどだ。

「これって近所迷惑になったりするんじゃ……」

「このあたりは民家ないし、ほかのキャンプ客もこのコテージ側にはいないから気にしなくていいよ。南米音楽研究部の合宿だってことは管理者にも伝えてるし」


そういうことならば。私は遠慮なく爆音で練習を始めた。ピィィィィ! キィィィィ! と鳴らしまくった。

「くっ……これを夜までとは……」

川上先輩のほうから苦情が来そうな感じではあった。



個人練習を終えたらもう昼になっていた。

昼食にはコンビニで買ってきたおにぎりを食べた。


午後の合奏の練習に入る前、私は川上先輩に頼み事をした。


「川上先輩、ケーナを吹いてみてもらえませんか」

「別に構わないが」


川上先輩が姿勢を正し、ケーナに唇を当てると、なんとなく場の空気が冷やっとした気がした。部長も長谷川先輩も、じっと様子を見守っている。

ピィィィーーーーー……

力強くて伸びのある澄んだ音色が響いた。高音になると、丸みを帯びた柔らかい音になった。私の叫ぶような硬い高音とは全然違う。なぜだろうか。


川上先輩がケーナから口を離した。

「どうだ、参考になったか」

「あの、どうして先輩と私はこんなにも音色が違うんでしょうか」

前々から疑問に思っていたのだが、もしや吹き方が違うのだろうか?

「ケーナに限らずだが、笛は人によって音色が変わるんだ。口も楽器の一部だからな。俺はフルートをやっていたから、口もフルート用に鍛えられている。音もフルートに近くなっているはずだ」

「桜木さんは音色が明るいよね」と部長が話に入ってきた。

「とても……楽しそうな音だ……」

「そうなんですか? 練習を頑張ったら私も先輩みたいな音を出せるでしょうか」

「いやいや、桜木さんの音色はそのままでいいんだよ」

「……音色は個性だから……変わらないと思う……」

「人の真似はしなくていい」

3人から同時に言われてしまった。


川上先輩はついでに曲を演奏してくれた。「花祭り」という曲だ。今度は部長と長谷川先輩も加わり、完成した一つのハーモニーとなった。やっぱり素敵だなあ。私も川上先輩みたいに吹けたらなあと思わずにはいられなかった。



それから合奏の練習をして、さらに個人練習に戻り、また合奏する。そんなことを何度も繰り返して、疲れてへろへろになった頃、午後の練習が終った。



――そして、夜となった。


私の歓迎会とやらが始まる夜がついに来た。

実は歓迎会も人生初だ。部活なんてやったことなかったし、バイトも未経験だから、そういうものとは無縁な人生だったのだ。ああ、なんだか妙に照れくさい。



コテージの外に設置された木製テーブルにランプが飾られ、そこにご馳走が並べられた。みな席につき、ジュースの入ったカップが配られた。


部長が急にかしこまった態度で「えー、皆さん」と挨拶を始めた。

「本日の練習、お疲れさまでした。青空の下で練習に励み、それぞれ得るものがあったことと思いますし、そうでなくては困ります」

はい、と頷く。

「それで、しおりにも書いておりましたが、桜木さんにここで1曲吹いていただきまして、本日の成果を見せていただき、それから乾杯したいと思います。では、桜木さん、どうぞ」

私は立ち上がると、今できる最高の演奏を披露した。つっかえたり、かすれたりもしたけれど、以前よりはマシになった、と思う。出せる高音域も、少しずつではあるが広がってきている。

演奏が終り、「上達した」と先輩方から褒めていただき、ジュースで乾杯となった。


「ようこそ南米音楽研究部へ!」「乾杯!」


そして食事が始まった。


この夜、先輩たちが用意してくれたご馳走は、酢の物とバーベキューだった。しかし、それを言うと、「酢の物じゃなくてセビチェ、バーベキューじゃなくてアサードね」と部長がすぐ訂正してくる。これは部員として覚えないといけない用語らしい。


まずセビチェをいただいた。刻んだタマネギとトマト、茹でた小エビをレモンと塩とハーブ、そして唐辛子で味付けしてある。スパイシーなマリネという感じ。さわやかな酸味で練習の疲れがとれそう。エビの茹でぐあいもちょうど良くて美味しかった。これは川上先輩が作ったらしい。

「美味しいですよ」と私が言うと、

「そ、そうか、なら良かった……」先輩はちょっと照れたような顔をしていた。


続いてアサード。バーベキューのことだが、南米音楽研究部ではアサードと呼ぶのが正式だそうである。本来は塩で味付けるらしいが、先輩方は焼肉のタレを使っていた。ということは、これはもうアサードではなくて焼肉なのではないだろうか。それはそれとして、自然の中で部活のみんなと食べるお肉はとても美味しかった。こちらは部長と長谷川先輩が担当だ。コテージの外にあるバーベキュー用コンロを使い、牛肉やソーセージを焼いてくれた。

「キャンプはやっぱり肉だよなあ」

「いくらでも食べられそうですね」

「……いっぱい食べてくれ……あと、焼きおにぎりも用意したから……」

焼きおにぎりの焦げた醤油が香ばしくて美味しかった。けど、私はもうアサードと焼肉の違いがわからない。


おなかいっぱい食べて、しゃべって、楽しい時間はあっという間に過ぎ、やがて食後のコーヒータイムとなった。ブラジルではコーヒー豆が採れるらしい。南米を身近に感じる食後の一杯となった。


コーヒーカップを持ったまま、星空を見上げた。4人が物思いに耽るように無言でコーヒーをすすっていると、川上先輩が「来週は南米フェスティバルだ」とつぶやいた。その言葉にどきりとする。あと1週間。悔いのないように練習しておかないと。


「楽しもうね」

部長の言葉に深く頷いた。大事なことだ。忘れてはいけない。



<つづく>

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