第16話 猫とシャンプー
「ね、ねね子、入るよ……?」
「は、はいにゃ!」
曇りガラスのはめ込まれたドアの外から声を掛け、
そこでは先に準備していたねね子が待ってくれていて、彼女は体にタオルを巻いた状態で風呂場用の腰掛けに座っていた。
「……」
「……」
後ろ手に扉を閉めてから、しばらくお互いに無言の時間が流れる。
実際はぬいぐるみと人間。こんな感情になることなんてありえないはずなのに、今の姿ではどうしても意識せざるを得なかった。
「と、とりあえず、さっさと体を洗うにゃ……」
「そう、だね。僕が洗ってあげるよ」
「いいのにゃ? というより、大丈夫にゃ?」
「何が?」
「ご主人、真っ赤にゃよ」
「それを言うならねね子だってそうだよ」
そう言い合って、同時にぷっと吹き出す。自分だけが意識してしまっているのではないのだと、心のどこかで安心できたからかもしれない。
暁斗はシャワーヘッドを握って水がお湯になったことを確認すると、弱めの水圧でねね子の体についたクリームを落としていく。
思ったよりも広範囲についてしまっているため、途中からは巻いていたタオルは外してもらい、前だけを隠してもらった。
「よし、表面に見えてるクリームは取れたよ。じゃあ、次は髪を洗っていくね」
「あ、待つにゃ」
「どうかした?」
「ついでにこれも洗って欲しいのにゃ」
彼女はそう言いながらギュッと目を閉じると、ポンッと頭の上に猫耳が出現する。
普段は汚れることもないし、そもそも消して再出現させれば汚れも取れるので洗う必要すらないのだ。
だが、本人が洗って欲しいというのだから、暁斗も断る理由はない。むしろ前々から触りたいと思っていたから、チャンスだとすら思えた。
「触るよ?」
「ご主人に言っておくにゃ。ねね子にとって耳に触れるのは、お尻に触れるのと同じくらいの行為にゃよ」
「そうなの?!」
「そのくらい覚悟して触れってことにゃ」
「わ、わかった……」
一度深呼吸を挟み、心を落ち着けてからシャンプーをつけた手で耳先に触れる。
ピクっと動いた時には少し驚いたが、ぬいぐるみだった時とは違った感触に、思わず夢中で触ってしまった。
「にゃうっ?!」
「ご、ごめん! 痛かった?」
短い悲鳴のようなものを上げたねね子に慌てて謝罪するも、彼女は耳を触りながらゆっくりと首を横に振る。
今の声は痛みから出たものではなく、別の何かから出たらしかった。
「違うのにゃ。その……気持ちよくて……」
「え?」
「だ、だから、もっとしろって言ってるにゃ!」
照れているのか、シャーっと牙を見せて急かしてくるねね子。そんな様子に思わず笑みを零しながら、暁斗は両耳を同時に弄り始める。
これには我慢するという意識も吹っ飛んでしまったようで、彼女は「にゃぁ……にゃぁ……」と愛らしく鳴いて身を捩った。
「ねね子、すごく可愛いよ」
「ダメにゃぁ……そんなこと言われたら……」
「どうなっちゃうの?」
「にゃぅぅ……!」
鏡に映るねね子の顔の赤みが増したと思ったその直後、ポンッという音がどこから聞こえてくる。
何かと辺りを見回していると、下からニョキっと生えるかのように細長いしっぽが伸びてきた。
「これは……こっちも撫でろってこと?」
「ち、違うにゃ! 気持ちが高まりすぎると、体の制御が出来なくなるのにゃ!」
「ふーん?」
「そ、その目は何にゃ……?」
ニヤッと笑う暁斗に身の危険を感じたのか、慌てて逃げ出そうとするねね子。
しかし、彼はそんな彼女の腕を掴んで引き寄せると、後ろから体を密着させながら右手でしっぽを掴む。
「ひゃうっ?!」
「ここも弱いんだ?」
「ご、ご主人……ドSにゃ……」
「ねね子の顔みてたらいじめたくなっちゃって」
「もう好きにすればいいにゃ!」
「そうじゃないでしょ? してください、だよね?」
「んぅ……し、してくださいにゃ……」
「言えて偉いね。ほら、おいで」
余程恥ずかしいのか、体まで赤みを帯びてきたねね子に手招き、イスに座り直させる。
そしてシャンプーの代わりにボディソープを手に出すと、しっぽの根元から先っぽにかけてを何度も擦った。
「んにゃっ……んにゃぅ……」
「気持ちいい?」
「い、言えにゃい……」
「言わないとやめるよ?」
「うぅ、ご主人に触られてるだけで気持ちいいに決まってるにゃ!」
どれだけ繰り返しても可愛い声を漏らすねね子。そんな彼女に夢中になり続けた結果、暁斗は気が付けば40分もいじめ続けてしまっていたのであった。
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