第32話 親友と見守り

「……お前、小春こはるの警護は俺に任せるって言ったよな?」

「言ったよ?」

「じゃあ、なんでここにいんだよ」

「心配になっちゃって」


 放課後、暁斗あきと智也ともやは体育館裏にて、細い通路の中を目だけを出して覗いていた。

 その先には小春がチラチラとこちらを見ながら立っていて、よく見なくても不安に感じていることが分かる。

 実は、つい十数分前に彼女が机の中に入っていた新たな手紙を見つけたのだ。相変わらず名前は書き忘れているが、今回は体育館裏に来て欲しいと場所が指定されていた。

 つまり、恋人臭撒き散らし作戦の効果が出たわけである。その結末まで見なければ、立案者である暁斗も落ち着けない。


「何より、智也だけでなんとかなる相手かも分からないからね」

「確かにそうかもな。字が綺麗だったから弱々しいやつを想像しちまってたが……」

「最終手段は僕が囮になって殴られるから、その隙に智也が後ろから股間に蹴りを入れてね」

「……いや、待て。それだと殴られてる側の方が守ってる感出ないか?」

「そんなこと言ってる場合?」

「でもよ、小春の前ならかっこいい方が―――――」

「智也、来たよ」

「っ……おう」


 余計な作戦タイムはさっさと切り上げ、再度小春の方へと視線を戻す。

 すると、奥の方から長身の男が現れて、彼女の目の前で足を止めた。手紙の主は彼らしい。


「あ、その、えっと……」

関口せきぐちさん、こんなところに呼び出してごめんね」

「だ、大丈夫です!」

「ありがとう」


 会話の入り方を見る限り、悪い奴では無さそうだ。それは智也も分かっているようで、まだ飛び出そうとする素振りも見えなかった。


「ところで、今日一緒に教室に来てたのは彼氏?」

「は、はい!」

「そっか。関口さんは素敵な女の子だもんね、彼氏くらいいるか」

「す、すみません……」

「謝らないでよ、悪いことはしてないんだから」


 男はそう言いつつも、「でも……」と眉間にしわを寄せると、深いため息をついて肩を落とす。

 その瞬間、暁斗は不思議と悟った。これから飛び出す必要が出てくるようなことを、こいつは口にするのだろうな……と。


「あんなチャラそうな男は君に釣り合わないよ」

「へっ……?」

「教室に来てた時だって、友達とばかり話してたじゃないか。君はすごく寂しそうだった」

「そんなことないですけど……」

「我慢しなくていい、僕なら君のことを一番に考えられる。あんな男なんて捨てて、僕と付き合わない?」

「あ、えっと……」


 突然の豹変に小春は困惑してしまって、その隙に付け入るように男は言葉を畳み掛けた。

 その様子にはさすがに黙っていられなかったようで、必死に怒りを堪えていた智也も「イヤです!」という否定の直後に響いたビンタの音を聞いて限界を迎えた。


「お前、小春に手を―――――――――」

「智くんのことを悪く言うような人は、何があっても付き合ったりしませんっ!」

「――――――――ん?」


 体が半分ほど出たところで彼は気が付いた。手を上げたのは男の方ではなく、小春だったことに。

 喧嘩なんて絶対にしないし、怒ることもほとんどないような穏やかな彼女が、自分をバカにされたことに本気で怒っていたのだ。


「そんな、あんな奴の何がいいんだ……」

「智くんは勘違いされやすいですけど、私のことを一番理解してくれている人です!」

「なっ?!」

「しっぽの切れたヤモリを見て、泣きながら獣医に連れて行くような優しい心の持ち主なんですっ!」

「くっ……」

「私は、関口 小春は智くんのことが世界で一番好きなんです! 大好きなんです!」


 小春は喉が枯れるほど大きな声で叫んだ後、ポケットから取り出した手紙を突き返す。そして。


「彼を馬鹿にする人は大っ嫌いですから!」


 怒りの込められた声色でそう言いながら、再びビンタをしたのであった。

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