第27話 猫と報酬

「そうだ! せっかく来てくれたし、ねね子に片付けをお願いしてもいい?」

「私がやるのにゃ?」

「だって片付け得意でしょ?」

「別に構わにゃいけど……」

「サラミあげるから、頼まれてくれへん?」

「任せとくにゃ!」


 そんな会話をしてから僅か2分。ねね子の独断と偏見で捨てるもの(予定)の山はゴミ袋へとまとめられ、ぬいぐるみだけがポツンと残された。

 やはり、ぬいぐるみとして仲間は捨てられないらしい。さすがに古びてボロボロになっている子には、「生まれ変わるのにゃよ」と声をかけてから袋に入れていたけれど。


「ねね子ちゃん、すごい早いな。おかげで部屋もピカピカやわ」

「これくらい朝飯前にゃ、もうお昼にゃけど」

「はい、報酬のサラミ。安いやつしかなかったんやけど……」

「安くても数が多いからいいにゃ。ねね子は別にグルメでもにゃいからにゃ」


 その言葉に、なるほどと頷く暁斗あきと。高ければ喜んでくれると思っていたが、ねね子は安くても長く味わえるなら満足するタイプだったのだ。

 そこは彼自身とよく似たようで、高かろうと安かろうと味がそこまで見分けられないのである。


「ところで、暁斗くん」

「ん?」

「どうして『ご主人』なんやろなって。そういう風に呼べって言ってるん?」

「ち、違うよ?! ねね子がずっとそう呼んでるから、別に買えなくてもいいかなって……」

「怪しいなぁ。ねね子ちゃんも彼女さんやったら、名前で呼んだりしたいもんな?」

「私はご主人のままでいいにゃ。こんな呼び方をするのはねね子だけにゃから、すぐ気付いてもらえるのにゃ」

「……ほんま、健気な子やわ」


 ねね子の素直さにうるうるとした橙火とうかに抱きしめられ、むしゃむしゃとサラミを食べていた彼女は少し困惑してしまう。

 しかし、その温かさに安堵したのか、しばらくすると心地よさそうに目を閉じて身を委ねていた。


「これが……尊いか……」

「暁斗くん、スマホを構えてんの見えてるで」

「記念に1枚だけ、ね?」

「しゃーないな、特別やで」

「恩に着る!」

「……そんなキャラやった?」


 テンションが上がりすぎておかしなことを口走ったせいだろう。写真に写る橙火の表情が頭の上にハテナを浮かべたような、曖昧なものになってしまった。

 それでも1枚と約束したからには、これ以上シャッターは切れない。ねね子が幸せそうならいいかと、自分を納得させて我慢しておく。


「暁斗くんの労働も終わったし、お礼にお昼ご飯を振る舞ってあげるわ」

「え、いいの?」

「ねね子もまだ食べ足りないにゃ」

「チャーハンとかでええかな?」

「大満足だよ」

「ご馳走になるにゃ!」


 そんな流れでサラミに加えてお昼ご飯まで食べさせてもらうことになったのだが、暁斗からすれば罰として働かされていたはずなのに……と思わなくもない。

 それでも、橙火がいいと言うのなら甘えさせてもらおう。そう考えることにして、「野菜は少なめで頼むにゃ」と小声で交渉しているねね子の肩を軽く叩いた。


「野菜、食べようね?」

「に、肉の方がポイントが貯まるにゃ……」

「好き嫌いする子、僕は嫌いだなぁ」

「た、食べるから……嫌わにゃいで……」

「嘘だよ。好きだから一緒に食べようね?」

「……」コク


 そんな2人のやり取りを微笑ましそうに見ながら準備を進めていた橙火が、「ポイント?」と首を傾げたけれど、「栄養のことだよ」と誤魔化しておく。

 家に帰ったらねね子には、外でぬいぐるみ関連のことを口にしないように言っておかないといけないね。バレたらややこしいだろうし。


「それじゃ、テレビでも見て待っといて。ウチが最高のチャーハンを作ったるわ」

「ねね子は作るところを見てたいにゃ」

「じゃあ、僕も見とく」

「……しゃーないな。隠し味は秘密と思っとったけど、見せるしかないらしいわ」


 そう言いながら板チョコを取り出す彼女に、暁斗とねね子が思わず顔を見合せたことは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る