第15話 猫と強敵

「バニャニャ、切れたにゃ」

「バナナね。ありがとう」

「どういたしましてにゃ♪」


 嬉しそうに笑うねね子に次なる仕事を与えようと思ったものの、もう切ってもらうフルーツが残っていない。

 パンケーキの素はもう焼き始めているし、チョコレートだって板チョコを溶かしている最中だ。

 あとやっておくことと言えば、市販の生クリームを開封することくらいしかない。

 それをわざわざ頼むのも悪いかと思ったが、本人に聞いてみると「生クリーム将軍め……」とノリノリなのでお願いすることに。


「こんにゃの、ねね子にかかれば秒殺にゃ」

「それは頼もしい」

「すぐに開けて見せ――――――にゃ?」


 ペットボトルと同じ要領で蓋をひねってみるねね子。しかし、以外にも強敵だったようで、将軍はビクともしていない。

 手では無理だと判断した彼女が歯で噛んで開けようとしても、開く気配すらしなかった。


「あ、ねね子」

「ご主人は手出し無用にゃ! これはねね子と生クリーム将軍の戦いなのにゃ!」

「いや、そうじゃなくて―――――――」


 ひねる方向が反対だと教えてあげようとした矢先、力を入れ過ぎてコントロールするのを忘れていたのだろう。

 鋭い爪が食い込んだ部分から袋が破け、彼女が握っていたこともあって中身が飛び出してきた。


「んにゃぁぁぁぁ?!」


 ねね子は叫び声を上げて頭から生クリームを被ると、驚きのあまり尻もちをついてしまう。

 立ち上がらせあげようと駆け寄った暁斗あきとも、床に落ちていたものに足を滑らせて呆気なく転んだ。

 この戦い、誰から見ても生クリーム将軍の勝ちであることは明白である。奴の自爆により、2人とも全身ベトベトになってしまったのだから。


「……あはは、完敗だね」

「……無念にゃ」


 ケラケラと笑いながらねね子のほっぺについたクリームを指で拭ってあげると、彼女はお返しとばかりにこちらのを拭ってくれる。

 それをペロリと舐めたかと思えば、それだけでは足りなかったようで、暁斗に飛びついて頬や首筋についたものを舐め始めた。


「ちょ、そこまではいいよ!」

「ご主人を食べちゃうにゃ♪」

「ど、どこでそんなセリフを……」

「自分の胸に聞いてみるんだにゃ」

「うっ……」


 それもそのはず。ぬいぐるみであった頃の彼女の知識源は暁斗のみ。むしろ、彼の趣味嗜好についてしか知らないのだ。

 そうなれば、それを元に思考する彼女が意識して発する言葉が主人を喜ばせることは間違いなく、行動もまた然りである。


「そんなにするなら、僕も仕返ししちゃうからね?」

「い、いいにゃよ?」

「本当にしちゃうよ?」

「ば、ばっちこいにゃ!」


 そう言って気合いを入れるねね子が、心做しか首を見せてきているのは、そこを狙って欲しいという心の現れだろうか。

 ただ、ここまでされてしまえばこちらも遠慮なんて出来ない。ただじゃれついているだけだと自分に言い聞かせながら、彼女の首筋にカプっと噛み付く。

 「そ、そうじゃにゃいぃ……」と悶えるのも気にせず、そのまま下から上へと甘噛みする箇所を上げながらクリームを舐め取っていった。


「へ、変な感じにゃよぉ……」

「あむっ……あむっ……」

「ご主人、やめるにゃ。ぼーっとしちゃうにゃぁ」

「ねね子のこと、食べちゃおうかな?」

「にゃ?! そ、そんなの……ダメ……じゃないにゃ」

「っ……」

「お、美味しかったら嬉しいにゃ……よ?」


 そう呟いたねね子の表情に暁斗が赤くなり、その顔を見たねね子ももっと赤くなる。

 2人はそのまましばらく見つめ合っていたものの、結局お互いに何かをする勇気が出ず、パタパタと顔を仰ぎながら離れた。


「その、お風呂入ろうか」

「そ、それがいいと思うにゃ……」


 その後、どちらが先に入るかを譲り合った挙句、2人で一緒に入ることになったことは言うまでもない。

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