第4話 ご注文はオプションですか?
「ご主人は一人で外に出るなって言ってたにゃ?」
「確かに言ったね」
「にゃら、一緒は大丈夫にゃ?」
「片時も離れないなら。あ、トイレの時は離れてもらうけどね」
「ねね子はぬいぐるみにゃからトイレしないにゃ」
「僕がトイレする時の話だよ」
休日の朝、そんな話があったことで昼間から2人で出かけることになった。
出かけると言ってもどこか遠くに遊びに行く訳ではなく、近くの公園まで散歩する程度だ。
それでもねね子はとてもキラキラした目で景色を見つめている。
「小さい頃はよく色んなところに連れて行ってたもんね。どこに行くにもねね子と一緒だった」
「そうにゃ。最近は家の中だけだったから、ちょっと見飽きてきてたところにゃよ」
「でも、ぬいぐるみでいる時はずっと部屋を眺めてるわけじゃないんだよね?」
「その通りにゃ」
木漏れ日に照らされて歩きながら聞いた話によると、ぬいぐるみの魂は人間界とぬいぐるみだけが存在する世界とを行き来できるらしい。
暇な時は実家とも言えるぬいぐるみ界で過ごすのが主流なんだそうで、人間界にいる時間の方が長い者は滅多に居ないんだとか。
「あれ、でもねね子って『ご主人をずっと見てる』って言ってなかったっけ?」
「い、言ったにゃ……」
「それってつまり、ずっとこっちにいるってことだよね。向こうには帰らないの?」
「別に帰ってもいいにゃよ? でも、少し問題があるというか、帰るべきじゃにゃいと言うか……」
モジモジとし始めるねね子に、「もしかして帰り方が難しいとか?」と聞いてみると、不満そうな顔でシャーっと威嚇されてしまった。
「こっちに居にゃいとご主人がいつ帰ってきたか分からにゃいにゃ。構ってくれてても分からにゃいにゃ」
「……」
「ねね子は一瞬もご主人の愛情を逃したくないにゃよ。だからこっちにいたいのにゃ、悪いにゃ?」
「……ううん、悪くないよ」
暁斗はそう言いながら彼女の体を抱きしめると、そっと頭を撫でながら「すごく嬉しい」と素直な気持ちを伝えてあげる。
「でも、暇で仕方ない時は帰ってもいいと思うよ」
「ど、どういう意味にゃ?」
「だって僕のねね子への愛が無くなることなんてないから。勿体ないなんて言葉が当てはまらないくらい溢れてくるよ」
「それでも離れたくないのにゃ」
「そうだね、僕も離れたくないよ」
「うぅ、ご主人……」
うるうると目を潤ませ、それを隠すように胸に顔を埋めてくるねね子。
彼女をさらに強く抱き締めれば、その華奢な体から体温が伝わってきてすごく幸せな気持ちになる。
髪から香るのはラベンダーの匂い。このサラサラとした肌触りとふわふわした毛並がなんとも……。
「……ん?」
ふわふわに頬ずりしてみた暁斗は、その触り心地に違和感を覚えると、一度ねね子から顔を離して確かめてみる。
人間の姿としてはいつも通りの足、いつも通りの体、いつも通りの顔にいつも通りの猫耳。何もおかしなところなんてないはずなのに。
「……って猫耳?!」
あまりの違和感の無さに彼は思わず大きめの声を出してしまった。今は人間であるはずの彼女の頭から、ぬいぐるみの時と同じ猫耳が生えているのだ。
「あ、ようやく届いたにゃ」
「届いたってどういうこと?」
「人間でいられるために消費するポイントの話はしたにゃよね。余っているポイントを交換することも出来るにゃ」
「まさか、それで猫耳を……?」
「安心するにゃ、消すことも可能にゃから」
ねね子がそう言って軽く体に力を込めると、猫耳はポンッと煙のように消えてしまう。
一度交換すれば、好きな時に出現させたり消したりできるようになるらしい。ゲームの交換機能と同じだから分かりやすいね。
「システムは分かったけど、次からは配達日時を指定して。外でしっぽが生えたりしたら大変だから」
「ご主人、それのことにゃけど……」
「……はぁ」
彼女がくるりと背中をこちらに向けてみれば、そこには腰から垂れてゆらゆらと揺れる可愛らしいしっぽ。
ねね子が人間になった時から、暁斗もある程度非日常的な現象に慣れ始めているらしい。
彼はやれやれとため息をつくと、仕方ないなと優しく頭を撫でてあげた。
「ねね子、次からは気をつけてね?」
「分かってるにゃ!」
「それなら許してあげる」
「ご主人、優しいにゃ」
「こんなの見せられたら怒りたくても怒れないよ」
その日の夜、猫耳としっぽを出したまま宅配便を受け取りに出たねね子を猛烈に叱ったというのは、また別のお話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます