第26話 猫と本能
「にゃぅぅ……サラミが足りにゃいにゃ……」
ねね子のその言葉から、朝に家を出る前に与えたサラミでは物足りなかったということは分かる。
確かに少しお高いやつとは言え、パックの中に5枚しか入ってなかったから仕方がない。
それで一日ひとりぼっちでお留守番しているようにと伝えるのは、あまりにも無理なお願いだったのだ。
「そ、その子、なんなん?!」
「
「わ、分かった……」
今のねね子は何をするか分からない。もしかすると、自分だけでなく他の人にも噛み付いたりするかもしれない。
簡単には鎮められそうにない本能の前で取れる最善の行動は、橙火さんをこの場から離れさせることだった。
彼女が部屋から出ていったのを確認して、
彼女は八重歯を覗かせてこちらを鋭い瞳で見つめると、「サラミ……ソーセージ……マタタビ……」と呟き始めた。
ぬいぐるみに食という概念が無いと言っていたが、やはり美味しいものは美味しいと感じるらしい。この前のパンケーキがきっかけだろうか。
「ねね子、目を覚まして」
「にゃぅぅ……ご主人……」
「僕はここにいるよ。だからしっかりして」
「……にゃ?」
ギュッと抱きしめてあげると、猫化していた瞳に一瞬だけ光が戻ってくる。しかし、すぐにまた暴れ始めると、暁斗の右頬を爪で引っ掻いた。
「痛っ……」
「ご主人……サラミ……ご主人……」
「ねね子、正気に戻ってよ!」
もうハグでは何ともならないことはわかった。こうなれば、場所がどうだなんて関係なく、最終手段を使うしかない。
彼は大きく深呼吸をすると、暴れるねね子の体を左腕で自分の方へと引き寄せる。
そして右手を彼女の後頭部に添えると、強引に自分の方へと近付けさせて唇を重ねた。
「っ……?!」
「んん」
「にゃぅ……」
腕の中で段々と抵抗をやめていくのが分かる。体から少しずつ力を抜き、全てを委ね、やがて自らも求め始める。
愛情ポイントを送って元に戻す。そんな目的が達成されていることも忘れて、いつからかただただお互いが満足するまで口付けを交わそうとしていた。
しかし、ここは自分の家ではなく人様の家。そんなことをのんびりとしていられるはずもなく……。
「暁斗くん、サラミ持って来――――――え?」
その現場を助けに来てくれた橙火に見られ、その場にいた全員が顔を真っ赤にしてしまう。
しかし、ねね子はここぞとばかりに思い切ってもう一度キスをすると、彼女に向かって言い切った。
「ご主人はねね子のものにゃ!」
「……ん?」
「他の女の子には渡さないにゃよ!」
「……ああ! もしかして、暁斗くんの彼女さん?」
「そうにゃ」
「いや、違うよ?!」
「キスまでしといて違うのにゃ?」
「うっ……そう言われると確かに……」
実際に付き合うだとかの話をしていないから全く考えなかったが、言われてみれば恋人と言っていい行為を既にしているわけで。
物欲しそうな目で見つめられてしまうと、女の子の家に行くとほんの少しはドキドキしていた今朝の自分が恥ずかしく思えてきた。
「なんや、彼女さん居たんや。暁斗くん、学校で彼女なんか居らん言うてたから誘ってしもたんや」
「そ、そうだったのにゃね」
「ねね子ちゃん言うたかな。ごめんな、ウチは暁斗くんをそういう目で見てたわけやなくて、片付けを手伝ってもらうために呼んだんやわ」
「にゃるほど。それなら許してあげるにゃ」
「素直でいい子やわぁ。こんな子はなかなかおらんで、大事にしぃや?」
「あ、うん……」
完全に恋人として認識されている。もちろん、暁斗自身もねね子のことが大好きなわけで、そういう関係になれること自体は嬉しい。
しかし、同棲していること、ぬいぐるみであることなど、知られると厄介なことになりかねない要素が多いわけで――――――――。
「それにしても、2階までどうやって登ったん?」
「壁登りは得意にゃ」
「へえ、すごいなぁ」
何だか仲良くなり始めている彼女たちの様子に、余計なことを口走らないかとヒヤヒヤしながら聞く暁斗であった。
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