第5話 遠出にはオシャレが必須

 猫耳としっぽ事件から一週間ほどが経って、ねね子もちゃんと暁斗あきと以外に見られる場面では普通の人間の姿でいてくれるようになった。

 猫のぬいぐるみとしての性格的なもので、少しツンデレ気質なところがあるから言うことを聞かせるのは簡単じゃない。

 それでもぎゅっと抱きしめてお願いをすれば、「愛情補給の代わりになら聞いてあげてもいいにゃ」なんて遠回しに素直になってくれるところがたまらなく愛おしかった。


「ねね子、今ってどれくらい人間で居られるの?」

「ハッキリとは分からにゃいにゃよ。日に日にご主人の愛情が強くなってるからにゃぁ」

「だって大好きなんだもん」

「そ、そんなストレートに言われると照れるにゃよ」

「……ハグ、しとく?」

「今ならすごい愛情が溜まりそうにゃね」


 恥ずかしいのか顔はそっぽを向いているものの、両手を広げて見せると視線だけをこちらに向けてトコトコと歩み寄ってくる。

 彼女がそのまま思い切ったように暁斗を抱き締めると、彼も愛情を込めてぎゅっと抱き締め返した。

 こんなことが毎日のように行われているのだからいい加減慣れてきそうなものだと言うのに、十数秒して離れた時には必ずお互いの真っ赤な顔を見ることになる。

 この2人、相思相愛が過ぎるのだ。時々、ぬいぐるみと人間の壁なんて忘れてしまいそうになるほどに。


「え、えっと……ポイントも溜まってるだろうし、今日は少し遠出してみない?」

「遠出ってどこに行くにゃ?」

「それは行ってからのお楽しみかな」

「にゃぅぅ……気ににゃる……」

「行きたくないなら別にいいんだよ?」

「い、行くにゃ! ご主人とにゃらどこへ行っても楽しいに決まってるにゃよ!」

「そう言ってくれると嬉しいね。じゃあ、外出用の服に着替えちゃおうか」


 そう言ってクローゼットを開けてみたものの、よく考えてみればねね子が遠出できるような服は持っていなかった。

 今日のお出かけでついでに買おうかと財布の中身と相談していると、彼女が「心配ご無用にゃ」とドヤ顔で胸を張る。


「……あれ、いつの間に着替えたの?」


 よく見てみなくても分かる事だが、余りに突然だったから気付かなかった。

 先程まで大きめのパジャマをダボッと着ていたはずのねね子が、ワンショルダータイプの白Tシャツに黒い短めのコートを羽織った姿に変わっていたから。

 おまけに下は同じく黒いショートパンツで、首には猫耳付きのヘッドホンをかけている。

 普段の甘えん坊な姿に比べるとすごく大人チックで、同時にものすごく暁斗のタイプど真ん中だ。

 控えめに言ってとてつもなく可愛いし、今が昼間じゃなければ理性が吹っ飛んでいたかもしれない。ありがとう、チラッと視界に入った納豆のパキッとする蓋。

 あれのおかげで現実味が湧いてギリギリ踏んばることの出来た彼は、「ポイントで交換したんだにゃ」と一周して見せてくれるねね子にウンウンと頷いた。


「すごく可愛いよ」

「それは嬉しいにゃけど……視線がやたら脚に向いてるにゃね……」

「ごめん、ついつい見ちゃって」

「そんなに太ももが好きにゃ?」

「男のロマンが詰まってるからね!」

「うっ、ご主人が珍しく凛々しい目をしてるにゃ」


 若干引かれてる気もしないでもないが、ここばかりは暁斗も譲れない。

 何よりねね子は彼にとって理想的過ぎるのだ。それが彼自身の愛情で人間の姿になっているからなのかもしれないが、アイスピックで串刺しにでもされない限り嫌いになる理由が見当たらなかった。


「……そんなに好きにゃら、触ってもいいにゃよ?」

「ほ、ほんと?!」

「ご主人だけ特別にゃ。ただし、条件があるにゃ」

「条件?」


 一体なんだろうかと首を傾げた暁斗に、ねね子はにんまりと口元を緩める。

 そして、彼の大好きな太ももを見せつけるかのようにイスの上で足を組みながら、その『条件』を甘えるような声で発表した。


「『ねね子、大好き』って耳元で囁くにゃ♪」

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