第28話 猫とチャーハン

 橙火とうかの作ったチャーハンを食べた暁斗あきととねね子は、言葉にならない何かを漏らした後、お互いに目を合わせて頷き合う。

 そして食べ盛りの野球少年のように夢中で口の中へかき込むと、キラキラとした瞳で空になったお皿を差し出した。


「おかわり!」

「おかわりにゃ!」

「ふふ、喜んでくれたみたいで良かったわ」


 クスクスと笑いつつ2杯目をよそって来てくれた彼女は、2人が座っているのとは机を挟んだ反対側に腰を下ろして頬杖を突きながら微笑む。

 橙火のチャーハンは控えめに言ってすごく美味しい。中華鍋を取り出したところから察してはいたが、一人暮らしをするだけあって料理の能力はかなりあるらしかった。

 家事全般が出来ると言うには、少しばかり……いや、かなり片付けの神様に見限られ過ぎているらしいけれど。


「ねね子ちゃんも、野菜食べれて偉いなぁ」

「別にアイツらのことは嫌いじゃないにゃ。少しばかり分かり合えないってだけにゃよ」

「あはは、変わった言い方やね。また、これを機に野菜好きになってくれればウチも嬉しいわ」

「……たまには背中を預けてやってもいいにゃね」


 このチャーハンは野菜が小さめに切ってあるおかげで、パラパラとしたご飯の中に綺麗に混ざってくれている。

 野菜だけが浮いていたりもせず、だからこそねね子でも食べられているのだろう。是非とも作り方を教わりたいところだ。

 まあ、ねね子は食べる必要が無いから、好き嫌いをしても特に問題はないのだが。暁人も出来れば一緒のものを楽しみたいと思うのである。


「ところでお二人さん」

「どうしたの?」

「なんにゃ?」

「一応、恋人同士という認識なんやけど、ウチとしては興味本位で聞きたいことがあってな」

「聞きたいことって?」

「人の家で熱い接吻せっぷんを交わすほどなわけやし、関係はそこそこ進んどるんちゃう?」

「なっ?! そ、それは……」

「大丈夫や、誰にも言わん。どこまでやったんかっちゅうことを聞きたいだけなんや」


 今度は橙火の方からキラキラとした視線を向けられ、思わずモゴモゴと口ごもってしまう暁斗。

 彼女の目を見る限り、いわゆる恋バナ的な流れで聞きたがっていることは嘘ではないだろう。

 それに2人は今のところキスまでしかしていない。既に現場を見られている以上、隠すことなんて何も無いはず。

 頭ではそう分かっているのに、不思議と言葉にするのは躊躇われた。単純に恥ずかしかったのだ。


「せっぷん……ってなんにゃ?」

「キスのことやで」

「にゃるほど。それにゃら、せっぷんはねね子たちにとって遥か昔に通過して地点にゃ」

「あれ、2人って幼馴染なん?」

「生まれた瞬間から一緒にゃ♪」

「それは運命やね、ロマンチックやわ」

「ご主人とは赤い糸で結ばれてるのにゃ」


 楽しそうに微笑みながら、チャーハンを食べることも忘れないねね子。

 遥か昔と言うのは、おそらく暁斗が幼稚園に入った日のことだろう。離れるのが寂しくて、別れ際にちゅーをしたのを覚えている。

 この歳になってみればぬいぐるみ相手に何してたんだと思わなくもないが、子供というのは命のないものに想像の中で命を与える存在なのだ。

 ねね子が人間になった今では、その時の行動も全て愛情を注ぐという意味では正しかったと証明されたけれど。


「でも、ねね子ちゃんってウチの高校の生徒やないよな? 他校の子ってこと?」

「高校にゃらもう卒業したにゃ」

「え、見た目によらず年上ってこと?!」

「違うにゃ。ぬいぐるみは6年で―――――――」


 そこまで言いかけたねね子の口を、暁斗は慌てて塞ぐ。やはり、人間として生きることの自覚を持つように注意する必要がありそうだ。


「ねね子、分かってるよね?」

「う、うっかりしてたにゃ……」

「ちゃんと話を合わせて、誤魔化すから」

「了解したにゃ」


 小声でそう打ち合わせをした2人は、「ねね子は確か、隣町の高校だったよね?」「そ、そうにゃ! 卒業したのは中学だったにゃ!」と慌てて誤魔化す。

 そんな様子に納得出来ていないといった表情で頷いた橙火だったが、何とかチャーハンの話題で逃げ切ったことはまた別のお話。

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